第33話 対話
「逃げるな――!」
「そこへ逃げた!」
甲高い叫び声が起伏して、しかもこちらに近づいてくる気配がある。おそらくもう少しで、あのいわゆる親衛隊がここに到着するだろう。
やっぱり路地裏に隠れても、追いつかれる。
ここまで考えて、クトナは苦笑した。
車列を途中で止め、しかも王侯同然の城主を挑発するのはなんと愚かなこと。
こんなことはどこの国でも死罪だ。
クトナは城の路地道を熟知していて、危険に遭遇したら簡単に路地に隠れて追っ手を逃れることができるが、それは相手も同じだ。
親衛隊もこの城の住民であり、城の構造をよく知っている。
また、クトナと違って、彼らは平均的な実力はC級の騎士にすぎないが、C級にも達しておらず、外に出て魔物を倒したことがないクトナにとっては、極めて強力な存在だと言える。
相手の腕は極めてたくましく、実力差に押されて、どんなに遠くまで走っても、この町の中にいれば、きっとすぐに捕まるだろう。
では城外へ飛び出すか――いや、その前に捕まるだろう。
そう思って思わず首を振って苦笑した。最初から、この果てしない追跡戦はクトナの敗北で終わる。
城主を挑発する行為は愚かだ。
苦悶の表情を浮かべながら、クトナはこの極めて厳しい現実を再認識した。
捕まったら、多分いい末路にはならないだろう。しかし、
「それでもやらなきゃ――!」
怒りで、クトナは歯を食らう。
監獄に入れられた兄のためにも、クトナはそうしなければならない!
クトナと兄はヴィット城で生まれた。早くに両親を亡くしていたため、クトナと兄はなんとかヴィット城で暮らしていこうと努力した。
靴を磨くのも、冒険者の荷物を運ぶのも、この町で暮らしていけるように、二人は全力を尽くした。
精一杯生きて……クトナの兄はさらにこのことを極めた。
クトナと違って、兄は善良で親切なだけでなく、剣術も上手だった。
ずっとから、兄はずっとクトナの前を歩く。
このような努力の結果、クトナの兄はヴィット城の兵士の仕事を手に入れた。
この街を守る一員になったということは、卑しい生まれのクトナ兄弟にとっては、これはもう誇れる成果だった。
そんな輝かしい兄にもかかわらず、クトナは何の劣等感も感じず、むしろ彼を誇りに思っていた。
兄弟が競い合う関係で仲違いする家庭も少なくないそうだが、彼らにはそんな問題はなく、かえって仲がよくなった。
こんな誇らしい家族がいるのに、卑屈に感じるわけがないだろう。クトナはこのように自分の追随に値する兄がいることを喜んでる。
そのため、愚かなことをしてもクトナは少しも後悔していない。
それが彼のようなちっぽけな人間が兄のためにできる唯一のことなので、もう一度やり直しても、彼は迷わず行動する。
「ここだーーー!」
迫る叫び声が人を現実に引き戻す。
とても近くなって、後方だけでなく、前方にも騎士たちの声がした。回り道をして前方へ来たのか。
「こんなおもてなしを受けるとは……」
いつのまにか足を止め、その先の路地が二手にわかれていた。
選べる道は二つあって、賭けが正しければ逃げられる――そんないいことは起こらなかった。
「ここにいる!」「彼を見つけた――!」
クトナが足を止めたのは、このような状況が起こることを予見していたからだ。
左右の道に騎士が現れ、後ろからも足音が聞こえてきた。
「包囲されたのか」
城主やその郎党を軽蔑しているが、相手には称賛すべき点がある。特にその代官は、性格の悪さは別として、彼は確かに手にする力を使いこなすのがうまい。
「逃げ上手ね……こいつ」
振り返れば、その代官、シオラペは楽にそこに立っていた。
「噂をすれば影……か」
「なんだお前、代官様を尊敬してないのか」
「今ひざまずいて謝っても、監獄に入れてくれるだろう?」
クトナはシオラペをにらんだ。
そんな手段で人の尊厳を踏みにじるようなことは、とっくに聞き飽きてる。そんな無意味なことをするよりも、最後まで尊厳を保てばいい。
「ふん……そりゃそうだけど。何をしようと、お前を監獄に入れるつもりだよ」
クトナに指摘されて初めて気づいたかのように、シオラペは笑った。
「でも今、お願いしてくれれば、食事の改善をしてあげられるかもしれないよ。監獄の」
本当に性格の悪いやつだ。
