第15話 ぎゅってしたい
HAPPY BIRTHDAYの文字バルーンは壁に、パールホワイトとクリアの丸い風船と、大きなナンバーバルーンはベッドに。文都の年の数だけ用意したプレゼントと、スマホで撮った写真をプリントしたチェキもベッドに並べて……。
「よし、いい感じ」
4月2日、文都の誕生日。
人間式の誕生日祝いを参考に、部屋を飾りつける。
人間の誕生日パーティーは行った事がないから、正解が分からないけど、多分これで合ってるはず。
人間と吸血鬼は愛情表現の仕方が違うから、沢山勉強して、文都と普通の恋愛ができるようにならないと。
インスタグラムで見かける、#誕生日サプライズで確認したから大丈夫。後はケーキをベッドに置けば完璧。
文都、どんな反応するかな?
感激してキスしてくれるかも……。
「……」
玄関のドアの前でされた時の事を思い出して、顔が熱くなる。
落ち着け〜……。
これから文都に会うのに、変に意識する!
この間は、びっくりして大丈夫じゃないとか、長いとか言っちゃったけど、文都からキスしてくれるのは、やっぱり嬉しい。
本当は、ハグもしたいし、もっと触って欲しいけど……。
親指で、唇を触る。
「……」
い、今は、そう長い時間、文都と触れられないんだから、我慢しないと。
文都の誕生日なのに、文都の血にがっついて加減できなかったら、うんざりされる!
今日はソワソワして、何かやらかさないか不安……。
「血を吸いたくなる甘い匂いを、何かで誤魔化したいな……」
待ち合わせ場所の本屋の前で、文都が俺を見つけて手を振る。
白いトップスに春色の淡いブルーのカーディガン、ワイドデニムパンツ。
俺の恋人、世界一爽やか。
初夏のレモンスカッシュに劣らないくらい爽やか。いや、それ以上か?
失敗した。俺も水色着てくれば、お揃いになったのに。
「今日は、俺の為にありがとうございます」
「うん」
これから二人でケーキを買って、俺の家でお祝い。ケーキは作っても良かったんだけど、文都の勉強の為に遠慮しておいた。俺は気が利く恋人だから。
「文都、行こ……」
無意識に腕を組もうとして、ハッとする。
慌てて手を引っ込める俺を見て、文都が困ったように眉尻を下げて微笑んだ。
「やっぱり怖いですか?」
「……うん」
つい癖で……!
今日は特に気を付けないといけないのに。
「我慢しないとダメですよね……?」
「文都……俺、ぎゅってしたいのに……」
「先輩……」
文都の誕生日なのに、ハグできないなんて、吸血鬼に生まれたことを呪いたくなるな。
「じゃあ、今はこれで……」
「?」
文都が、目の前に俺がいるイメージで、エアハグする。
「……」
「先輩、だ、大好きです!」
本当にハグするより照れてる。
「ふふっ。じゃあ俺も」
自分の前に空間を作り、ギュッと抱きしめる。
「文都、誕生日おめでとう」
「……」
「大丈夫? お前、顔真っ赤だぞ」
「だ、大丈夫です……。あの、先輩、ケーキ屋さんに行く前に、本屋さん寄ってもいいですか? 先輩が来る前に済ませようと思ってたんですけど、思ったより時間がなくて……」
だって俺、待ち合わせの30分前に来たからな。
「いいよ」
早く来すぎて悪い事したかも。
ビジネス書のコーナーに並ぶ本に、熱い視線を送る文都。本を開いて、中をパラパラと流し読みする。
お菓子作りの本が見たいのかと思った。
経営についての勉強?
文都、そんな先の事まで見据えて……。
「何の本探してるの?」
経営なら、俺に任せてくれればいいのに。
お前は好きな事に集中して……。
文都の手にした本のタイトルが、俺の目に触れる。
究極の交渉術。
YESと言わせる100の交渉。
交渉……え? 交渉?
「すみません、退屈でしたよね? もう決まったので大丈夫です」
「え……? それ、買うの?」
そう聞くと、文都は本の表紙を俺に見せ、力強く言った。
「先輩、俺を頼ってください!」
「ん?」
「接近禁止命令に逆らうと、自傷行為に至るようにされていて、先輩は穏便に解決する為に交渉中なんですよね? 俺が先輩の代わりに交渉してみせます!」
「……」
どうしよう。
何を言っているのか、まるで分からない。
「あ……えっと……」
「話しにくいですか?」
どう返せば傷つけずにすむか分からなくて、話しにくいな。
「口止めされてるんですね……」
「……」
いや、誰から?
この間から、お前は何を敵とみなしてるんだ?