第18話 俺のだもん
「それって、どういう意味ですか……?」
俺のとびきりのスマイルを見て、文都が戸惑いの表情を浮かべる。
「そのままの意味。プレゼントは、俺〜……」
今度は、両方の人差し指を頬に当て、顔を傾けて笑う。
もう、やけくそ。
「ウッ! 直視できない!」
俺だって、自分のこんな醜態、直視できない。
眩しい光から逃れるように、顔の前に手を出した文都がよろめいた。
ドアノブに手をかけたまま、体のバランスを失い、開いていくドアに背中を預けるように尻餅をつく。
「えっ!?」
「いたた……」
う、嘘だろ!?
完全にドアが開かれ、華やかに飾られたベッドルームが晒された。
壁に貼られたHAPPY BIRTHDAYの文字バルーンが、自分を見ろとばかりに、その存在を主張する。
「え……? これって……」
お、終わった……。
さりげない誕生日祝いは、もう不可能。
ああ〜……幻滅される〜……!
「あの、これは、その……」
「先輩……サプライズしてくれたんですね!?」
文都が、目をキラキラと輝かせた。
近くで星を見ているみたいに、目がチカチカする。
「え……」
「わ、わぁ〜っ!? すごい! ナンバーバルーン、俺の年ですね? わぁ〜! 先輩と撮った写真がたくさん! このチェキ、全部貰ってもいいですか!?」
「も、もちろん……」
え? 喜んでくれてる?
さりげなくないのに?
「文都、嬉しい?」
「嬉しいに決まってるじゃないですか! 先輩が俺の為に、頑張って用意してくれたんですよね? めちゃくちゃキュンとします」
「……」
よ、喜んでくれた〜!
よく分からないけど、結果的にサプライズになって、大成功!?
よかったぁ〜!
「文都! ここにあるの、全部お前のだからな! プレゼントも年の数だけ用意したから、全部貰って! 誕生日おめでとう」
文都の服を引いて、ベッドの上に誘導する。
二人の体を受け止めて、ベッドが沈み、風船が弾んでぶつかり合う。
「こんなに……本当にいいんですか?」
「うん。文都に似合いそうな物、いっぱい買えて楽しかった」
文都が喜んでくれて嬉しい。
俺、文都のいい恋人になれてるかな?
文都の手が、俺の顔に向かって伸びる。
愛しそうに、やさしく、熱い視線に射抜かれて、心臓が激しい音を立て始めた。
「ここにあるの全部って、先輩も入りますか?」
「へ……?」
「先輩に触れたい。1分じゃ足りない。こんなにかわいい事されたら、我慢できない。俺が、必ず何とかします。だから、ダメですか?」
些細な感情の変化まで見透かされてしまいそうで、全身がソワソワする。
だから、その顔で迫られると、何も言い返せなくなっちゃうんだって……。
でも……。
「俺も文都に触れて欲しい」
「先輩……」
「だけどその前に、目、閉じてくれない?」
「え? 目を?」
「うん。今すぐ、今すぐ閉じて」
「は、はい!」
俺の要求に従って、文都がギュッと目を閉じた。
「……」
つ、つ、辛!!
くうっ……やっぱり、めちゃめちゃいい匂いする!
実は、ずっと血を吸いたいのを我慢していた俺。
キャンドル点けて、匂い誤魔化さないと!
文都が目を閉じてる間に……。
急いで、部屋中に散りばめたアロマキャンドルを灯す。
「先輩? 何かお花みたいな匂いが……。こ、濃くないですか? 先輩、大丈夫ですか? 何か焚いてますか!?」
え? そう?
全然、お前の甘い匂い誤魔化せてないけど。
ああ〜俺、我慢できるかなぁ……。不安。
「先輩? あの、もういいですか?」
「……もうちょっと待って」
文都の首筋に、熱い視線を送る。
ゴクリ。
匂いだけ……匂いだけ、近くで嗅いでもいいかな? 絶対、噛んだりしないから。それなら許されるよな?
そっと慎重に、血を吸う時のように顔を近付ける。
文都の周りを漂う甘い匂いに釣られて、全身の緊張が解けて、溶かされてしまいそうな感覚になる。
おいしそう……。
「は……」
漏れてしまった吐息が、首筋に当たって、文都の肩を揺らした。
「え? 先輩!?」
やば。
「な、なんでもないよ?」
「え? あ、はい。目開けてもいいですよね?」
今、絶対だらしない顔してるよな。
文都に見られたくない……。
「まだダメ」
「え!?」
あ〜どうしよう。血が吸いたいな〜……。
絶対吸ったらダメなのに。
あ〜……でも吸いたくてウズウズする!
舐めるのは? 舐めるだけならセーフ?
首筋に口を近付けて、舌を這わせる。
「え!? 先輩!?」
ん〜足りない。
余計、血を欲してきちゃったかも。
あ……やばい……。
また、頭ふわふわしてきた。
体が熱い……。
「あの、ちょっと、さすがに……まだ、ダメでしょうか?」
「待って……今、脱ぐから」
「え」
服の裾を持ち、下から捲り上げた所で、文都と目が合った。
「体が熱くて……」
文都が、俺の手首を掴む。
「服は、俺が脱がせます」
「……へ? 何で?」
「先輩……なぜキャンドルを? これって、そういうムードを演出してますか? プレゼントは俺って言ってみたり、俺の首筋を舐めたり、服脱ごうとしたり……。つまり、その……先輩、誘ってますよね?」
ぼんやりとした視界の中で、点在するキャンドルの火がゆらめく。
やさしく押し倒されて、ベッドの上の風船が居場所を譲るように転がった。
「先輩……すごくきれいです。宝石みたいな瞳も、透き通った白い肌も……。壊れてしまいそうなくらい華奢で……」
「文都?」
「は、はい?」
ん〜……。
もう、どうでもいいな。
「いっぱい触って」
「……」
文都の手に頬を擦り寄せる。
「俺、文都と普通の恋愛ができるように、人間の恋愛、たくさん勉強するから。だから、俺のこと、ずっと好きでいて。絶対、絶対、嫌いにならないで」
「先輩……。俺が先輩を嫌いになる訳……」
文都の首に腕を回す。
「誰にもあげな〜い。俺のだもん」
「……」
「これから、いっぱいぎゅ〜ってしてもらって〜、いっぱいキスもして〜」
あ〜めちゃくちゃ気分いいな。
「世界一カッコいい俺の恋人の血、いっぱい吸わせてもらうんだぁ〜」