第1話 吸血鬼の俺は、人間の恋人と普通の恋愛がしたいだけなのに。
吸血鬼の俺は、人間の恋人と普通の恋愛がしたいだけなのに。
俺、日ノ岡亜蘭には、人間の恋人がいる。
同じ学校の後輩、一学年下の高校一年生、甲斐文都という男だ。
完璧な容姿を要求されて、AIが作ったような、整ったパーツと輪郭。それに加えて、181cmの長身。少し目にかかるくらいの長めの前髪を、スッキリした襟足でまとめた、自然な茶色の髪。運動神経がよさそうな、さわやかな雰囲気と、整いすぎたルックスの割に冷たさを感じない、人懐っこい性格。人を疑う事を知らない、お人よし。
正式に付き合うことになったのは、約三週間前の2月18日。俺が、文都と恋人同士になれたと勘違いした夏の終わりから、約半年が経っていた。
その間、吸血鬼の俺と、人間の文都の間には、愛情表現が違う故の、思い違いがあったらしい。
信じられない話だけど、俺は文都の事を、既に恋人だと思っていたのに、文都は俺の事を、血が吸いたいだけの食欲旺盛な吸血鬼だと思っていた。
無事に恋人同士になれたから良かったものの、俺はその事がすごくショックで、文都から、
「俺達、いつから恋人になったんですか?」と言われた時には、雷を落とされたような衝撃を受けた。
俺に恋愛経験がないこと、何より人間の恋愛事情に疎い事が、そもそもの原因だったのだと思う。
吸血鬼の俺は、人間の恋人と普通の恋愛がしたい。
そう改めて決意した俺は、人間の恋愛について勉強を始めた。
読み終わった漫画を、サイドテーブルの上に積み重ね、ソファに背を預ける。ジェンガのように高く積み上がった恋愛漫画が、その存在感を主張した。
「これが、人間式の普通の恋愛。自然にジャージ貸したり、さりげなく家まで送ったり、そんな事で人間はときめくのか? よく分からないな。あと、キュンっていうのは何だ?」
俺も文都から体操服借りた事あるけど、キュンってしなかったぞ? 文都のニオイがして気分よかったけど。
大体、吸血鬼は血を吸う為に誘惑する名残があって、普段からスキンシップ激しいし、そんな事で……。
人間はややこしいな。吸血鬼の俺は、たまに血を吸わせてもらって、四六時中くっ付いていられれば、それで満足だけど。
「そうだ、文都に電話しないと」
吸血鬼は、一途で嫉妬深い生き物だ。
独占欲が強くて、恋人と離れていると誰かに取られるかもしれないと不安になったり、些細なことでやきもちを妬いたりする。
俺の恋人は、無自覚に周りを誘惑する。だから、俺はいつも気が休まらない。
「あれ? 文都から……」
いつもなら俺から電話するのに。
丁度電話しようとしたタイミングでかかってきた、文都からの電話に出る。
「文都? どうしたの?」
「あ……邪魔でしたか?」
「別に邪魔してない」
むしろ手間が省けた。
「お前、今どこにいるの?」
「家です。さっきまで、ご近所さんに誘われて、お茶飲んでました」
「え……?」
恋人のいる吸血鬼が何より嫌うもの、それは浮気。
お前、何で俺という恋人がいるのに、誘われてホイホイ付いていくの?
いや、でもまだ浮気だと決まった訳じゃ……。俺も人間の感覚に理解を示さないと……。
「よ、良かったね。お茶だけ? 他には何もなかった?」
よからぬ事とかしてないだろうな。
「和菓子をいただきました。お茶もちゃんと抹茶を点てたやつで、苦いけどおいしかったです」
俺の想像の中で、着物の似合う大人の女性が、文都を誘惑する。
「それ、そのご近所さんの家に行ったって事……?」
「あっ、はい。そうです」
あっ、はい。そうです……?
「お一人で住まれているので、寂しいと時々お話されていて。あ、そんな事より、14日の放課後、予定ありますか? もしよかったら……」
通話を乱暴に切って、スマホをソファに投げつける。
「……」
はあ〜〜〜〜〜!?
