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第23話 二人だけの秘密

「お前、名前なんて言うの?」

九十九沢音春つくもさわおとはる。新学期から、亜蘭くんと同じ高校です!」


 年下だった。

 俺より背、高いのに。

 ま、文都も理人も俺より高いか。今更気にする事でもない。うん……。


「へえ……。お前が、文都の事、悪く言わないなら、仲良くしてやってもいいけど?」


 決して、嬉しい事聞かされたからではない。俺はそんなチョロい奴じゃない。俺は強いから、弱い奴にはやさしくしてやらないといけないから。


「マ、マジすか!? 絶対悪口言いません! 熱いお茶もかけたりしません!」


 熱いお茶? そんな事したら殺すぞ? お前を。


「文都の家の近くに住んでるの?」

「いや、今は知り合いの人間の家に、居候させてもらってて……。さっきは、ばあちゃんの家に……」

「え? じゃあ、血とかどうしてるの?」

「俺、血は吸いたくならないんで、大丈夫っす。吸血鬼の力を弱める薬の治験してて、その副作用で……」


 ん?

 今、何て言った?


「そ、それって……どういう……」

「降圧薬と昇圧薬があるように、吸血鬼の力を強める薬と反対に……」


 音春が、薬の主成分、作用と特徴について詳しく語る。


 そんな事はどうでもいい。


「血が、吸いたくならないって言った?」

「うっす」

「その薬、俺に飲ませろ!」

「え!? いや、ダメっすよ。まだ試験中なんすから……」

「何でもする!」


 両手を握って、顔を近付ける。

 音春が、ゴクリと喉を鳴らした。


「な、何でも……?」

「その薬を俺に渡すなら」


 いくらだ? いくら払えばいい?

 いざとなったら兄から金を借りてでも、必ずその薬を……。


「いくら亜蘭くんでも、無理ですよ。オレは薬剤耐性が強いから、この程度の副作用で済んでるかもしれないし、亜蘭くんが服用してどうなるか……」

「いいから」


 俺の真剣な目に気圧されたように、音春がハッとした顔をする。


「必要なんだ。頼む」




 音春が、小さなガラス瓶を俺に渡す。


「今貰っちゃって大丈夫? お前は困らない?」

「俺は予備があるんで」


 蓋の部分に、ビー玉のような飾りが付いていて、色は濃いグリーンのガラス瓶。

 光を透かして見ると、瓶の中で錠剤がカラカラと音を立てた。


「小さな気泡が入ってて、すごくキレイ。こんなの初めて見た」

「亜蘭くんの彼氏といる時に、血を吸いたくなって困るんですよね? じゃあ会う予定のある日の前日夜に、一錠服用して下さい。効果は一日で切れるので、毎日会うなら毎日服用です。分かりました?」

「うんうん」

「服用してる間は、身体能力も再生能力も落ちるし、人間みたいに弱っちくなるんで、怪我とか気を付けて。あ、その代わり、日差しとかは気にしなくて大丈夫です。むしろ強くなるんで。あと、銀も大丈夫っす」


 な、なんだと……?


「それって……」


 文都と、カフェのテラス席でランチしても、お揃いのリング付けても大丈夫って事?

 アクセサリーって意外と銀が含まれてる事多くて、諦めてたんだよな。


「何か変化があったら、些細なことでもオレに……」

「うんうん」


 わ〜! 夏、海水浴とかも行けちゃうかな?


「亜蘭くん……」

「聞いてる聞いてる。夏大好き」

「え」


 やった〜!

 これで、何もかも解決!

 おまけに快適な夏を保証!


