第20話 バカップルか
クソッ。
今は、触れられなくても近くにいれればとか思ってたけど、全然良くないじゃねーか!
早く、文都の血を吸いたくなるのをなんとかしないと……!
じゃないと、嫌われて捨てられる!
「絶対、何とかしてみせる。大体、文都が目の前にいるのに、触れられないとかおかしいだろ! 酔って暴走するし!」
文都の誕生日の翌日、ソファに座ってクッションを殴り、怒りを爆発させる俺。
「文都、大丈夫かな? 顔色悪かったし……。後でレバニラとか作って持って行こうかな……」
俺の手元で、スマホがクラスメイトからの着信を告げる。
「向井?」
そういえば、こいつに傷が治る所見られてるんだよな。あれから何も聞いてこないけど……。
「何?」
「あ、亜蘭、今大丈夫?」
「別に、大丈夫だけど……」
この間の再生能力の事聞かれたら、目の錯覚とか言って誤魔化そう。
「俺、これから図書館に勉強に行くんだけど、一緒に行かない?」
図書館?
「あ〜……俺、別に行きたくな……」
向井って、真面目だよな。
こんな時に、勉強してる暇なんてな……。
「行く!」
図書館に、解決策のヒントになる本があるかも!
図書館の入り口で、俺を待つ向井を見つける。
白いTシャツに、ゆったりとしたシルエットの黒いパンツと、カーディガンを合わせた、モノトーンコーデ。
あいつ、背高いから目立つな。
頭いいし、爽やかだし……。
ま、俺の恋人の文都の方が、数億倍カッコいいけど。
「亜蘭、手ぶら?」
向井が、俺のラフな格好を見て、口元を引き攣らせる。
「俺、本読みに来ただけだから。お前は気にせず勉強してて」
「あ……そうなんだ……。でも、来てくれて良かった」
え? 来てくれて良かった?
何だ? 何か目的があるのか?
怪しむような視線を向けると、慌てた様子で向井が補足した。
「一緒に勉強できて嬉しいって意味」
「ふぅん……ならいいけど」
俺が何者か疑って試そうとしてるなら、ただじゃおかないからな?
「ハァ〜……」
盛大なため息をついて、テーブルに突っ伏す。
ない。
俺の知りたい情報が、ない!
病気に関する本や、体の仕組みについての本には、当たり前だけど吸血鬼の事は書かれてないし、吸血鬼の事が書かれている本では、空想上の生き物として扱われてる上に、書いてある事、嘘ばっかりだし。
「……」
コウモリに変身して空を飛べる?
質量保存の法則どうなってるんだよ。
美女を襲って血を吸う?
変態の犯罪者だろ。
魔眼で幻術をかける?
稀にいるな。そういう奴。
「亜蘭、大丈夫? どこか悪いの?」
向井が、俺のチョイスした本を見て、そう聞いた。
「いや、別にそういう訳じゃ……」
「最近、悩みとかある?」
こいつ、前もそんな事言ってたな。
血が吸いたくなって困ってるとか、絶対言えないけど。
「別にない。俺、これ返してくる」
「重そうだから手伝うよ」
一冊を残し、俺の手から本を奪う向井。
「俺、力あるから大丈夫なんだけど……」
「細くて折れそうだから」
爽やかな笑顔で言われた言葉が、嫌味のように聞こえる。
「おい、俺が頼りないと言いたいのか?」
「そんなつもりで言ってないよ」
「俺が、文都に相応しくない男だと言いたいのか?」
「ん? 亜蘭?」
「自重できないせいで、文都に我慢できないって言われる不甲斐ない男だと?」
「……」
ハッ……つい八つ当たりを……。
「ごめん……」
「亜蘭、やっぱり甲斐くんの事で悩んでるんじゃない? あのさ……甲斐くんって……」
文都が……何?