あいつの頭、どうなってるんだ?
何で自分に気がある奴の家に上がる!?
俺という恋人がいるのに!
「信じられない」
突然切られた事に不安になったのか、すぐに文都から電話がかかってきた。
「ふん……俺は出ないからな。反省しろ」
数コールの後、スマホはソファの上で大人しくなった。
「……」
罪悪感と寂しさで、胸がチクチク痛む。
「お前が悪いんだからな。そうやって浮気な態度をとるから。明日は学校だけど、お前が俺を怒らせたから、俺は一緒に登校しないかもしれないし、昼休みも下校も……」
俺と文都は、登下校を一緒にしている。お昼休みもほぼ毎日、文都の教室に会いに行く。
電話、かかって来ないな。
ふて寝をしたように静まってしまったスマホを、しばらくの間、見つめる。
「……」
もしかして、俺が突然、電話を切った事に怒ってる? そしたら明日は会えない……? 俺、嫌われた?
「俺は、お前が誰かにとられないか心配で……」
スマホが再び、文都からの着信を告げる。
「あ、良かった! 電話繋がりましたね! 突然切れたのでビックリしました」
「あ……うん」
秒で電話に出てしまった。
「明後日、14日の放課後、予定ありますか?」
「いや、別に……」
「よかった。じゃあ、放課後デートしませんか?」
放課後デート!?
教科書(恋愛漫画)に出てきたやつ! カフェ行って、ショッピングしたりするやつ!
「期末テストも終わったので」
「行く! 絶対行く!」
うれしい。14日は文都とたくさん一緒にいられる。
「お前から電話くれて嬉しかった」
「先輩、前に俺の浮気が心配だと言っていたので」
「あ……」
お前、それ覚えてて、ご近所さんの家に上がったの? 余計心配になるんだけど。
「俺、先輩以外の人に、心を動かされる事なんてないですけど。でも、先輩がそれで安心するなら、一日何回でも電話します」
文都は危機感が薄くて、俺はいつも心配になる。でも、それ以上に俺が安心する言葉をくれる。
「俺は、先輩の理想の恋人になりたいです」
第1.5話 俺の可愛すぎる吸血鬼の恋人は、天使かもしれない。
俺、甲斐文都には、吸血鬼の恋人がいる。
同じ学校で、一学年上の高校二年生、日ノ岡亜蘭先輩だ。
霧がかった朝の、柔らかな日の光を集めたようなプラチナブランド。目にかかる前髪に、耳の中間くらいの長さのサイド。襟足は短めで、すっきりと首を出した、真っ直ぐなサラサラヘアー。
淡い茶に緑が混ざったヘーゼルアイは、希少な鉱物のようで、猫のようにキュッと上がった目尻に、クリッとした大きな目が、あざと可愛い印象も受ける。
愛らしさを感じる小さな鼻と口、それらのパーツをおおう小さな輪郭、非の打ち所がない整った顔立ちと、透き通る白い肌。
クールに見えて、実はスキンシップ大好きな所とか、いつも大胆に甘えてくれるのに、実は恋愛経験がなくてピュアな所とか、やきもち妬きですぐ怒るのに、不安になると泣いちゃう所とか、とにかく可愛くて可愛くて可愛くて……。
勘違いとすれ違いと、兄と兄とハンターと鬼を乗り越え、ようやく結ばれた俺の憧れ。
もう二度とすれ違う事はない。
俺は、先輩の理想の恋人になる。
まさに幸せ絶頂期の俺。
ただ、一つだけ不安なのは……。
「先輩って、本当に吸血鬼なのかな?」
学生達で賑わう、放課後のファストフード店で、ポテトを口に運びながら、同級生の黒石理人が俺に哀れな目を向けた。
前髪を自然に分け、動きを出した黒髪。涼しげでキリッとした黒い瞳に、愛嬌を感じる、膨らんだ涙袋と口角の上がった唇。褐色の肌。
