第17話 プレゼントは、俺
「先輩、おいしいですか?」
「うん。おいし〜……」
俺の家のリビングで、文都がテーブル越しに俺にケーキを食べさせる。
何で文都の誕生日なのに、俺が食べさせられてるんだろう……。
「誕生日に先輩と過ごせるなんて、本当に幸せです」
「……」
俺も。
もっとちゃんとお祝いしたかったな。
本当は、こんなはずじゃなかったのに……。
SNSの情報に惑わされずに、きちんとリサーチしておけば良かった。
「リビング、今日は少しさっぱりしてますね」
いつも、花と一緒に、窓辺やテーブルに置かれているキャンドルが、今は一つもない。
素っ気ないリビングが、自分の不甲斐なさを強調しているようで苦しい。
「うん……」
文都の甘い匂いを誤魔化そうと思って、アロマキャンドル全部移動したから……。
飾り付けしたの、俺のベッドルームだけで良かった。張り切りすぎた事、バレずに済んだし。
でも、この後どうしよう……。プレゼント、全部ベッドの上なんだよな。こっそり、一つだけ取りに行く?
「文都、ちょっとだけ、ここで待っててくれる?」
席を立って、文都に声を掛ける。
「どうかしましたか?」
「えっと……。外、暑かったから汗かいちゃって、着替えようかなって……」
よし……! 自然な流れ!
あとはバレないように、プレゼントを持ち出せば……。さりげないのがいいんだよね? なるべく小さいやつで……。
「じゃあ、俺も手伝います」
「え!?」
文都が席を立つ。
何でだよ!? お前が付いてきたら、ベッドルーム、コテコテに飾り付けたのバレちゃうだろ!?
「俺、一人で着替えられるから……」
「先輩。遠慮しないで、ワガママ言ってください」
「……」
別に遠慮してない。
何で今日に限って積極的なんだ!?
一緒にいてくれるのは嬉しいけど……。
「文都、本当にいい。俺、着替えてる所見られるの、恥ずかしいし」
分かったか?
いいから、お前はここで座って待って……。
「先輩……。先輩は、これから俺の前で、沢山脱ぐ機会があると思うんですけど、少しずつ慣れた方が良くないですか?」
「……」
は!?
心配するように、サラッと言った文都の言葉が、俺の心臓の音を爆音に変えた。
「毎回、緊張してたら疲れちゃいませんか? 俺、先輩が心配です……」
どこから見ても完璧な顔が近付いて、心音が加速していく。
ウワァーン! 顔がいい!
「先輩のベッドルーム、こっちでしたよね?」
「あっ……待っ……」
恋人の顔に見惚れて、一瞬自分の状況を忘れる俺。
俺の返事を待たずに、文都がベッドルームに足を進めた。
どうしたらいいか迷っているうちに、部屋の前まで来てしまう。
「文都!」
文都の手が、ベッドルームのドアノブに触れた。
「待って……!」
服を引っ張って、ドアを開けるのを阻止する。
振り向いた文都の目に、驚きの色が映った。
「先輩……?」
ど、どうしよう。
なんて言ったら、このピンチを乗り切れる?
「あの……もしかして、俺をベッドルームに入れたくないですか?」
「!」
そ、そう! その通り!
よ、良かった〜気付いてくれた……。
「理人はよくて、俺はダメな理由って何ですか?」
「……」
薄っすらと、苛立ちも感じるような文都の視線に、一瞬で射すくめられてしまう。
「俺は先輩の恋人なのに……」
な、何か勘違いしてる!?
ああああああ……こういう時どうしたらいい? 俺じゃなくて、恋愛経験豊富な大人だったらどうする? 例えば、えっと……ご近所さんとか……。
「先輩……答えてくれないんですか?」
「あ……」
文都が、寂しそうに眉尻を下げた。
なんとかしなきゃ。
その為には、もう……。
藁をもすがる思いで、文都に上向きの視線を向ける。
もう、これしかない。
「あーくん……めっ」
刹那、生まれる沈黙。
この世から音という音が消えて、時間すらも止めてしまったような錯覚が起きた。
は、恥ずかしい……!
(俺の想像する)ご近所さんの真似して、開けちゃめっしてみたけど、思った以上に恥ずかし過ぎる。
クッソ〜……大人はこれを平然とやるのか……。
微かすぎる自分の声に羞恥心が煽られて、下を向く。
うう……引いてないかな?
やっぱり、やらなければ良かった。
む、無言の時間が長い……。
沈黙が続くと、心がすり減っていく……。
文都、まだ怒って……。
パタッと水滴が落ちる音がして、床に小さなシミを作った。堰を切ったように、水滴の落下が続いていく。
ん? 雨漏り? 雨、降ってなかったよな?
「文都……? 雨、降って……!?」
視線を上げた先で、目頭を押さえる文都。頬を伝い、こぼれ落ちていく一筋の涙に、戸惑いが隠せない。
なっ、泣いてる!?
「あ、文都? な、ど、どうし……」
俺が、めっとか言ったから?
誕生日なのに、冷たくされて悲しかった?
プレゼントも貰えなくて、泣いちゃった?
ああああああ……誕生日に恋人を泣かせるなんて、俺って最低……。
な、何かで挽回しないと。
でも、プレゼントは全て中にあるし、代わりにあげられるもの……。
ふと、先日、理人から言われた事を思い出して、窮地を救う名案が浮かぶ。
俺と文都の仲を取り持つ鍵は、もうそれ以外ないように思われた。
「文都、泣かないで。ちゃんとプレゼントもあるから」
「え……?」
おい、犬。
本当に、これで喜ぶんだろうな?
もしも喜ばなかったら、その時は……。
頬に人差し指を当て、俺が出来うる限りで最大限のかわいいをアピールする。
「プレゼントは、俺〜」
文都が喜ばなかったら、死刑だからな。