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第13話 好きな人には神対応、俺には塩対応

「それで、甲斐くんを怒らせちゃったって?」


 モルタルの床と、木の温もりを感じるカウンター、白い壁に飾られた遊び心のあるポスター。甘い香りが漂う小さなカフェで、通りに面したカウンター席に、理人と並んで座る。


「俺が、お前を寝室に入れたから……」


 叱られた後の決まりの悪さみたいなものを感じながら、ふわふわのシュガードーナツをかじる。


「それはそうでしょ。案内された俺だって、びっくりしたし」


 そう言って、理人がカフェラテを口にした。


「は!? それなら、その時そう言えば良かっただろ!」

「だって、先輩の寝室に入れる機会なんて、そうないだろうし。むしろ家に上げてもらえると思ってなかったから、何も準備してなくて、勿体無いことした。小型カメラとか、盗聴器とか設置しておけば……」

「……」


 理人に、この世で一番軽蔑するものを見る目を向ける。


「ウソウソ、冗談だって」


 本当に冗談だろうな?


「先輩だって、逆の立場だったらどうなの? 甲斐くんが、ベッドの上で誰かと二人っきりとか……」

「噛み殺すけど?」


 そんな事、この俺が許す訳ないだろ。


「甲斐くんも先輩が心配だったんでしょ。俺に襲われたりしないか」

「襲っ!?」

「まあ、自分から届けるよう頼んでおいて、強く言えないけどね〜。なんか二人とも似てない? 一途過ぎて周りが見えないがゆえに危機感がなくて、そのくせ無自覚に周りを誘惑する」


 二人とも? 俺は誘惑なんてしないぞ?


「この間は姉がリビングにいたから。それにお前は、なんていうか……」

「え? 先輩、俺のこと、寝室に入る事を許す特別な存在だと思ってたの? 俺、いつの間にそんな信頼を……」

「お前は、犬だから」

「……」


 理人が口を開けたまま呆然とする。


「……犬」

「正直、浮気とか、そういう対象になるとさえ思ってない」

「辛辣。先輩? 先輩にとっては犬かもしれないけど、甲斐くんにとっては、俺は元ライバルだよ? 少しは意識してくれても……」

「え? でも、文都もお前の事、信頼して届けるよう頼んだんじゃ……。俺も、お前の事、頼りになるなあと思ってるし……」

「……」


 俺の主張が、思いもよらなかった事だったのか、理人の口元が僅かに歪む。


「この間だって、お前に励まされて一歩踏み出せたし。感謝してる」

「ウッ……! そんな事言われたら、悪い事できないじゃん。 はぁ……そういう所も似てるんだよなぁ……」

「呼べば来るし、褒めると喜ぶのに、素直じゃない犬ってかわいいよな」

「先輩? それ、俺の事じゃないよね?」


 お前の事だけど。


「今日は、その話をしたかったの? 何か頼み事がある訳じゃなくて?」


 主張する事を諦めた様子で、理人がそう聞いた。


 さすが俺の忠犬、察しがいいな。


「もうすぐ文都の誕生日だから、プレゼント選ぶの手伝って。お前、文都と身長ほぼ同じだから」




 両腕を広げて立つ理人に、服を当ててサイズを確かめる。


 柔らかくて肌触りのいい、チャコールグレーのシャツ。文都に似合いそう。レイヤードも楽しめるし、カーディガンやジャケットも合うし。


「これも買っておこうかな」

「先輩……」

「あ、これ、セットアップもできる」

「先輩」

「ワイドスラックスパンツがあるって。お前、履いてサイズ確かめて……」

「先輩!」


 手首を掴まれて、理人の顔を見上げる。


「何?」

「買い過ぎじゃない?」


 理人の足元に置かれた、購入済みの服が入った紙袋に視線を落とす。


 そうか?


「まだ3、4着しか買ってない」

「受け取る側が重く感じるから」

「俺が持つから大丈夫」

「そういう意味じゃなくて、気持ちの問題で……」


 文都、喜んでくれるかな?

