邂逅 (超短編 800文字)
「早く行くわよ」
そう言って、手を引く愛娘を振り返った私の瞳には涙が溢れていた。
涙を隠すようにして、前に向き直った私の前には、この辺りの田舎にならどこにでもあるような山と林、そして風に揺れる枯れすすきが広がっていた。
結婚して、子供を生んでからも仕事を続けていた私は、日々の生活と育児に追われ、ほんの目と鼻の先にあるような実家でさえ遠く感じてしまっていた。
両親共に健在で、電話でよく話をするし、顔を出したりもする。とはいえ、行楽気分で実家を訪れたことは一度もなかった。
今年の彼岸も、申し訳程度に実家で挨拶を済ませ、足早に墓参りに向かった。
墓参りを済ませ実家に戻る途中、退屈しかけて機嫌の悪くなった娘を公園に連れていった。娘はすぐに遊びに夢中になり、私には滲んだ景色が飛び込んでくることとなった。
高台にあるその公園からは、すべてが一望できた。私が生まれたところ、走り回ったところ、そして恋をしたところ。
山から吹き降ろす春の風を身に受けると、まるで時間が逆行しているかのように思い出が蘇ってきたのだ。目の前に広がる景色は、私がこの場所で過ごした頃のままで、故郷であることを何も主張していなかった。
私は、瞳に溜まった涙を手の甲で拭うと娘に声をかけた。
公園の出口に差し掛かると、その角から老夫婦が顔を出した。止まらない涙を拭きながら会釈すると、その老夫婦は奇妙な顔つきで私の顔を覗き込み、やがて義理程度に軽く頭を下げながら通り過ぎていった。
その後しばらくの間、老夫婦が私に向けた奇妙な顔つきが脳裏に焼き付いていた。思い出すとおかしくなり、実家につく頃にはもう笑っていた。私は愛娘に笑顔を向けると、その小さな手をぎゅっと握り締めた。