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刑場の娘  作者: 紫乃森 統子


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三.違背の子(3)

 

「まあ、頭に聞いた話だから、どこまで本当か分かりゃしないけどね」

 ただ覚えているのは、源太郎に預けられて暫くは、泣きながら戻らない母親を待っていたことくらいだ。

 きっと源太郎も手を焼いたことだろう。

「それでも、あたしなんかまだいいほうさ。頭や十兵衛が何やかんや世話してくれていたんだ。寂しさなんかそのうち忘れたよ」

 空腹が満ちたからだろうか。それとも、先日の磔にされた女囚の罪状が、母親に似ていたせいだろうか。うっかり身の上話まで披露してしまった後で、秋津は急に自分がおかしくなった。

「まあ、未だに姿を晦ましたままってことは、諦めてお縄にかかったんだろうね」

 生きているのか死んだのか、それさえ秋津に知るすべはない。

 黙って耳を傾けていた恭太郎は、顔を曇らせた。

「……それが真実であれば、おまえの母はそれなりの身分ある者だったのだな」

「どうだか分かりゃしませんよ。元の身分がどうだって、罪人になっちまったらそれまでだ」

「父親がどうなったのかは、分からないのか」

「さあ? 頭が聞いた話じゃ、男のほうも捕まって、どこか遠国に身柄を預けられたっていうけど、それも本当かどうか」

「そうか……」

 何となくしんみりとした雰囲気になっていたのを振り払うように、秋津は声を張った。

「あたしは別に誰も恨んじゃいないし、今の暮らしもそう不満に思っちゃいないよ。刑場の手伝いだって、慣れりゃどうってことはないからね」

 仕事があるだけ恵まれている。

 長屋を出ている今ですら、源太郎も十兵衛も気に掛けてくれているのだ。

 そのことに感謝こそあれど、境遇を嘆いたことなどない。

 そう言ってにっと口角を上げてみせると、恭太郎もやがて目を細めて穏やかに微笑み返したのであった。

 

 ***

 

 日も大分西に傾いた頃になって、十兵衛は源太郎の家から長屋の部屋へ戻るためにぷらぷらと歩いていた。

 長屋は河原の処刑場に程近い、城下の町並みからは随分離れた場所だが、その分開けて風通しの良いところだ。

 水辺の風は涼やかで、昼間の熱が引いていくような心地よさだった。

(秋津のやつ、今日はあれから姿を見せねえな)

 鼻削ぎが早くに終わっただけに、今日も秋津がやって来るかと思っていたが、暫く待っても訪れがなかった。

 もう今日は来ないものと諦めて、十兵衛は源太郎のところへ見習い仕事に出掛けていたのである。

 ここ最近になって、源太郎が正式に跡目を継いで欲しいと十兵衛に話を持ち掛けるようになっていた。

 今日も顔を出せばその話になり、滔々と口説かれていた。非人頭ともなれば、そこらの下手な武士よりも裕福な暮らしが出来るだろう。現に今の源太郎は非人の身の上でありながら、様々な特権も得ており、経済的にも恵まれていた。

 だが、非人に与えられる仕事は実に多岐にわたるもので、時には穢多たちの領分である牛馬の解体や獣の皮を扱う仕事にも手を出すことがある。加えて役人たちとの遣り取りや、長屋に住む非人たちの取り纏めなど、覚えることは随分とあった。

 源太郎には子がなく、親のない十兵衛や秋津を我が子同然に可愛がって育ててくれたものだ。

 だからこそ、十兵衛としても頭を継ぐ話は先々受けたいと考えてもいる。

 長屋の者たちも、今では一目置いてくれている様子で、源太郎の不在には十兵衛が代わって取り仕切ることもあるくらいだ。

 気掛かりなのは、同じように源太郎に育てられた秋津のことだった。

 それは源太郎も同様に思っているはずなのだ。

 秋津が揉め事を起こして長屋を飛び出していくまでは、ゆくゆくは十兵衛と秋津とで非人長屋を回していくようにと口癖のように言っていたものだ。

 それが、このところはぱたりと口にしなくなった。

 育てて貰った恩は感じているし、頭を継ぐのも吝かではない。

 けれど、長年言われ続けて染み付いた秋津との夫婦の話が立ち消えになっているのが心に靄をかけている。

 頭を継いで一緒になれば、今までより良い暮らしをさせてやれると思ってきたが、源太郎はどう考えているのだろうか。

(今度、それとなくおやっさんに聞いてみるか)

 どうせ明日にはまた源太郎のところへ顔を出さなくてはならない。

 もうじき長屋まで辿り着くというところまでやって来て、十兵衛は茜色を帯び始めた空を見上げた。

 その視界に、何となく秋津の住む御堂がある山を捉えるが、河辺の道からは御堂そのものが見えるはずもない。

 鴉が(ねぐら)へ帰っていく姿がちらほらと臨めるだけであった。

 

 

【第四章へ続く】


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