「幸せボケで、脳みそ腐ったの?」
先輩が吸血鬼だという事を知っている人間は、俺の他に二人しかいない。理人はその内の一人だ。
吸血鬼ハンターの家系の理人は、出会ったばかりの頃は、先輩に対し危険な執着を見せていたものの、色々あって今は俺の友人の座に落ち着いた。
「先輩は吸血鬼だよ。甲斐くんの血が大好きな吸血鬼だよ。散々、血吸われてるくせに、今更何言ってるの?」
「いや、そうなんだけど……」
「だけど?」
「俺には、あんなに可愛い先輩が吸血鬼だとは思えなくて……」
俺の浮ついた主張を聞き流すように、コーラを飲む理人。
「先輩って、地上に迷い込んだ天使なんじゃないかな?」
咳き込んだ理人が、俺を罵る。
「バカなの?」
「俺は本気で悩んでるのに」
「本気で……?」
「可愛くて可愛くて可愛い先輩を連れ戻しに、いつか天国からお迎えが来るんじゃないか心配で……」
「血を吸う天使なんて聞いた事ないよ」
「お前には分からないだろうな。可愛すぎる恋人をもつ俺の気持ちが」
「ウッザ。そんなくだらない話聞かせる為に、俺を誘ったの?」
ビック◯ックセットを食べ終えた理人に、本題を切り出す。
「明日のホワイトデー、手作りのお菓子を先輩に渡したいんだけど」
「誰が?」
「俺が」
耳を疑う顔をする理人。
「フライパンの上で野菜切ろうとしたり、カレーに斬新な隠し味を繰り出そうとしてた甲斐くんが? やめなよ。先輩が可哀想」
先輩が可哀想。
「実は、試しに作ってみたんだけど」
「あ〜……少しは成長したね。前は謎の自信で、突き進んでたもんね。作ったやつの写真ないの?」
俺のスマホに表示された、鍋から溶岩のように噴き出す黒い液体に、理人の顔が引き攣る。
「……食べ物ですらない」
「キャラメル生チョコマカロンを作ってたんだけど」
「え? 悪魔の召喚儀式してた訳じゃなくて?」
何かの手違いで生まれた溶岩に、独自の解釈を展開する理人。
「昨日、先輩に電話して、せっかくホワイトデー当日の放課後デートの約束を取り付けたのに。鍋をダメにしたせいで、キッチン出禁になっちゃって」
キッチンと出禁って似てるな。
いや、今はそれどころじゃない。
「なんでそう、余裕のあるスケジューリングが出来ないかなあ?」
俺も、近所に住んでる、一人暮らしのおばあちゃんの相手したりで忙しいんだよ。
「手伝って」
「え〜……。そもそもさぁ、もっと簡単なやつにすればいいんじゃない? 溶かして固めるだけみたいな……」
「そういうのじゃなくて、もっとこう、ちゃんとしたやつがいい」
先輩が見て、わーってなるようなやつ。ハンドミキサーとかオーブン使って、混ぜて、焼いてみたいな。
「どの口が言ってんの? 身の程を知りなよ。出来る訳ないじゃん。俺もお菓子作りとか、やった事ないし」
「大丈夫、初めからお前に期待してない」
理人の手の中にあるコーラの容器が、不恰好に形を変えた。
「ムカつくなあ……。食べ物に釣られて来なきゃよかった……」
お前、食べ物に釣られる上に、なんだかんだ付き合いが良くて、扱いやすいから好き。
「協力してもらう当てはあるけど、一人では行けないから、付いてきて欲しい」
「頼られて悪い気はしませんが……」
俺の話を聞いて、複雑な気持ちを吐露する頼みの綱。
鬼ケ原伊織さん。先輩が吸血鬼だという事を知る、もう一人の人間。
髪は暗めのグレージュカラー。前髪はセンターで分けられ、頬のあたりで外ハネにワンカールされている。細いフレームの丸メガネの下に見える、琥珀色の瞳と目尻の泣きぼくろ、密度の濃いまつ毛が印象的な、中性的な
顔立ち。
