第一話 召喚
本編スタートです。
話の進行は遅いかも知れませんが、お付き合い頂けると嬉しいです。
気が付くと、気持ちの良い青空に向かい合っていた。
そこは草原だった。いや、周囲を樹々で囲まれているようだ。森の中にポッカリと草地があり、柱のような巨大な石が円状に並び、その中心に俺は居た。
大の字に横になったままぼんやりとした頭で記憶をたぐるが、現実感の無い断片的な事しか思い出せない。
トラック?俺は学校の帰りに…学校?部活の帰り…部活?防具を持っていた筈だけど…防具ってなんのだ?
だめだ。夢から覚めた時みたいだ。どんどん記憶が薄れていく。
そうだ、名前。俺は…恭真…七瀬恭真だ、うん。覚えている。学校。そうだ、高校生。あとは…だめだ。
近くで何かが草地に降り立つ様な音がした。草を踏む音がする。こちらに何かが近づいてくるようだ。
まあいずれ何かしら思い出すだろう。とにかく周りをしっかり確認しよう。身体を起こそうと首を上げた瞬間、頭を何か柔らかいもので抑えつけられた。
目を向けると、息を呑むような黒髪の美人が片手で俺の額を押さえ付けて、鈴が鳴るような声で何事か言っている。
『Остана само малку. Чекај.』
…解らん。
彼女の碧い瞳には妙な迫力があり、動けない。というか、近い。え、何、俺の頭のすぐ上でしゃがんでる訳?どんな状況?動悸が酷いんですけど。手、柔らかい、ってか温かい。どうしよう。何か言った方が良いのか?
混乱していると、スッと彼女は手を離して立ち上がり、僕を目下すと哀しそうな顔で何かを呟いた。
『…извини ме』
…解らん。
とにかくもう起きて良さそうだなと身体を起こすが、酷い眩暈と吐き気に襲われ、すぐさまその場に蹲った。
視界がグルグルと回る。吐き気はあるのに胃液以外何も出ない。何か大変不味い状況みたいだが、考える余裕もない。
どのくらいそうしていただろうか。そのまま死んでしまうかと思ったが、過ぎ去ると不快感は嘘のように消えた。
落ち着いたのを見計らってか、彼女が僕に畳まれた布を渡してきた。服のようだ。そこで初めて気がついた。俺、全裸。
俺が服を着ている間、彼女は森の方を見ている。そういう事を全く気にしない人という訳では無さそうだが、なんだろう。表情は全然読めないし、俺だけ妙に恥ずかしいんだが。
服は頭からすっぽり被って着る単純な形だった。腰のあたりを紐で縛るみたいだ。何となくスースーするが、全裸よりはマシだ。
服を着終えると、彼女に声をかけた。意味は通じないだろうけどね。
「服、着たよ。で、君は誰?」
『そうね。じゃあその辺の石にでも座って。説明するわ』
…彼女の言葉が理解できた。
彼女の名前はナタリア・アルトリーゼ。
アルネス王国という国の魔導師だそうだ。確かに魔法使いっぽい格好をしている。
細身に黒のワンピース、鍔広の尖り帽子。傍には色とりどりの石が埋め込まれた長い木の杖。色白な肌に切長な目。理知的な雰囲気がある。
俺がここに居るのは彼女が呼び出したからで、古い資料を基に召喚魔法とやらを行ったのだそうだ。
言葉が通じるのは、これまた古い資料を基に彼女が作った魔法だそうで、召喚直後のあやふやな記憶状態でしか使えない、俺の記憶の一部をこの世界の情報に書き換えるという物騒な魔法らしい。
あやふやな記憶はこれが原因らしいが、意思疎通が出来ないとどうにもならないらしく、諦めてくれと言われた。
運が良ければ失った記憶も徐々に取り戻せるそうだが、完全には不可能らしい。正直よく憶えていないのに思い出したいも何も無く、俺はどこか他人事の様に説明を聞いていた。
驚いたのは、この世界【ガイラス】は俺の居た世界より格下の存在らしく、俺はこの世界では規格外の能力を持っているとの事だった。それが呼び出した理由でもあり、【勇者】と呼ばれるらしい。
なんかラノベみたいだなと思ったが、ラノベが何か思い出せなかった。
他にも、はっきりとした事は言えないし言い訳じみているが、召喚される人物は元の世界で死亡した者らしいと古い資料にある事や、勇者の力は召喚から徐々に発現し、10年程するとゆっくりと失われていく事などを説明された。
彼女は淡々と説明していたが、話の終わりに俺に問いかけた。
『…召喚して記憶を奪った私の事、キョウマは怨むかしら?』
「…正直、混乱していて何とも言えない。でも、自分でも不思議なんだけど、少し楽しい…と言うかワクワクしている感じなんだ。だから、怨むとか怒るって気持ちは、無い…と思う」
『……そう。…それは……ありがとう』
「?…それは、どういたしまして?で良いのかな?」
『そうね』
彼女は少し笑った様に見えた。俺は何故か、ホッとしたような、少し胸が痛い様な、そんな気がした。
2日程移動すれば小さな街があるそうで、とりあえずそこへ向かう予定だが、話をしている内に陽が傾いてきたので今日は野営して出発は明日にするそうだ。彼女は薪を集めに森へと入っていった。
俺は草地から出なければ自由にしていて良いが、身体を少しずつ動かす事を勧められた。
身体をほぐしながら、先程の話を反芻する。
元の世界で死んでいるかもという説明と、朧げな記憶の中で大きな車が近付いてくるイメージを合わせて考えると、やっぱり死んでしまったんだろうな、という気がした。
もしそうならナタリアさんを怨むどころか、むしろ命の恩人ではないだろうか。
記憶にしても、しっかり残っていたら未練とか後悔が沢山あったかも知れないが、どうにもならない事を思い煩うより、この世界に早く順応にできる方が良さそうだ。うん。
そう考える事にしよう。
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