第四十三話 不倶戴天
「執念がすごすぎんでしょ……。あの状態からパワーアップしてくるとか、さすがの私でも予想できなかったわ」
リリスが警戒しながら変貌を遂げた魔王を見る。
(何をどうしたらそうなるのよ?)
パワーアップした魔王は、背中から二対四枚の翼が生えていた。
上の二枚は、左はドラゴンのもので。右は悪魔のようなデザインをしていた。
下の二枚は、左が黒い炎が燃え盛っている鳥の翼で。右は禍々しい紫の液状の翼だった。
それ以外には、竜の爪が鋭く伸びていて。
黒い塊が、尻尾を形どっていた。
「次元魔法の極致と、地獄の底で得た新たな力を見せてやる!」
魔王が叫ぶ。
(魔王のレベルは700くらいまで上がってるわね。けど、スキルを使ったくらいでどうにかなるはずがないわ)
300レベル差を覆すことなど、どう考えても不可能なのに。
それなのに、リリスは不安をぬぐいきることができなかった。
「超次元のエネルギーを内包する無限を、防御にしか使えないとでも思ったか?」
魔王の体を覆っていた無限が、余すことなく魔王の体の中に取り込まれた。
「その無限だって、私の攻撃には及ばないわ。そんなものを攻撃に回したところで、私に届くことは不可能よ!」
リリスが叫びながら飛び出す。
「ああ。まったくもってその通りだ」
だから、魔王は地獄で得たスキルを使った。
「【不倶戴天】」
魔王の体を赤いオーラが包む。
リリスの攻撃が届くよりも先に。
魔王は後退しつつ、爪のリーチを生かしてリリスの体を切り裂いた。
(速い! 強い!)
リリスの体から鮮血が吹き出す。
【不倶戴天】。
このスキルの効果はシンプルで、憎しみや怒りといった負の感情をエネルギーに変えるというもの。
たったそれだけだ。
だが、魔王にはこれ以上ないくらいにシナジーを発揮した。
魔王の内に燃える復讐という業火を。
地獄で取り込んだ亡者たちの負の感情を力に変えて。
そして、それは無限の持つ超エネルギーと相乗効果を発揮して。
結果、魔王はレベル300の差を埋めた。
埋めてしまった。
「無限に鮮血が湧こうと、貴様では私に勝てない!」
魔王が肉弾戦でリリスを圧倒する。
リリスは【無限鮮血】の効果で回復しながら応戦するが。
(くっ……! 一発も攻撃が当たらないわ!)
リリスの攻撃は全て当たらない。
躱され、受け流され、往なされる。
「言っただろう? 貴様には技術がないと!」
魔法の深淵にたどり着いただけでなく、武の極致にもたどり着いた魔王には。
リリスの動きを読むことなど容易かった。
そのうえで超強力な反撃を繰り出す!
「私は復讐を成し遂げるのだ! 家族の仇を討つのだ! 邪魔されてなるものか!」
魔王の攻撃は熾烈を極めていく。
リリスは常に回復できるとはいえ、攻撃を受け続けるだけでは勝ち目はない。
ならば、まずは魔王の動きを見て覚える!
リリスは常時回復というアドバンテージを生かし、徹底的に魔王の動きを見て、最適解を体に叩き込む!
それはダンジョン生活でリリスが日常的に行ってきたこと。
リリスが最強へと至った最大の要因だ。
(戦いの駆け引きは魔王のほうが圧倒的に上! だから駆け引きで勝つなんてことは考えちゃダメよ、私!)
リリスは攻撃を喰らい続けながらも、虎視眈々と勝機を探る。
(何手喰らってもいい! その中で見つけた隙の一回に私の攻撃を差し込むのよ!)
「貴様が常時回復するなら、私はそれを上回る速度で攻撃し続けるだけだ!」
魔王の右下の翼が触手に変化して、リリスの体を打ち付ける。
リリスの腕が吹き飛び、その傷口から腐食性の猛毒が侵入する。
(痛みをこらえなさい! この程度たいしたことないわ!)
魔王の左拳を炎が包む。
赤と青と黒の三色の炎が。
「私の怒りの強さを思い知れ!」
炎が一瞬で火力を上げ、リリスを焼き尽くさんと迫る。
魔王の拳がリリスに触れ。
炎がリリスを包み込み。
リリスが焼き尽くされ――。
――る前に、リリスが魔王を殴り飛ばした!
「こちとら殴られながら殴り返すのは慣れてんのよ!」
リリスが即座に燃える尽きてゆく体を再生させながら、連撃を繰り出す。
(このチャンスを無駄にはしないわよ!)
リリスの連撃が炸裂する。
魔王は攻撃面ではリリスに追い付いたが、防御面はレベル700のまま。
つまり300レベルの差があるということになる。
それだけのレベル差があれば、当然リリスの攻撃は全て致命傷になりうる。
だからこそ魔王は、リリスの攻撃が急所に当たるのだけは避けた。
そこから即座に巻き返す!