 本当は、文都の欲しいものが分かれば良かったんだけど……。


「先輩って、恋人に貢ぐタイプだったんだね」

「貢ぐ? 俺は、ただ似合いそうだから買ってるだけで……」

「甲斐くんが欲しいって言ったら、何でも買ってあげちゃいそう」

「おい、俺がそんな風に見えるのか?」


 心外な事を言われて、眉を寄せた顔を理人に近付ける。


「俺は、わざわざ欲しいって言わせたりしない」

「……」

「さりげなく用意したり、サポートする」

「……サポート?」

「最近は、文都がパティシエになりたいみたいだから、いい材料とか道具揃えて……。文都の作ったスイーツを、沢山の人に食べてもらえるように、兄にレストランに置いてもらえないか聞いたりとか……」


 何か、いい恋人アピールしてるみたいで恥ずかしいな。


「甲斐くんが、パティシエになりたい? ていうか……あの溶岩をレストランに?」


 溶岩?


「店の品位を落とすよ? それどころか、下手したら訴えられるよ?」

「お前は知らないだろ! 文都が作ったキャラメル生チョコマカロン。プロが作ったみたいにおいしかった!」

「……」


 なんだ、その複雑そうな表情。

 俺を可哀想なものを見る目で見るな。


「俺は文都の恋人だから、文都が望む事は浮気以外なんでも叶えてやりたいし、いい恋人だって思ってもらえるように、沢山サポートして……。ちょっと失敗しても褒めてあげたりとか。あいつは、危なっかしい所があるから、俺が守ってやらないと……」

「先輩が、ダメ男製造機だったとは」

「……あ゛?」


 理人の小さな呟きを聞いて、胸ぐらを掴む。


「おい、今すごく失礼な事言っただろ」

「好きな人には神対応、俺には塩対応」




 第13.5話 俺限定の塩対応


 泡立てた生クリームの事、クレームシャンティって言うんだ……。カスタードクリームは、クレーム・パティシエール。


 図書館で借りた、お菓子の基本の本を熟読する。


 やると決めたからには、全力を尽くさないと……。とりあえずひたすら練習を重ねて……。

 ところで、接近禁止命令っていつ解除されるのかな? 先輩、まだ交渉中ですか?

 俺は正直、お菓子作りより、そっちの方が100倍気になります。


「音春君、天国との交渉って、やっぱり難しいのかな? どう思う?」

「お前の頭、どうかしてると思う」


 こじんまりとした芝生の庭で、黒いジャージ姿の音春君が、薄茶色の老犬を撫でる。ふわふわのしっぽが、嬉しそうに揺れた。

 今日は、俺のご近所さん、一人暮らしのおばあちゃんの家に来ている。


 音春君が退屈していると思って、連れ出してみたけど、案外居心地良さそうにしててよかった。


「あーくん、おとちゃん、きなこもち食べな」


 もうすぐ、85歳になるご近所さんは、若い頃に旦那さんを亡くして、お子さん達が家を出てから、長く一人暮らしをしている。

 若い子といると元気を貰えると言って、俺を実の孫のように可愛がってくれている。


「あーくん、お菓子の勉強してるの?」


 ご近所さんは、子供みたいな口調で話す所がかわいい。


「俺の恋人が期待してるから」

「あーくんは、本当にその子が好きなんだねえ」

「俺の全てをかけたいくらい好きだよ」

「あんまり無理しないようにしな。いつも遅くまで学校の勉強してるって聞いたから、体大事にしないと……」

「はいはい」

「お前の恋人、そんな夢中になる程いいの?」


 きなこを口の周りに付けて、モチャモチャしながら、音春君が俺に聞いた。


「先輩の良さを話したら、俺は永遠に語ってられるけど、いいの?」

「……写真とかねーのかよ」

「あるよ。見たい? 高校入学したら、音春君も会えるけど……」


 写真管理アプリを開いて、先輩と撮った写真を表示する。


 何がいいかな? クリスマスデートした時に撮ったやつとか? 先輩はどの写真もかわいいなぁ〜。ずっと見てられる。


 画面を覗き込んだ音春君が、時を止めたように固まった。


「見惚れちゃった?」


 それは無理もない。俺の先輩は、可愛くて可愛くて可愛……。


「亜蘭くん……?」

「え?」


 俺、名前教えたっけ?


