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そんな事はどーでもいいからカレーを食うのさ



 だいたい三年過ぎた辺りから、いちいち数えるのは止めた。だって純粋に無駄だろう。


 でも、いきなりスレちまった訳じゃない。まあ、場馴れしたって言うか何と言うか……やっぱり、場馴れしたって所か。振り返ってみればそんな感じだったな。




 ワクワクドキドキの一年目、って奴さ。


 ……あー、そうだよ!【異世界転生】ってのに憧れてたぜ確かにあの頃はな。見るもの聞くもの全部新鮮だったし、間近でエルフとか見たら「くおおおぉーっ!! マジで耳長やんっ!! なんか超良い匂いするんですけどぉーーっ!?」って感じで興奮してたもんだ、後から男だって判るまでは。



 少しづつ慣れてきた……二年目。


 丸一年過ごしてみて、何となく色々解ってきた事も増えたよ。まず、何よりハッキリと理解出来たのは、結局世の中なんて金次第だって事だったな。


 ウダウダしながら、それでも何とか日銭を稼ぎ、手持ちの金が増えたと思って【奴隷商い】の店に繰り出したまでは良かったが……直ぐ摘まみ出されたよ。


 「こっちは金有るんだぜっ!! 客扱いしねぇってのは頂けねぇなぁ!?」


 見た目は娘みたいなバウンサー(荒事専門の用心棒)に散々小突き回されて、ゴミみたいに放り出されたけど、それでも引き下がらなかった。直ぐ立ち上がってそいつに金の詰まった革袋を見せてやった。けれど、そのバウンサーは指貫き手袋から伸びた白い指先で革袋を摘まんで、フンと鼻で笑いながらプラプラと揺らして、


 「……金ってのは、こんだけかい? いいか小僧、この店で商ってるモノはな、こんな端金(はしたがね)で買えるようなチンケな額じゃねぇんだ。この袋の中身が白銀硬貨(ミスリル)だったらまだ判るが、まずその身形(みなり)で稼げるようなもんじゃねえ。判ったか? 判ったらさっさと消えろ」


 と、まるでゴミを見るような目付きで俺を眺めながらそう言って、店の扉をバタンと閉めたのさ。


 ……悔しかったよ。俺にも少しは自信みたいなもんが芽生え始めた頃だったから、尚更効いたんだ。


 急にどうしたって? お前から聞いてきたんだろ、どうやって今の稼業に辿り着いたのかをさ。




 仕事が終わっていつもの店で飲んでいたら、昔、一緒にここに流れてきた奴が一杯奢るから、なんて言いながら聞いてきた。まあ、きっと同業者になりたくて探りを入れるつもりだったんだろう。だから俺は、タダ酒を飲める分だけ話してやった。


 でも、生憎と同じ稼業を目指そうとしても無理なんだよ。後からノコノコやって来ても、この界隈の仕事は最初から限られてる。それに客は俺じゃないと仕事を寄越さないし、斡旋所に出される依頼なんて、録な稼ぎにならない無駄骨仕事しか無い。





 「ご主人様……どうしたんですか?」

 「いや、うん……何でもない」


 先に目を覚ましていたムールが、黙っている俺の顔を見ながらベッドの上で身体を起こす。まあ、何だかんだあって、その奴隷商いの店から身請けしたのがムール。彼女の名前は俺が付けてやった。




 あの時、バウンサーの娘から浴びせられた言葉が効いたから、俺は必死になって上を目指したって訳だ。それまではリスクの低い楽な仕事ばかり選んで、適当にやって過ごす毎日から、ハイリスクで難度の高い仕事に手を出すようになった。


 でも振り返ってみれば、一番の変化は例のバウンサーの娘に頼み込んで、近い距離で体格差を無くし対等にやり合える方法を教えて貰った事だ。勿論、最初は何回も同じように叩き帰されたけれど、食い下がって頼み込むと「そういう事に熱を入れる奴は初めてだ」って呆れられたっけ。



 ……俺は考えた末、郊外のダンジョンで日銭を稼ぐのを辞めた。理由は簡単だ、安定しない仕事より実入りの良い仕事を選んだんだ。数多(あまた)ある依頼の中に時折見つかる【対人絡み】ってのを重点的に請け負い、少しづつ実績を得ながら名前を売った。


 勿論、言う程簡単な事じゃなかった。身を挺して(かば)う母親から子を引き剥がしたり、駆け落ち先で見つけた娘を男から連れ戻す、なんて事もザラだ。連れ戻しても罵詈雑言を浴びせられ、一生怨んでやる、なんて自分より若い娘から言われて嬉しい訳もない。