バカそうに笑ったシオラペを見て、クトナは怒りに燃えた。
兄がこんな奴に監獄に入れられるなんて……
「お前らのような奴は、いずれ自分のために代償を払うだ」
「そうか、忠告してくれてありがとう。誰かがそう言ってくれたのを覚えてる。誰……あ、お前は手伝ってくれよ、牢屋に入って聞いてみようか。でも答えは言わなくていいよ」
なぜなら答えを聞く前に、お前は死んでしまうからよ。
シオラペは冷酷な笑みを浮かべた。
「……救いようがないな」
こんなやつにいくら言っても無駄だろう。
クトナは低い声で呟きながら、横の雑物の山の中を見回し、武器を見つけた。
「ん?……ははは、本気じゃないだろう」
シオラペはクトナが引き出した武器を見て、ついと大笑いした。
「木の棒で戦うなんて、本気なの?お前」
「そうね……」
クトナも苦笑した。
確かに笑うに値することだし、木の棒で戦うとか、クトナもよくわかってるし、そうすることで自分も救いようのない人であることを物語ってる。
もし外のあの森を使う……禁忌の森の木を使えば、役に立つかもしれない。
年月を経て膨大な魔力に潤われてきたため、禁忌の森の木は鋼鉄のように硬く、武器としてそのまま使っても問題ない。
しかし、クトナが手にしている木の棒は一般に植えられた木材であり、武器として使用することはできない。
この武器で相手の剣と戦うなんて、考えただけで勝負の結果がわかる。でも今はもうそんなことを考えている時間はない……
今戦わなければ、この後絶対に厳しい拷問を受けるだろう。
まだやるべきことがあるので、このまま倒れるわけにはいかない!
「兄さん、力を貸してくれ……!」
クトナも兄から剣術の指導を少し受けたことがあるので、剣術が少しできる。
兄はここにいないが、かつて教えていた剣術で今のクトナを助けることができる。
「お前に少なくとも少しは懲罰を与えなきゃ!」
手にした木の棒を握りしめ、クトナは構えた。
「ほう?少し指導を受けているように見えるね。懲罰……まあ、いいでしょう」
シオラペは笑って肩をすくめ、剣を鞘から抜いた。
「俺が相手になる!」
そして前に足を踏み入れると、息をつく暇もなく、シオラペは一瞬にしてクトナの前に来た。
速いーー!
無意識に避けていたが、腹はすぐに相手の膝に蹴られた。
「ぐっ……」
強い力でクトナは気絶しそうになった。しかし、彼はしっかりと足を踏み入れて後退した。
強い。
軽薄な姿で忘れそうになったが、相手はc級の魔物を倒すのに十分な騎士だった。
「ほう、気を失っていないね。偉そうなことしか言えないやつじゃなさそうだね。だが、どれくらい堪えられるの?」
「くそ……!」
前に向かって斬撃を放つが、そのみっともない斬撃は一瞬にしてかわされる。
「おいおいどうした?懲らしめてくれるんじゃないか?」
かろうじて攻撃をかわしていたクトナとは違い、シオラペはあっさりと攻撃をかわした。
直後に反撃が来る。
「はあ!」
重たい斬撃を受け止めた瞬間、刀身がきしむ。
振り出された剣はかろうじて受け止められ、腕は本物の凶器による麻痺感で重くなった。
これが二人の間の本当の差だ。
一瞬にして実力の差を悟り、目の前の相手を倒せないことに気づいたクトナは周りを見回した。
彼の周りには似たような実力を持つ騎士が数人いて、同じく彼が倒せない相手でもある。
こんな人がこんなにたくさん……それでも――
「こんなやつに負けるわけにはいかない――」
「ふん!」
クトナが木の棒を前に振り、シオラペが同じように剣を振った。
木の棒と剣の両者がぶつかった結果……木の棒の敗北だった。
脆弱な木の棒が粉々になり、シオラペの顔に嘲笑が浮かんだ。クトナを力強く蹴り飛ばす。
強大な力は一瞬にしてクトナを地面に伏せて動けなくさせた。
「う……」
やっぱりダメか。
二人の実力差はこれだけ大きく、これだけの実力差があって、相手を倒すなんて、ただの夢物語だ……。
少なくとも戦ったんだ……クトナはため息をついて頭を下げた。
「これで終わりだ、よし、こいつを連れて行こう」
「おのれ……」
「おい、抵抗するな!」
騎士たちは素早く前に進み、クトナを捕まえようとしたが――
「ああ、間に合った」
「ん?」
シオラペが疑問の声を上げるのを聞いて、クトナは顔を上げた。
声は上から……?
