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第24話 先輩がどこにいても

 その日の夜。


 ベッドに寝そべり、音春から貰った薬瓶を掲げる。


「……」


 ベッドの上でハイジャンプしたいくらい嬉しい。


「たまたま会った奴から、こんないい物を貰えるなんて、信じられないな。どこ出身の吸血鬼かも分からないけど、本当に助かっ……」


 ん? 何で未発売の薬を持ってたんだ? あいつ。


「姉が、人間社会と共存する生き方に反対する吸血鬼がどうのこうのって話をし始めたら、急に帰るって言いだして、詳しい事聞けなかったし……」


 難しい話嫌いそうだからな、あいつ。


 薬瓶の底を見るも、製薬会社の情報は見当たらない。


「……」


 そもそも、これ、本当に効き目あるのか?

 やばい薬だったら……。


「まあ、いっか。ダメならダメで、あいつぶん殴ればよし。とりあえず文都と会う約束しないと。文都に会う以外、試す方法もないしな」


 すごくいい気分で電話をかける。


 俺の彼氏! 俺の彼氏!


 数コールの後、文都はなぜか動揺した声で電話に出た。


「は、はい! 先輩? どうしました?」


 何で慌ててるんだろう。


「いつもの安否確認ですか? 俺は今、家にいます!」


 そんな力強く言う? まだ聞いてもいないのに……。


「俺は、先輩との間に秘密を作りたくありません!」

「何の主張?」


 まあいい。こいつが時々おかしくなるの、前からだし。


「文都、明日会えない?」

「明日ですか?」

「うん」


 うまくいけば、俺の彼氏と明日はハグし放題!


「先輩、実は俺、バイトが決まりまして。春休み残り少ないですけど、全部バイト漬けなんです」


 な、なんだと?


「は、初耳なんだけど……バイト?」


 え? 何も聞いてないけど? な、なんで?


「今日、面接があったんですけど、すぐ採用決めてくれて、人が足りないみたいで早速、明日から出勤で……」

「なっ何か欲しいの? お金なら俺が……」

「お菓子作り、結構材料費がかかるので……。研究の為に買って食べたりもすると、お金が足りなくて……。あ、バイト代入ったら、何か奢らせてください!」

「え……じゃあ、次会えるのって……」

「始業式の日ですね。朝、迎えに行きます」


 ええー!?

 そ、そんな……。


「文都……俺、文都に会……」


 自重しろって言われたんだった。


「先輩?」

「な、何でもない! バイト頑張ってね」

「はい。後でバイト先、教えますね」

「うん……」


 たった数日我慢できなくてどうする。

 10日も耐えたんだから。


「先輩?」

「ん?」


 文都のやさしい声が耳に残る。


「寂しいですか?」

「え……?」

「俺に、会いたいですか?」


 心の中を見透かされて、心臓が激しく音を立て始める。


「先輩が会いたいって言えば、今すぐ会いに行きますよ。約束、覚えてますか? 先輩がどこにいても、必ず行きます」

「文都……」

「また怖い夢見ましたか? それとも、ホラー映画のCMを見たとか……」

「大丈夫! 本当に大丈夫だから! 俺も明日用事あったの思い出した! 明後日はバイトだし……」

「本当に?」


 ダメだろ。

 こんなに貰ってるのに、これ以上文都に縋ったら。

 ああ……こんな風に誰かを思った事なんてないから、どうしたらいいか分からない。

 もう情け無い所、いっぱい見せてるのに、本心を話したら、嫌われそうで怖い。


「本当だよ」

「……分かりました。でも、約束忘れないでくださいね」




 二日後。


 木漏れ日が降り注ぐテラス席に、ガーデンパラソルが並んでいる。植え込みの緑と相まって、爽やかで解放感のあるイタリアンダイニングは、室内席もテラス席も多くの客で賑わっている。


「……」


 キャップを被り、メガネを付けて、植え込みの陰に隠れて、店内の様子を観察する俺。


 違う。

 これは文都に縋ってる訳じゃない。

 文都のバイト先が気になって、ここに来た訳でもない。

 俺は自重できる恋人だから、そんな事しない。

 バイト帰りに、文都のバイト先がたまたま近くて……いや、遠くはなくて?

 帰り道の途中といえば、途中のような?

 だから、そう……偶然! 偶然、ここに居合わせて!


「薬を昨日飲んでおいたから、近くに文都が来たら、ある程度は効果があるか確かめられるんだけど……」


 両手に料理を持って、店内からテラス席に出てくる背の高い店員が見えた。

 文都が、白いシャツに、黒いサロンエプロンを着け、前髪を掻き上げるように髪をセットしている。


「か……」


 カッコいい……!!

 な、何それ、俺の前でそんな髪型した事ないじゃん!


 思わず、隠れている事を忘れて、熱い視線を送ってしまう。


 か、カッコいい……!

 俺の恋人、超カッコいい!

 もっと近くで……。


 テラス席に座る客の足元に隠れて、文都に近付いていく。


 スパイみたいで熱いな。

 まだ誰にもバレていない俺、スパイの才能あり?

 あ〜でも、まだ離れてるから文都の匂いが変わったか分からないな。

 もう少し近くに……。


 大胆に歩みを進めた瞬間、文都が俺の方に体を向けた。

 中途半端な場所でしゃがみ込み、隠れる場所もなく丸腰状態の俺。


 や、やばいっ! こっち来る!

 ど、どうしよう!?

 バイト先まで変装して来た事バレたら、呆れられる!


 涙が滲む目を閉じて、文都に声を掛けられるのを覚悟した瞬間、後ろから襟を強く引かれた。


 え?


 咄嗟のところで客の足元に隠れ、文都に気付かれる事を免れる。

 顔を上げると、襟を引いた客が俺に向かってウインクをした。


 あれ? こいつ……。


 白に近いホワイトブロンドに、青みがかったグレーの瞳。

 センターで分けた癖のない真っ直ぐな髪が、頬のあたりでサラサラと揺れる。

 冷たさを感じる美しい顔立ちが、俺に向かって挑発的な笑顔を浮かべた。


「吸血鬼……?」

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