先輩のお兄さんは、ホテルやレストランを経営している。鬼ケ原伊織さんは、その秘書室長で、むしろ俺より、先輩や先輩のご家族との関係は長い。立派な大人だけど、年齢は不詳。
「君の事を好きな俺に、君の恋人にあげるお菓子を作る手伝いをして欲しいと? 残酷な事をしますね」
鬼ケ原伊織さん、鬼ちゃんさんは、何故か俺の事を好きらしい。
兄の仕事の関係から知り合った後、少し強引にも思えるアプローチを受けているものの、その都度、丁重にお断りしている。
「甲斐くん……他に頼る人いなかったの?」
俺と鬼ちゃんさんの関係と、嫉妬しがちの先輩を知る理人が、自分が誘われた理由を察して、疑問を向ける。
「いないだろ。例えば俺の兄に、キャラメル生チョコマカロンが作れると思うのか?」
「だから何で、キャラメル生チョコマカロンにこだわるの? もしかしてホワイトデーのお返しの意味とか考えてる? そういうの気にするタイプだっけ?」
「ホワイトデーのお返しの意味って何? 響きが可愛くて、おいしそうだからに決まってるだろ」
他に理由ある?
「キャラメル生チョコマカロンですか。中々素敵な組み合わせですね」
「おいしいの掛け算です!」
「ええ、まあ……。はい」
鬼ちゃんさんは、超万能な人だ。
当然、お菓子作りもできるに決まっている。
でも、お手伝いする事には消極的みたい?
「諦めて簡単なやつにしたら?」
理人が、鬼ちゃんの煮え切らない態度を見て、妥協する事をすすめた。
いや、中途半端なものをお渡しする訳には……。先輩が見て、わーってなるようなものじゃないと……。
「……」
「甲斐くん?」
わーってなる先輩を想像して、ニヤける俺。
「不相応なお願いだとは、重々承知しているのですが、俺には頼れる人が鬼ちゃんさんしかいなくて……」
「……」
いつもと違って、ラフな部屋着の鬼ちゃんさんが、俺を見て目をパチパチさせる。
「今のは、ちょっとキュンとしました」
キュン?
鬼ちゃんさんが、自分を納得させるように溜息を吐く。
「いいでしょう、お手伝いさせていただきます」
「グラニュー糖と、アーモンドプードル、ブラックチョコレート、生クリームこれだけ買えば、他の材料は家にあるもので大丈夫ですね」
近くの食料品店で、キャラメル生チョコマカロンの材料を買う。
俺が持つカゴの中に、鬼ちゃんさんが手に取ったグラニュー糖の袋を入れた。
「無理言ってすみません」
「惚れた弱みというやつですね。お気になさらずに」
うう……良心が抉られる。
ていうか、俺の事は諦めて頂ければ幸いなのですが……。
「ちなみに、俺も先輩の事が好きなんだけど、忘れてないよね」
俺の隣で、理人が釘を指す。
ああああああ入り組んだ相関図……。
一途な事はいい事だけど、もうそろそろ……。いや、仮に逆の立場だったら、俺も先輩の事諦めきれてないだろうし、強く言えない……。
「近くにラッピング専門店がありまして、海外の包装紙等も置いてあって、値段も手頃なのですが、良かったら寄って行きますか?」
「はい! ぜひ!」
うわ〜……俺、ラップに包んで渡すつもりだった。恥ずかし〜……。やっぱり鬼ちゃんさんを頼ってよかった〜……。ん?
レジに向かう途中の通路で、座り込む人影に目を引き付けられる。
先輩の髪色に近い、柔らかい色味の金髪。限りなく白に近いホワイトブロンドを、長い襟足を残して、ハーフアップにしている。
青みがかったグレーの瞳が、人目を気にするように、キョロキョロと動いている。
びっくりした〜……一瞬、先輩かと思った。
俺と同じくらい? それか年下?
