第三十五話 アリアの奥の手
『覚悟しろ。俺のとっておきを使ってやるよ』
巨大な黒炎の塊と化したデスフレアフェニックスが、高らかに宣言した。
『すべてを燃やし尽くす俺の炎を、余すことなくテメェらにぶつけてやる』
デスフレアフェニックスが炎に包まれた翼の先を二人に向けるが。
アリアがそれを遮った。
「そっちがとっておきを使うのなら、アリアもとっておきを使ってあげる!」
『ああ? とっておきだぁ? いったい何をするんだよ?』
アリアのとっておきと聞いて、デスフレアフェニックスが眉間にしわを寄せる。
――そう表現するのが相応しい表情になった。
「帝都の人たちはもうとっくに逃げたから、少々周りの建物を壊すことになっても問題ないね! 【龍化の術】!」
アリアは捨てられていたところをクララの両親に拾われた。
では、なぜアリアは山の中に捨てられていたのか?
それはアリアが“忌み子”だったからだ。
龍人は、人間の女性と龍が交わって生まれた種族だ。
龍人は特に人間の女性の特徴を引き継いでいる。
多種族との結婚などの例外を除くと、生まれてくる龍人は必ず黒髪黒目なのだ。
だが、ごくごくまれに水色の髪の龍人が生まれることがある。
黒髪黒目が絶対の龍人にとって、水色の髪の龍人は不気味な存在だった。
だからこそ、神の呪いを受けた忌み子として捨てられるのだ。
だが、今の龍人たちは知らない。
龍人の起源となった龍は、人化したら、水色の髪と瞳だったことを。
彼らが忌み子として扱ってきたのは、始祖の龍の血を色濃く受け継いだ存在だったということを!
そんな忌み子たちだが、髪が水色ということはあっても、必ず瞳は黒色だった。
つまり、瞳まで水色だったアリアは、誰よりも強く始祖の血を受け継いだということになる。
即ち――。
龍人は【龍装】で半龍になるのが限界でも、アリアなら龍に還かることができるということ!
「があー!」
アリアが可愛らしい咆哮を上げながら、姿を変えていく。
人の体から龍の体へと。
爪が鋭く長く伸び。
全身を透き通るような水色の鱗で覆い。
口からはあらゆるものを噛み砕く強靭な牙が生え。
ねじれた角と長い髭が生えた。
かつて神龍へと至ったドラゴンにして、龍人の始祖。
“蒼龍”へと姿を変えた。
「やー、何度見ても迫力がすごいですね」
全長三十mほどの龍が、周囲の建物を壊しながら空へ昇る。
そして、大音量の咆哮を上げてから。
――眼下で怯むデスフレアフェニックスを視界に収めた。
「アリアを燃やし尽くせるというのなら、今ここでやってみせろ!」
その外見には似合わない可愛らしい声で挑発するアリア。
デスフレアフェニックスは恐怖を打ち消すように大きく息を吸ってから、アリアに向かって叫んだ。
『お望み通り地獄の業火で絶大な苦痛を与えてやるよ! 【絶対炎舞・不知火】!』
ボッ! と音を立てながら、鳥の形を模した黒炎がアリアに迫る。
その数三つ。
そのどれもがとてつもない熱量を秘めているが……。
「【水龍鱗】!」
アリアの体を覆う鱗が蒼く輝く。
デスフレアフェニックスの必殺技は三つともアリアに直撃したが。
――アリアは無傷だった。
きれいに整った鱗には、傷一つついていない。
『なっ!? 俺の切り札が通用しねぇだと――ぐぁあ!?』
「私の存在を忘れないでください。二度目ですよ」
クララの放った特大の【斬撃波】が、デスフレアフェニックスの翼を斬り飛ばす。
『クソ……! すぐに炎で再生を――』
体勢が崩れたデスフレアフェニックス。
すぐに翼を再生させて安定させようとするが。
「今です、アリア!」
「任せて! クララが作ってくれたチャンスを無駄にはしないよ!」
それよりも先に、アリアの鋭い爪がデスフレアフェニックスの体に突き刺さった。
「おらあ!」
アリアがデスフレアフェニックスを上空へ投げ飛ばす。
街を巻き込む心配はなくなった! これで心置きなく必殺技を使える!
アリアがデスフレアフェニックスに照準を合わせ。
カパッと口を大きく開く。
その喉元に大量の魔力が収束していき――。
「必殺! 【蒼水激流ブレス】!」
アリアの魔力を余すことなく糧にしたブレスが、デスフレアフェニックスめがけて迫る。
全てを焼き尽くす黒炎を呑み込み。
その体を貫き。
けれど、アリアの必殺技はそれだけにはとどまらず。
――天まで穿った。
「アリアの勝ち! なんで負けたのか明日までに考えておくことだな!」
アスモデウスに言われて悔しかったセリフを、そのままデスフレアフェニックスにぶつけたアリア。
彼女の体が縮んでいき、人に戻りながら地面に向かって落下した。
「死んだら明日までに考えておくこともできませんよ。明日がないんですからね」
全力を出してガス欠を起こしたアリアを、クララが優しく受け止めた。
ちなみにアリアが着ている服は、【龍化の術】発動時に一時的に自動で亜空間に仕舞われる。
だから、【龍化の術】発動時に服が破けて、解除した時にすっぽんぽんになるというハプニングは発生しないのだ!
悲しいね。
パラパラと舞い落ちてくるデスフレアフェニックスの羽毛を眺めながら、二人は空を見上げた。
「「私たち(アリアたち)の勝ち(です)!!」」
二人が宣言する。
これでようやく一件落着した――。
――したはずだった。
トンッと。
二人の首に手刀が放たれる。
レベル300手前の二人ですら反応することができず。
どさっと。
音を立てて二人が崩れ落ちる。
残酷な赤い瞳をした男。
アリアとクララを一瞬で気絶させた男が、魔法を使った。
「空間魔法――【空間転移】」
白い光がアリアとクララを包む。
次の瞬間には、二人の姿は忽然と消えていた。
それを見届けた男は、踵を返す。
次の標的である、クララに助けられ、建物の中に身を隠していた皇女を捕らえるべく。
皇女はそれなりに魔法が使えるほうだ。
腐っても皇帝の娘なのだから。
だが、この男と皇女では次元が違う。
皇女は成すすべなく、一瞬で捕まってしまった。
とうとう“超越の魔王”が動き出した。