「神だな! お前!」


 音春を熱く抱擁する。


「なっ!?」

「お前は俺の救世主メシアだよ……」

「亜蘭くんが、めっちゃいい声で耳元で語りかけてくる!?」


 音春の肩に、顔を埋める。


「本当に……お前のおかげで、俺……」

「亜蘭くん……」


 これで文都とスキンシップし放題。


「絶対誰にも言わないで下さいよ! 極秘中の極秘なんですから!」

「分かってる」


 極秘か。

 そういうの熱いな。


「俺とお前、二人だけの秘密って事だな?」


 背中に腕を回したまま、視線を上げて目を合わせる。

 音春がみるみる赤くなった。

 耳や首まで熱が伝わって、触れているこっちまで熱い。


「亜蘭くんて……距離感バグってますよね」

「え?」

「俺が言うのもなんですけど、よく知らない奴を誰もいない家に連れ込むのってどうなんすか?」


 た、確かに?


「しかも、オレが亜蘭くんの事好きなの知って、こんな風に抱きつくとか、あいつは天使って言ってたけど、むしろ小悪魔みたいな……」


 音春が俺を抱き抱えて、ソファに寝かせた。指を組んで握り、俺に覆い被さるように体を寄せる。


「何でもするって言いましたよね?」

「音春……?」


 何だ? この状況。

 何で俺、押し倒されてるんだ?

 しかも何でこんな、恋人みたいな手の繋ぎ方?


「あんなお人よしに渡すくらいなら……」

「お前、間違ってるぞ?」

「え……?」

「何でもするとは言ったけど、限度はある」


 手を振り払って、音春の片腕を引き、頸動脈を狙って足で絞める。


「ウッ!?」

「それと、プロレスごっこしたいなら、もっと本気で来い」

「三角絞め!?」


 ついでに関節もきめる。


「し、死ぬっ!! 世界一幸せな死に方で死ぬ!!」

「お前が間違ってる事は、まだあるぞ」


 玄関のドアが開く音がして、バタバタと騒がしい音が近づいてくる。


「亜蘭く〜ん! ただいま〜! え〜プロレスごっこ!? 男の子〜。ていうか吸血鬼〜? どこの子〜?」

「誰もいない家じゃない。俺は、家族の帰宅時間はいつも把握してる」

「吸血鬼協会理事のお姉様!?」

「はじめまして〜。かっこいいジャージ着てるね〜。亜蘭くんのお友達〜? チョコ買ってきたんだけど食べる〜? あ、待って待って」

「ちょっ……もうさすがに、助け……」

「写真撮らせて〜ウケる〜」


 連写する音と共に、音春がガクッと力尽きた。


「亜蘭くんに殺されるなら……本望……」


 もう終わりか?

 弱すぎるな。




第23.5話 二人だけの秘密


 鬼ちゃんさんの部屋のキッチンで、昼下がりの眠気を誘う暖かさの中、お菓子作りの特訓をする。


「テーマはエシカル・サスティナブル! 廃棄される予定だった未利用資源、カカオハスクやホエイを使ったスイーツや、植物性の材料のみを使用したヴィーガンスイーツを……」

「それはいいと思いますが、甲斐文都さん……」

「粉ふるいでシャカシャカする度、無の境地に近づける気がしませんか?」

「それはどうかと思いますが、甲斐文都さん。現実を見ましょうか」


 鬼ちゃんさんの視線が、オーブンから生まれた溶岩の塊に注がれる。


 またお前か。

 なぜ……なぜなんだ。

 もしかして、呪われてる?