見上げると、隣の屋根の上から、マントを着た二人の人がここに飛び降りた。
「この件について、ちょっと待ってくれませんか」
彼らのそばに降りて、黒いマントを着た人が提案した。
◇
あ、ちょうど間に合った……そうではないようだ。
屋根の上まで走って、ようやくクトナたちに追いついた。でも相手の状況が思わしくないな。
クトナが手にしていた木の棒が割れて床に倒れ、一時的に動けなくなったように見えた。
相手が捕まりそうになると、俺とシメリアはクトナのそばに飛び込んだ。
「ちょっと話してもいいか」
俺は振り向いてシオラペに言った。
「あんたは?」
「誰?」
クトナだけでなく、騎士たちやシオラペも俺たちの出現に困惑している。
なにしろ空から降ってきた謎の人物で、マントを着てるのだからね。
マントは本から出したものだ。ライン村の人にこれ以上迷惑をかけたくないからマントを着て来た。
マントは俺たちの身分をよく隠していて、シオラペは俺たちだと気づくだろうと思っていたが、彼は気づかなかったようだ。
マントを着て来るのは正しい決定のようだ。これでシオラペは、俺が邪魔をしたからといってライン村に行ってトラブルを起こすことはないだ。
でもまさかこんな役を演じるとは思っていなかったんだよね。
突然現れた謎の人物って、かっこいい感じだね。
「あ、名前は秘密にさせてください。さっきのことを見たんだ。この少年を見過ごせないか」
「少年を見過ごせないか……それはダメ。お前たちは知らないか、この城では城主様の命令が絶対だよ。あいつが城主様を怒らせたんだから、簡単には見過ごせないよ」
危険度を判断してるか。シオラペの視線はまず俺を見て、続いてシメリアに向いた。
「てかお前たちは誰だ。マントを着た不審者……もしかして外から来たか。まぁ……今はお前たちの無礼を許しようか」
私は忙しいから、早く出ていけ!シオラペは高慢に顔を上げた。
失礼なのはあんただろう。もう少しでそう言うところだった。
「……それはありがとうございます」
「ふん、知っていればいい。どけ!」
シオラペが手を上げると、周りの騎士がゆっくりと近づいてきた。
俺たちは攻撃しないと判断したのか、シオラペは高慢に顔を上げた。近づいてきた騎士は警戒を緩め、手を伸ばしてクトナを捕まえようとした。
「立ってくれ――」
「う……」
「ちょっと待ってくれませんか」
クトナが捕まりそうになった瞬間、俺は手を伸ばして騎士の腕をつかむ。
絶対的な命令よ、相手のしたことから見ると、城主には確かに大きな権力がある。
でもそれで退却するなら、最初からここには来ない。
「う……貴様!」
騎士は俺の手を振り払おうとした。しかし力を出すと、騎士はたちまち驚きの表情を浮かべた。
振り切れない……怪訝そうな顔から相手の考えが簡単にわかる。
それは当然だね。外見とは違って、俺の力は外見以上に強いから。
「放せ……う」
「おい、何やってんだよ?あいつは速く捕まえてくれ」
「確かに彼は城主様を怒らせたが、それほど深刻ではないだろうと思う」
騎士の苦衷に気づかないシオラペを振り返る。
「……何言ってんだ、お前」
シオラペが目を細める。
地元にはいずれも自分なりの法律の条文があり尊重しなければならないが、こんな場所でも、そんなことは座視できないと思う。だから……
「最後にひとつだけ答えてもらえますか。この少年は、その後どのような扱いを受けるの」
「何を聞きたいのかと思ったら。もちろん刑務所に閉じ込められているんだよ。やっぱりお前たちはよそ者で、そんなことも知らないのね」
笑えることを聞いたかのように、シオラペは笑った。そして建言を持ちかけるように言った。
「どこから来たかわからない奴よ、レブス様とはこの町の主人だ。もしお前たちがこのことに手を出そうとするなら、私も権利を行使することができる」
――お前たちを捕まえることができるよ。
腰に手を当て、シオラペは上から目線で言ってくる。
「俺たちでも捕まえることができるか……そんな権力を持ってるか」
「あるよ、レブス様から信頼されているから、そんな権力がある。代官として、私の言葉がレブス様の言葉に等しい、私の決断はレブス様の決断に相当する」
「そんなに権力があるのか……」
相手は税金取りの役人にすぎないと思っていたが、こんなに権力があるとは思わなかった。
俺が黙っているのを見て、シオラペは俺が臆病だと思うようだ。
「ふん、今は怖くても始まらないよ。大胆に私に挑戦する人は代価を払わなければならない!……そう、あの村のように」
「あの村?ライン村のこと……?」
低いつぶやきが相手の耳にキャッチされ、金髪の代官は満足そうな口調で答えた。