魔王は左腕と翼の一部を消し飛ばされながらも、右の拳で反撃を繰り出す。
その間に左腕を再生させる。
「アンタ粘りすぎなのよ! しつこい男は嫌われるわよ!」
リリスが怒りをあらわにしながら、魔王の攻撃を受け止める。
リリスに被弾覚悟で攻められると、魔王としては一気に苦しくなる。
場合によっては、そこから倒されるかもしれない。
だからこそ魔王は、リリスの動きを封じる立ち回りをした。
リリスの背後の影から、自身の影の尾を出し。
それを鞭のように操り背後から攻撃を加える。
「ぐ……!」
「【全属性魔力弾】!」
魔王は全属性の魔法を融合させたオリジナルの魔法をリリスに向かって放ちながら、爪や蹴り、しっぽによる攻撃を繰り出す。
「どんだけ負けたくないのよ! アンタはそこまでして復讐したいってわけ?」
「そうだ!」
魔王の攻撃で、リリスは何度も致命傷を負うが。
それ以上に何度も何度も体を再生させて立ち向かう。
「その意志の強さは分かったわ。だけどね、私も負けるわけにはいかないのよ!」
リリスが叫んだ瞬間、彼女の拳から超強力な衝撃波が飛び出した。
それは【斬撃波】や【飛爪斬】を参考に、リリスがこの土壇場で編み出したもの。
魔力を爪や刃物から飛ばせるのなら、拳から飛ばせないわけがない。
だから、パンチによって生じる純粋な衝撃波に、魔力で生み出した衝撃波を乗せた。
その結果、魔王に大ダメージを与えるに至った。
(まだ……これじゃ全然足りないわ! この復讐に囚われた魔王を倒すには、もっと攻撃力が必要よ! そのためには――)
「この一撃で終わらせる! 私のすべてのエネルギーを使った攻撃だ!」
魔王を包む赤いオーラが。
超次元のエネルギーが、すべて魔王の右腕に収束していく。
そして、そのエネルギーは拳に込められ。
――超越の魔王の、本気の拳が放たれた。
「アンタの敗因は二つよ!」
リリスも拳を放つ!
両者のパンチは正面からぶつかり。
――拮抗した。
「馬鹿な!? 私の最強の一撃を正面から受け止めただと!?」
驚きに目を見開く魔王に向かって、最強吸血鬼が告げる。
「一つ目は、私が戦いの中で成長することを読めなかったことよ」
リリスの拳には、彼女の全魔力が込められていた。
それが意味することは一つ。
彼女もアスモデウスが使っていた“魔拳”という技術を完成させたということ。
「だが、力では互角になろうとも、私のほうが技術は上だ!」
なおも闘志を燃やす魔王に向かって、リリスが勝利の宣告をした。
「アンタの敗因の二つ目は、仲間の力よ」
リリスが笑うと。
二人の少女の声が魔王の耳に届いた。
「私たちが今まで暢気に観戦していただけとでも思っていましたか?」
「最初のほうはしてたね!」
「こら、正直に言わない。……ともかく、ずっと魔力を練っていたんですよ。今、この瞬間に、最高の一撃を放てるように!」
それは魔王が雑魚と侮ってノーマークだった二人の声。
リリスの最高の仲間の声だった。
「これが、配下を道具のようにしか見てなかったアンタと、心から信頼し合っている私たちの力の差よ」
魔王は即座に退こうとしたが。
リリスの手首から伸びる血が、魔王の体を拘束していて逃れられなかった。
「【飛爪斬】!」「【斬撃波】!」
レベル300超えの二人が全魔力を込めてはなった一撃が、魔王の体を直撃!
それは無限による防御がなくなり、さらにリリスの攻撃で限界ギリギリまで弱っていた魔王の体を、深く切り裂いた。
「ぐあッ!?」
そのダメージにより、魔王の拳に込められたエネルギーがほんのわずかに弱まる。
そのほんのちょっとが、勝負を分けた。
せき止められていた川の水が限界を超えて、一気にあふれ出るように。
リリスの攻撃がちょっとずつ魔王を押し。
――そして、魔王の拳ごと彼の体を貫いた。
「私たちの勝ちよ」
「三人寄れば文殊の知恵!」
「それはちょっと違うと思いますよ。あと、それだと姉貴が二人分頑張らないといけなくなりますよ」
「まさかのアリアはゼロ人カウント。一人の半分くらいはアリアでも役に立つよ?」
「そこはもっと自信を持ちなさいよ」
「はーい、お姉様」
胸部に大穴が開き、崩れ落ちていく魔王は。
楽しそうに笑い、勝利を祝う三人の姿を見た。
あと二話で完結予定です。
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