 でも、だからこそ稼ぎになったって事だ。バウンサーの娘はエリィって言うんだが、彼女から「場数踏み過ぎだよ」って言われる程度に順応出来たらしく、今じゃ斡旋所を通さず、直接依頼者から仕事が来るようになった。つまり、それ専門の仕事屋として一目置かれてるって訳だ。



 金に困らなくなってから、身の回りの世話と()()()()()()の為、店で一番高値の付いていた猫人種のムールを身請けした。勿論、エリィが言っていたように洒落にならない金額だったが、稽古じゃない理由で現れた俺を、彼女は妙な師匠面で眺めやがった。「私のお陰で店の敷居が跨げるようになったな」とか、いちいち一言余計なんだよ、あいつ。




 「もう起きますか? だったら朝ごはんに……っ!?」

 「……急がなくていいよ、まだ()()()()()んだ」

 「……はい、判りました」


 ベッドから抜け出して朝食の準備をしようとするムールを抱き寄せて、彼女の匂いと温もりを全身で楽しむと、素直に従ってくれる。


 「そういえば、今日はお休みでしたね」

 「そう、だから……まだいいよ」


 仕事の無い日は、こうやって二人の時間を楽しむ。獣人のムールは人間と()()()にはなれない。つまり、いくら睦み合っても子供は出来ないから……まあ、そう言う事だよ。




 「……その、お尋ねしてもいいですか?」

 「ん、どうしたんだ改まって……で、なんだい」


 朝に似合わない事を済ませた後、神妙な顔でムールが聞いてくる。しかし自分でもどうして前の世界の貝の名前を彼女に付けたのか、いまだに理由が思い出せないんだが。


 「あの、ご主人様はどうして休みの日に、あの料理を作るんですか」

 「ああ、カレーね。うん、ただ好きだからだよ」


 ムールの質問に答えながら、ベッドから起き上がって顔を洗い、いつもと同じようにカレーを作り始める。いつもは彼女に食事の準備はしてもらっているけれど、カレーだけは自分で作る。


 「……まあ、これはカレーって呼んじゃいるが、本当のカレーじゃないんだけどね」


 食品棚から香辛料の瓶を取り出して、フライパンを温めながら油を流し込み、小匙で掬った香辛料を入れて火から離す。じわじわと泡立ちながら温められた油の中で、香辛料がいい香りをさせる。


 この香辛料も、似たような匂いや風味だから使っているだけで、ターメリックだのクメンだの一切入ってない。似ているけれど、同じじゃない。ただ、作り方は元のカレーと変わらない……と思う。


 「ムール、氷箱からお肉取って」

 「……はい、どうぞ!」


 彼女に手伝って貰いながら少しづつ料理を作り進める。タマネギやニンジンの呼び方がどうだろうと構わないし、米が無けりゃ麦でも何でもいい。ただ、俺はカレーが食べたかった。だから、少しづつ再現しようと努力して、今に至るって訳さ。



 「うーん、やっぱり米とは違うなぁ……まあ、旨いんだけど」

 「そうなんですか? 私は好きですけど……」


 白くて細長いインディカ米みたいな穀物を炊いて、上からカレーもどきを掛けながら、ムールの前に出してあげると、彼女はそう言いながら物憂げな顔になる。生活環境が酷かった過去から比べれば、今の暮らしはムールにとって天と地の差があるらしく、だからこそ食べ物の事を言うと彼女はいつもそんな顔になる。


 「そうだな、ムールが好きならいいんだ」

 「でも……ご主人様は違うんですよね」

 「うーん、そうじゃないんだ。ただ、記憶の味だともう少し辛かったんだよ」


 二人でテーブルを囲みながら、一匙掬って口に運ぶ。ほのかに甘い穀物と香辛料の香り、それと野菜の味が……まあ、つまり足りない辛さが欲しくなるんだよな。この国の住人は、辛さに対して狂信的な敵意が有ると言うか……香辛料に辛さを求めないんだ。あってもやたら高いか、変な苦味や渋味があったりして使い物になる香辛料が無い。


 「……そう言えば、またお城から使いの方が来てました」

 「……ほっとけ。別に付き合う義理は無いから」


 使者と聞いて俺は嫌な顔になり、そんな機嫌をムールも察して頷くだけだった。


 召喚された時、俺達は幾つかのグループに分けられた。一つは能力とスキルを併せ持った【勇者】組。別の一つはどちらかを持った【転移者】組。そして最後の組は……何も持っていない【その他】。俺は……【その他】に当てはまり、他の連中と違い只の異邦人として、街に放り出された。