「ええ、お前が知ってるとは。少し前、その村は私に逆らったんだよ。だから彼らは代価を払わなきゃ。ふんふん……彼らはまだ知らないだろう、もうそこに人の出入りを禁止する準備ができてる」
「何だと……」
「ふふ、食糧禁輸……今度は頼み込まれても許してくれないよ。前回は逃がしてあげたけど、今度は何人死ぬの?」
俺たちに逆らうのは、このような代価を払うことだ。
たぶんそんなことを言うと人を退却させると思っているのだろう。シオラペは得意げに言った後、視線をクトナに戻した。
「あいつも同じだ、代償を払う必要がある、石を投げたのはどちらの手だろう、左手?右手?いっそのこと両手を折ってしまおう!ハハハ!」
ハハハ、騎士たちも笑った。
「……」
……一体何言ってんだよこいつ。
地面に倒れているクトナを見て、シオラペは茶化すような表情をして、振り向いて俺を見ていた。
「ふん、わかったらさっさとどけ――」
「断る」
「なに……」
そう応えた後、シオラペは怪訝そうに目を丸くした。きっぱり拒否されるとは予想していなかったように。
こいつの話を聞いて一つわかったことがある。それはクトナを渡してはいけないということだ。
こいつらの残忍さからして、この人たちに任せたら、クトナは多分死ぬだろう。だからそんなことはできない。
だから相手の機嫌を損ねたくないが、断ることにした。
「そっか。いい」
驚きは数秒にすぎなかったが、シオラペはすぐに冷笑を浮かべた。
「じゃお前らも一緒に捕まえてやる!」
「降参しろ!」
シオラペの言葉に呼応して、腕をつかまれた騎士が手を伸ばす――
「うあ!」
俺は手を伸ばして強く押すと、相手はすぐに後方の壁にぶつかった。
「う……」
「お前!」「なんと――!」
仲間が倒れているのを見て、後方に待機していた二人の騎士が同時に剣を抜いて突進してきた。
「……は」
トラブルを起こしたくはないが、どうやらもうそうせざるを得ないようだ。
相手に謝ることは、どうやらできないらしい。
こいつの話からも分かるように、相談する機会はまったくない。ライン村のことも同じで、こいつに謝っても始まらない。
謝る――そんなことは村長に言うべきだ。
俺は今、譲歩し続けるつもりはないから。ちゃんと相手と対話をするつもりだ。
「――」
てか村長に謝るだけでなく、シメリアにもそう言うべきだね。
ちらり、とシメリアを見た。
相手は黙っていた。さっきからシメリアは静かにそばにいた。このことを処理する責任を負わせた。
彼女をトラブルに巻き込まれた、この後彼女に謝ろうか……相手ととことん対話つもりだから!
人を餓死させたいなんて……こんなやつに謝れ、断る!
「はぁっ!」
背の高い騎士が目の前に到着し、剣を抜いて振り上げる。
相手は訓練された騎士で、このような力は一般人には十分だが、俺には役に立たない!
「ふん……!」
俺は素早く相手の攻撃を避けた。騎士は一瞬怪訝な顔をしたが、勢いに乗って攻勢を続けた。
「逃げるな!」
もう一人の騎士がすぐに突進してきて、二人の騎士が同時に攻撃した。
後に下がって相手の攻撃範囲を退出したが、その時後ろにもう一人の騎士が剣を持って切りつけてきた。
「危ない!」
クトナは体を持ち上げて叫んだ。
「やった!」
敵が倒されることを確信し、騎士たちは笑顔を見せたが、その笑顔は一瞬にして俺の行動によって崩れた。
「バカな!」
耳障りな金属音が響く。
攻撃は止められた。騎士たちはそんなことで驚いているのではなく、目の前の敵が剣を持っているからだ。
剣に力を込めて、俺は相手の剣を強く押した。
「ありえない――」
ぼんやりと大きな口を開けて、振り向くと相手の愚かな様子が見えて、俺は声を出して応えた。
「どうした?武器を使えるのはお前たちだけか?」
「剣はどこから……」
騎士は視線を上から下へ動かして、驚いたように俺を見ていた。
彼らからすれば、マントで身を隠すことができても、このような剣を隠すことはできない。
おおよそ相手に武器がないから、騎士ははばからず突進してくるのだろう。
でも剣を隠すことはできなくても、本を隠すことはできる。
俺はただ腰の本の中から、グランニタ城に置いてある剣を取り出しただけだ。
そのことを知らなかったために、相手の目にはまるで俺が何もないところから武器を生み出したかのように見えた。
でもそのことについて、相手に詳しく説明するつもりはないんだよ。
「お前!いったい――!」
「俺を捕まえるんじゃないの?やってみろ!」
シオラペは驚いてこちらを見て、俺は剣を上げて話を中断した。
「先に言うが、豪華さが足りない監獄には住みたくないよ!」