ていうか、怪しい動きしてるな。
何となく目を離せないでいると、怪しい動きをしていた人物が、棚からパンを取り、それを着ている黒いジャージの中に入れた。
「あ、取った」
思わず声を漏らす俺に、キッと鋭い目が向けられる。
広い二重幅のツリ目が印象的な、品を感じさせる整った顔立ち。だけど、眉間に皺を寄せた、喧嘩を売るような表情のせいで、ヤンキーにしか見えない。
「あ……お金、ちゃんと払うよね?」
「……」
念の為確認をすると、ヤンキー君は、パンを忍ばせたまま、出入り口に向かって走り出した。
「えっ!? 万引き!?」
逃げた!?
理人が、走り出したヤンキー君の前に足を出す。勢いをそのままに転んだヤンキー君が、顔を床に打ちつけた。
「ぎゃふっ」
転んだー!
「あわわわ……お前はまた乱暴な……」
「万引き犯だよ? 相変わらず甲斐くんは甘いなあ」
「気持ちよく転びましたね」
体を起こしたヤンキー君の鼻から、血がポタポタと垂れる。
「わっ!? 大丈夫!?」
きれいな顔に血が……。
差し出したタオルが、俺の手ごと乱暴に払われた。
うわっ……野良猫相手にしてるみたい……。
「おや……君は……。もしかして……」
鬼ちゃんさんが珍しい生き物を見るように、ヤンキー君を観察する。
「あ」
同じく、何かに気付いた様子の理人が、
「お前、吸血鬼?」とヤンキー君に聞いた。
コンクリート打ちっぱなしの壁に、グレーを基調にした、クールでモダンなインテリア。
心配になるほどに、物の少ない鬼ちゃんさんの部屋で、ヤンキー君を取り囲む俺達。
棚の上のケージの中で、鬼ちゃんさんのペット、白い体に黄色の斑模様、赤い目の小さなヘビが、不思議そうに首を傾けた。
「野良の吸血鬼とは珍しいですね」
バツの悪い顔をしたヤンキー君が、床であぐらをかき、打ち付けた鼻を気にしている。
「吸血鬼ですか……。その割には、傷の回復が遅いような……」
吸血鬼は、個人差はあるものの、再生能力が人間に比べて高い。先輩は、特に再生能力に秀でていて、軽い怪我は瞬時に治ってしまう。
ヤンキー君、まだ痛そうにしてるし……。
血は止まったみたいだけど……。
「そこなんですよね。余程再生能力が低い吸血鬼なんでしょうか? 何か理由がありそうです」
鬼ちゃんさんが、ヤンキー君に顔を寄せる。
「君、家出でもしましたか? お金が無くてお困りのようでしたが、血の確保には困らないのですか?」
「……」
懐かない野良猫のように、ヤンキー君がプイッと顔を逸らした。
「実際、吸血鬼の家出って大変そうだよね」
「確かに、血なんて手に入らないだろうし。でも……そもそも、本当に吸血鬼なのかな?」
何故か、鬼ちゃんさんと理人は確信してるみたいだけど。見た目とかで判断できるの? 腹ペコでお金がない外国人だったりしない?
「それもそうですね。一つ、実験をしてみましょう」
鬼ちゃんさんが、右手にホカホカの牛丼、左手に輸血パックのようなものを持ち、ヤンキー君の前に立つ。
「どちらが欲しいですか?」
ヤンキー君の目がキラキラと輝いて、左右に動いた。
うわーめちゃめちゃ心動かされてる!
分かりやすっ!
ていうか……。
「鬼ちゃんさん? それ……まさか、血じゃないですよね?」
透明なパックに入った、トマトジュースを極限まで濃縮したような色の液体。表面には、何やら色々な事が書かれたラベルが貼られている。
「ええ、合ってますよ。社長が必要とした時の為に、少しですが保管しておりまして」
うわ〜……。
先輩から聞いてた、ドナーから提供される血って、こういうの何だ〜……。あんまり知りたくなかったかも。
先輩も、あれと同じの飲んでるのかな? あの、パックに付属されてるストローを使って?