「甲斐文都さん」

「はいっ! 材料を無駄にしてしまいすみません!」

「いえ、そういう事ではなく」


 俺の溶岩を見て、顔色一つ変えないとは、やはり只者ではない……。


「少し休憩しませんか?」

「え……? だ、大丈夫ですよ? もう一回、最初から……」


 溶岩を片付けようとした瞬間、めまいが襲った。平衡感覚を失った俺を、鬼ちゃんさんが支える。


「あ……すみません」

「顔色が悪いです。ソファで横になってください」


 鬼ちゃんさんが眉尻を下げて、心配そうな顔を向けた。


 これは、断れないな……。


「じゃあ……少しだけ……」


 う〜ん……休んでる暇はないのに。

 先輩が大変な時に俺は、お菓子を作る事もできないなんて。

 情け無いな……。


 ふわふわのソファと、ブランケットの暖かな温もりが眠気を誘う。


 交渉についても勉強しないと……。ご近所さんのワンちゃんを散歩させて、勉強して……。あ、夜バイトの面接だっけ。やばい……あったかくて……寝てしまいそう……。


 不甲斐ない自分に、苦い思いを覚えながら、意識が遠のいていく。


 先輩が連れて行かれないように……何とかしないと……。

 離したくない。

 やっと、恋人になれたのに。

 先輩……俺のそばにいて……。




「ハッ!! 俺、寝てました!? 今、何時ですか!?」


 寝てしまっていた事に気付き、慌ててソファから体を起こす。


「まだ30分しか経ってませんよ」

「あ……よ、よかった……」


 ソファの背に軽く腰掛けて、鬼ちゃんさんが、俺の首筋に顔を近付けた。

 そこには、先輩が貼ってくれたガーゼと不織布シートが、お守りのように残っている。


「甲斐文都さん、甘い匂いがします」

「え……?」


 そういえば、先輩もそんな事を言っていたような……。


「食べちゃいたいですね」

「おおっと! もうこんな時間! 大変大変! 早く片付けて帰って、ご近所さんのワンちゃんの散歩を……」

「ご近所さんのワンちゃんの散歩は、製薬会社の御令息に行かせましたよ」

「え!?」


 音春君に!?


「どうせ暇でしょうから、それくらいは。ですから、もう少し寝ていても大丈夫かと」


 額に指を立てられて、ソファに押し戻される。


「甲斐文都さん。もう少し自分を大事にして下さい」

「……」


 鬼ちゃんさん、怒ってる?

 気のせいかな……。

 ていうか音春君、だからいなかったのか〜……!

 俺、鬼ちゃんさんと二人きりじゃん。

 先輩に知られたら殺される。


「あの……俺本当に……」

「どうしてそこまでするんですか?」


 鬼ちゃんさんが、額を押さえてため息を吐く。


「正直にお伝えするのは少し憚られますが、君の為に言うと、お菓子作りは向いていないかと。社長にお見せできるレベルに至るまでには、相当な特訓をしなければいけません」

「鬼ちゃんさん……」

「限られた時間の中で、今自分に必要な事を選ばれた方が……」

「分かってます」


 一人でお菓子作りをすると、溶岩を生み出してしまう呪いにかかっている事は。


「向いているとか、必要かどうかとか、そういう事じゃないんです。先輩が喜んでくれるなら、それだけで俺の時間を使う理由になる。むしろ、俺が頑張れる理由なんて、それくらいしかないんです」


 好きな人に笑っていてほしい、ずっと俺の隣で。


「もう少し付き合って頂けませんか? 鬼ちゃんさんだけが、頼りなんです」

「君は、ずるい人ですね……」


 カーテンが揺れて、風に運ばれた苦い香りが、俺と鬼ちゃんさんの間を漂った。


「そこまで言うのなら、もう反対はしません。協力を拒むつもりも、初めからありませんし。但し、無理をしていると俺が判断した場合は、強制的に休んでいただきます」

「ありがとうございます!」


 なんだか、最近、無機質に思えていた鬼ちゃんさんの感情が見えるようになってきたな。

 実は人一倍、人間味があって、温かい人なのかも。


「鬼ちゃんさんには、お世話になってばかりで、きちんとお礼しないといけないですね。バイトして必ず……」

「俺の時給は高いですよ?」

「……」


 確かに、高そう。


「お、おいくらくらいでしょうか……?」


 恐る恐る尋ねる俺を揶揄うように、僅かに鬼ちゃんさんの口角が上がる。

 中世的で、キレイな顔立ちが作る微笑みに見惚れていると、その顔が徐々に近付いた。

 俺の額で、チュッと音が鳴る。


「……」


 ん!? い、今……。


「ですから、今はこれで満足してあげます」

「お、鬼ちゃんさん……!?」

「亜蘭くんには、内緒ですよ?」


 鬼ちゃんさんが無邪気に笑って、今日一番のスマイルを見せる。


「俺と甲斐文都さん、二人だけの秘密です」


 俺は先輩に秘密を作りたくないんですけど。

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