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刑場の娘  作者: 紫乃森 統子


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十一. 捕縛(2)


「今は申し上げられません。わけあって非人として暮らしている娘である、としか」

「非人だと?」

 帯刀はその顔にあからさまな嫌悪を滲ませたが、恭太郎は淀まず次の句を繋ぐ。

「はい。その娘を当家の(はしため)と偽り、当面別邸に匿いたく考えております」

 折しも長年別邸に奉公していたふじという老齢の使用人が、身体の衰えから暇乞いを願い出ていた。

 ふじの代わりを装って雇い入れようという腹積もりであった。

「娘はこれまで非人頭の源太郎という者に預けられておりましたが、他の非人どものいざこざに巻き込まれつつあります」

「くだらん。非人頭に一任しておけば良かろう。そんなものを匿って、一体何の利がある」

 勤勉で温和な(せがれ)が、こうも突拍子もないことを言い出したのには驚いたが、帯刀は切って捨てた。

「その非人頭が、何らかの事情を知っているものと踏んでいます」

 火付けについても、そして恐らく、秋津の出生についても。

「刑場の人足や牢番を任せてある者たちですので、捨て置くわけにも参りません」

「…………」

 そもそもが処刑執行は穢れの多い仕事だ。

 士分は勿論のこと、平民に宛がおうにも忌避される役目である。

 抱え非人の中には、前科により非人に落とされた者も多い。

 ならばいっそのこと、処刑は元罪人にやらせれば良い、という考えに端を発している。

 町奉行の支配下にあり、ひいては郡代の支配下の末端でもあるのだ。

「放置して更なる問題を起こされては、後々面倒となりましょう。芽は早々に摘むに限ります」

 恭太郎の淀みない進言に、帯刀は渋面で唸った。

 

   ***

 

 朝晩は秋口らしく冷えることが多くなってきたが、日が昇れば残暑はまだ暫く続く。

 秋津はごろりと寝返りを打ち、開け放った障子戸の向こうに臨む小さな中庭を眺めていた。

 こんな奥まったところにも丁寧に清掃の手が行き届き、心地良い風が塀を越えてやって来る。

 他人に衣食を賄われ、休むよう強要されるのは随分と久しいことだ。

 まだ幼い時分、母親と別れて幾らか過ぎた頃だったか、風邪をひいて熱を出したことがあった。

 十兵衛が付き添い、昼も夜も世話を焼いてくれたことを思い出す。

 熱で浮かされ、母のいない心細さからさめざめと泣くのを宥め、やれ元気になったら一緒に川に魚を捕りに行こう、やれうまいものを食わせてやるぞとあれこれ勇気付けてくれたものだ。

 一人で町へ塵芥を集めに行けば、通りすがりに悪態をついてくる町人や下級武士もいた。

 酷いときには道の端を歩くのを邪魔だと言われ、棒で脚や腕を打たれたこともある。

 後になって傷を見た十兵衛が烈火のごとく怒り、報復に飛び出して行きそうなのを止めるのに、源太郎も秋津も骨を折ったものだ。

 そんなことがあってから、十兵衛と共に刑場の手伝いに回されるようになった。

 ぼんやり思い出す昔の事には、必ず十兵衛が一緒だった。

 元宮の別邸に奉公するかもしれないと知ったら、どんな顔をするだろう。

 これまでより良い暮らしが出来ると喜ぶだろうか。

 それとも、肩身の狭い思いをするからと反対するだろうか。

 何より、肝心の自分の心はどうなのか。

 これまでの仲間と離れてまで、恭太郎を頼ろうという気持ちがあるのだろうか。

 初めこそ、役目を放って逃げ出すなど情けない男だと思ってはいた。

 だが、育ちの良さか生来の気性なのか、あの曲がったところのない素直な人柄は、真っ直ぐに人の心を射止める。

 気位の高さもなく、相手を対等な一個人として捉え接する。

 非人に頭を下げて何かを請う役人など、それまで見たことも聞いたこともなかった。

(良い方、なんだよなぁ)

 変わり者と評されることはあっても、嫌う者はあまりいないだろう。

 ──その十兵衛に、おまえを渡したくない

 その一言が意味することは、さすがに解せない歳でもない。

 思い起こすと今更ながらに鼓動が速まるのを感じる。

 しかし、と秋津は目を伏せた。

 それは駄目だ。

 恭太郎のためにも、それに応えてはならない。

 たとえ下女であっても、平民身分の者でなければ武家の奉公人にはなれないのが普通だ。

 非人という賤民を、大身の元宮家が雇い入れるわけがないのだ。

 恭太郎が何を考えているのかは皆目見当もつかなかった。

 犯人が挙がるまでに幾日かかるのか分からないが、このまま大人しくじっとしているのが果たして良いことなのかどうか。

 

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