 国の為だとおだてられ、城に囲われた【勇者】組の連中は、いざと言う時の隠し球か何かに上手く使うつもりだったらしく、随分と良い待遇で暮らしていたそうだ。どうして知ってるかって? 抜け出して来た奴から直接聞いたんだ。


 (……俺達はまだいいが、【転移者】組の連中なんて迷宮攻略や魔物討伐に引っ張り回されて、あっと言う間に擦り切れてボロボロさ)


 元【勇者】組のそいつはそう言うと、所在地が判る魔導を掛けられた腕輪を外す為、自分で切り落とした左手首の傷口を悲しげに眺めながら、


 (……俺は城に囲われて暫く呑気に暮らしてたけど、気付いちまったんだ。他の国にも俺達みたいな連中が居たら、只の潰し合いの道具に使われるだけなんだって)


 そう言うと、俺が紹介した治療術師の所に行っちまったが、そこに誰が待ってるかまでは、教えてやらなかった。もう少し報酬が多けりゃ……言っても良かったが。




 城に囲われた連中と、迷宮や魔物に当てられる連中。何が違うか知らないが、俺より強く、俺より運の良かった奴等の筈なのに、時々逃げ出して来る。


 そんな奴等を城に戻してやるのも、俺の仕事だ。但し面と向かってやり合えば、絶対に勝てやしないのは最初から判ってる。だから、知恵を絞ってバレないように網を張り、引っ掛かった間抜けを城に売る。大体いつも同じように城から抜け出して来て、城下町の下層部に流れ着くと、俺の所に報せが来る……《勇者ホイホ○》って呼んでるのは俺だけなんだが。


 ただ、最近は俺を城側に引き込もうと考え始めたらしく、何かにつけては使者がやって来る。まあ、最初から会う気は無い。向こう側に行ったら結果は同じだって判ってるし、今まで払われてた手間賃が貰えなくなるだろう。




 休みの日になると、俺はムールとテーブルを囲みながら、自分で作ったカレーを食べる。いや、カレーもどきか。


 懐かしい過去が忘れられないから、なんて理由じゃない。昔の事なんてどうだっていい、俺は今を生きているんだ。このクソったれな世界に連れてこられ、何も与えられず放り出されたが、自分の努力と才能だけで、ここまで成り上がれたんだ。


 この世界に来た初めの頃、俺みたいな何も与えられなかった奴を、城の連中は《勇者もどき》と呼んでは嘲笑ってた。それを知った俺は二度と城には戻らないと誓い、同じような境遇の連中とも関わらなかった。群れればきっと楽だったろうが、それじゃ城に残った奴等と何も変わらない。


 カレーを食う度に、そんな事を思い出す。俺にとってカレーは懐かしい故郷の味……なんかじゃなくて、決して後戻りせず成り上がる為に、心に刻み込む味なのかもしれない。





 「……これ、市場で見つけたんですけど、店員さんも見たこと無い香辛料らしいんで、買ってきました」


 ある日、いつものように休みになり、カレーを作る準備をしていると、ムールがそう言いながら小さな包みを棚から出してきた。


 「……これ、まさか……トウガラシ?」

 「さあ、それは判りませんが……店のご主人はやたら辛くて売り物にならないって、そう言ってました。ご主人様が、探しているって思い出して……」


 ツヤツヤとした小さなその香辛料は、どう見てもトウガラシに見えた。試しに一粒摘まみ、先っぽを齧ってみる。


 「……っ!? うわっ……辛いなコレ……」


 俺がそう言いながら渋い顔で悶絶すると、少しだけ顔に皺が目立つようになったムールが、昔と変わらぬ愛くるしい笑顔でコロコロと笑いながら、


 「ご主人様ったら……そんなに辛いなら食べなければいいのに」


 そう言って皿に盛り付けたカレーを俺の前に置くと、でも嬉しそうですねと付け加えた。


 久し振りに味わったトウガラシの辛さは、思った以上に激しかったが、どこか安心感のある不思議な味だった。






 

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― 新着の感想 ―
[良い点] カレーっていいですよね。 異世界に言っても食べたいです。 うちの主人公も食べたがってます。 [一言] やはり異世界は世知辛いですなぁ……(カレーだけに!?)
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