「おいコラァ……」
ヤンキー君が喋った!
「その飯、ヤバイもん入ってねぇだろうなぁ?」
ガラ悪っ。まんまヤンキーじゃん!
「ええ、レトルトの牛丼ですから。欲しいのはこちらだけですか?」
「どっちも寄越せゴルァ」
間違いない。
吸血鬼だ。腹ペコの吸血鬼だ……。
腹ペコ吸血鬼ヤンキーだ……。
「どうして二人は、彼が吸血鬼だと、お分かりに?」
「勘」
「勘ですね」
まさかの直感。
へぇ〜……さすが理人は、吸血鬼ハンターの血を引いてるから、そういう感覚が鋭いんだぁ〜……。
鬼ちゃんさんが分かる理由? 万能だからじゃない?
「九十九沢音春。15才。純血の吸血鬼。それ以外は言わねー」
牛丼をガツガツとかきこみながら、食事中に水を飲むように、血を飲む音春君。
うわぁ……口の中で味混ざったりしないのかなぁ……。
「裕福なご家庭で育った御令息が、干渉される事に嫌気がさして、家を飛び出したものの、行く当てもなく路頭に迷って、出来心で万引きを……といった所でしょうか?」
「閉鎖的な吸血鬼のコミュニティー出身で、本当は人間なんて嫌いだけど、親の目を逃れる為に仕方なく……みたいな?」
え? そうなの?
北関東出身の腹ペコ吸血鬼ヤンキーじゃなくて? 普段、コンビニの前でたむろして、夜中に爆音でバイク走らせてる吸血鬼ヤンキーじゃなくて?
「なっ!?」
え? 図星?
「オイ! お前ら、どこでオレの事知りやがった!?」
「あ、この二人は心が読めるから……」
「何!? 弱っちい人間のくせに! 卑怯な手使いやがって……! 汚ねぇぞ!」
「冗談だよ、バーカ。純血の吸血鬼って聞けば大体分かるんだよ」
いや、俺は冗談のつもりで言ってないけど……。純血の吸血鬼ってだけで、そんな特定されちゃうの? 嘘でしょ? 本当は心が読めるんだよね?
「もしかして、4月から高一? 家出とかしてて大丈夫なの?」
「うっ」
理人の指摘に、音春君が痛いところを突かれた顔をする。
何か、思ったよりかわいい子だな。
考えが浅はかで、分かりやすくて……。
「高校なんて行かなくても問題ねー……」
「おい、人生舐めるなよ?」
家庭環境で苦労した故の、重みのある理人の言葉。
「人と違う生き方は、それ相応の努力を必要としますからね。まあ、どうしてもそうしたいというなら止めませんが。さて、君をどうしましょうか……。親元に引き渡すべきか、それとも……」
「ハァ!? オレは絶対帰らないぞ!」
音春君が、身を乗り出して抗議する。
テーブルの上の丼が、ガチャンッと音を立てた。
何か、よっぽど納得がいかない事があったんだろうなぁ……。
俺も時々、親の無神経さにイラッとするから、音春君の気持ち分かる。
でも、ご両親も心配してるだろうし……。
あと、何より、早くキャラメル生チョコマカロンを作らないと……。先輩にお渡しするお菓子が……。
「そうですね。確かに、事情がありそうですから、有無を言わさず帰すのも可哀想です。君さえ良ければ、ここに居てもいいですよ?」
「ハッ!? マジか!?」
鬼ちゃんさんが、にっこりと微笑む。
「ええ、マジです」
「お前、話分かるじゃねーか!」
「いくつか条件がありますが。ご両親にも、きちんと事情をお話して納得していただきますし、もちろん高校にも通っていただきます」
「なっ……!」
期待でキラキラしていた音春君の目が、戸惑いの色に変わる。
「そんなの無理に決まってんだろ! お前、さてはオレを親の所に返すつもりだな!?」
何か名案があるのか、鬼ちゃんさんは余裕のある顔を崩さない。
「いえ、ご納得頂けると思いますよ」