「お前の恋人って、日ノ岡亜蘭!?」


 音春君が、テーブルの上に身を乗り出して、俺に顔を寄せる。風圧で、きなこが舞い、皿の周りを汚した。


「そうだけど」


 え? もしかして、知り合いだった?


「何でお前みたいな奴と亜蘭くんが!?」

「……」


 音春君の、どんな暴言にも動じなかった俺の心に、深いヒビが入る。


「マジかよ!? うわーショック〜……」


 そんな風に言われると、俺の方がショック。

 お、俺みたいな奴が、先輩の恋人ですみません……。


「俺の推しなのに」

「推し?」


 あ、知り合いではない感じ?


「協会の集まりで見かけてから、ずっと推してて……。SNSも欠かさずチェックしてるし。丁度、ホワイトデーにストーリーに投稿してた服、俺も色違いで買おうと思って……」

「俺、ホワイトデーに服プレゼントしたよ」

「匂わせかよ!!」


 音春君が頭を抱える。


「腕組んだ写真に、時間あっという間すぎるって書いてあったのもお前か!?」

「先輩が、俺以外の人と腕組んで歩いてるの見た事ないな……」

「まさか、亜蘭くんが着てたダボダボジャージもお前の!?」

「先輩がジャージ忘れた日に、貸してあげたけど……」


 匂わせって?


「カッコよくて可愛くてオシャレだし、俺達の間でも、ああいう目の色とか珍しいし、幼い頃にご両親を事故で亡くしたって話聞いた時は、涙止まらなくて、健気に生きる姿が益々儚げに見えちまって……。俺からしたら、雲の上の存在っていうか、只々生まれてきてくれてありがとうっていうか……」

「分かる分かる」

「そんな存在の亜蘭くんが、男と……しかも何でよりによってオメーと付き合ってんだよ!? オラァ!」

「ごめんなさい……」


 おおお俺は、ファンの方の気持ちも考えずに……。


「とことん気に入らねー!」

「ごめんね……。俺も先輩の隣にいて、恥ずかしくない存在になるよう、努力するから……」

「テメーまさか、亜蘭くんに手出してねーだろうなぁ!?」

「……」


 沈黙を肯定と受け取った音春君が、俺の胸ぐらを掴む。


「殺す!! 俺らの亜蘭くんを汚しやがって!!」

「音春君……? 俺達、付き合ってるんだから、そういう事もするよ……?」


 音春君から目を逸らして、弱々しく主張する。


 俺も付き合うまで色々あって、我慢の限定はとうに超えているから、許して欲しい。


「けんかはやめな」

「あ、悪い。ばあちゃん」

「けんかしないで、固くなる前に食べちゃいな」

「うん」


 少し険しい顔をご近所さんに向けられて、反射的に音春君が手を離した。

 シュンとした様子で、行儀良く正座する。


 音春君、本当は素直でいい子なんだよな……。

 最初だけオラオラだったけど、今は、鬼ちゃんさんや理人には敬語だし。


「おとちゃん、きれーな手でそういう事しちゃダメだよ。ばあちゃんの手はしわしわで……ここんとこ、ヒビ割れて痛くって。治らないんだよ」


 そう言って、ご近所さんが親指を見せる。

 その手を取って、じっと見た後、音春君が素直な顔をご近所さんに向けた。


「良く効く軟膏持ってきてやるよ」

「ほんと? うれしいわぁ」

「うん。ばあちゃん、きなこもち美味かった」

「……」


 音春君が見た事のない無邪気な顔で笑う。


 俺、知らず知らずのうちに、何か音春君にしたのかな……?

 俺限定の塩対応……。

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