「先輩?」
呼びかけられた声の方に振り向くと、目が覚めるような笑顔の文都がいた。
小走りで近寄る様子が、尻尾を振って走ってくる犬のようで、愛しくてキュンとする。
思わず、ぎゅっと抱き締めてしまいそうになって、慌てて手を引っ込めた。
「文都! 何でこんなつまんないとこに?」
約束してないのに会えるなんて、運命?
ラッキー。来て良かった〜。
「つまんないとこ……。俺、好きですよ? 図書館。ただで本借りられるし、静かで集中できて……」
「文都が好きなら俺も好き!」
本当は俺、静かすぎる所、好きじゃないんだよな。一人でいるみたいで、怖くなるから。
「先輩……」
文都が俺に顔を近付ける。
「俺に合わせなくて大丈夫ですよ。でも、つまんないとか言っちゃ、めっです」
「……」
めっ?
「ごめん……なさ……」
「でも、先輩がかわいいので、全部OKです!」
「バカップルか」
向井がすかさずツッコミを入れる。
「俺は、お菓子作りの本を返しに来ました。今、たくさん勉強してるので、先輩、期待して待っててくださいね」
「文都……」
まだ顔色悪いのに……。
自分の夢の為に一生懸命な文都はカッコいいけど、倒れたりしないか心配。
俺が支えてあげたい。
「文都、体調大丈夫? 昨日、無理させちゃったから……」
「全然、大丈夫です!」
文都が笑顔で元気をアピールする。
その首筋には、ガーゼと不織布シートがまだ残っていて、痛々しく見える。
「甲斐くん、珍しい所、怪我してるね」
「あ……これは……」
向井からの指摘を受けて、文都が顔を赤らめて首筋をさする。
その様子を見て、何かを察した向井が、同じように顔を赤く染めた。
「亜蘭って……甲斐くんの事、噛んじゃったりするんだ?」
「あ?」
噛むだろ、血を吸う為に。それの何がおかし……。
「違う! お前が考えてるようなのじゃない!」
「意外と激しいんだね……。でも、何かそういう亜蘭も……うん」
「おい! 何を想像してるんだ!」
「余裕がない顔で俺に縋る先輩もかわいいです」
「お前も黙れ!」
何で俺が辱められてるんだ!
うう……でももう、血は吸わないって決めたから……。こんな事言われることもなくなるはず……。
「先輩は何を?」
「へ?」
突然、文都から別の話題を振られて、頭が真っ白になる俺。
い、言えない! 血が欲しくならない方法を調べてたとか、絶対言えない!
「べ、勉強……?」
文都から目を逸らして、白々しい嘘をつく。
「わあー! 先輩、さすがです! いよいよ受験生ですもんね! 先輩が志望校受かるように、応援してます!」
ま、まぶしい……。
「どんな勉強されてるんですか? ちょっとだけ拝見させていただいてもいいですか?」
「え? あ、えっと……。ああいう……」
向井の書きかけのノートを指差す。
指差した先を、食い入るように見つめる文都。
「……」
ゴクリ。
これは、さすがにバレた?
「すごい……。字から聡明さが伝わってくる……。必ず志望校に現役合格するという、強い意志を感じます……」
「……」
向井、頼むから、そんな目で俺を見るな。
言いたい事は分かるけど……今だけ黙ってろ。
文都が、俺の頭上に拳一つ分くらいの空間を作って、空中に手を置いた。やさしく左右に動かす。
「よしよし……」
「……」
これは……エアーよしよし!
おい、俺は誇り高い吸血鬼だぞ?
そんな、子供扱いみたいな……。
「よくできました」
「……」
わ、悪くないな。
「じゃあ俺、勉強の邪魔しちゃいけないので、これで失礼します」
「えっ!? 行っちゃうの!?」
「この後、お菓子作りの予定もあるので……」
「あ……そっか……」
そういう事なら、仕方ない……。
「先輩、頑張ってください」
「うん、文都も」
離れていく文都を、切ない気持ちで見送る俺の背中で、向井が有無を言わせない声で、
「亜蘭、勉強しようか?」と聞いた。




