第二十三話 決勝戦 その①
『準決勝第一試合はアリアーナ選手対ゴルドラ選手です! 試合スタートッ!』
全身金ぴかの鎧に身を包んだ男とアリアの戦いは、一瞬で勝敗が決まった。
試合開始とともに一瞬で肉薄したアリアが、ゴルドラを殴って一撃KOしたことで。
『勝者はアリアーナ選手! 決勝進出ですッ!』
続く準決勝第二試合では。
『クラリーナ選手対ジュドー選手です! ジュドー選手は前回大会の優勝者ですが、果たしてどうなるのでしょうか!? 試合開始ですッ!』
試合開始の合図が出る。
「ワシが修行の末に編み出した武術、冥獄波動螺旋瞬殺鳳昇レクイエム拳の餌食になるがいい! いざ勝負!」
「武術を編み出す前にマシな技名を編み出してもらって」
クララがワンパンでジュドーを沈めた。
『準決勝第二試合の勝者はクラリーナ選手です! 前回大会優勝者でも、Sランク冒険者を倒したダークホースには敵わなかったようだぁぁあ! というわけで、決勝戦はアリアーナ選手対クラリーナ選手となります! お互いSランク冒険者を破った者同士! 過去最高クラスの熱い戦いになりそうですッ!』
◇◇◇◇
『さあ、やってまいりました! 第四十三回武闘大会、決勝戦! 対峙するのはこの二人! Sランク冒険者を打ち破ったダークホースの二人だぁぁあ!』
アリアとクララの二人が入場すると、観客たちが「ワアアアアッ!」と歓声を上げた。
ダークホース同士の激闘ということで、観客たちはかつてないほどに沸いていた。
『アリアーナ選手とクラリーナ選手の登場ですッ!』
選手入場口から姿を現した二人が、観客たちに手を振りながらリングに上がる。
「本気でいくよ、クララ!」
「私も手加減しませんよ!」
二人が八重歯を見せて獰猛に笑い合った。
『この戦いの行方がどうなるのか!? とても楽しみです! 決勝戦、試合開始ッ!』
実況席でゴングが鳴った。
「ふっ!」
まずはクララがナイフを投擲。
それとともに地を蹴る。
「好きだね、ナイフ投げるの」
アリアがナイフを弾き飛ばしながらクララに肉薄。
「投げナイフに人生懸けてますんでね!」
アリアとクララの拳が激突!
衝撃で発生した風で、二人の髪が靡いた。
「クララ強い!」
「アリアもです、よッ!」
クララが下段回し蹴りを放つ。
跳んで躱したアリアを捉え、クララが蹴りを放つ。
アリアは身を捩じって躱しつつ、着地と同時に地面を蹴る。
クララの懐に飛び込みパンチを繰り出したが、
「甘いです!」
クララが自身に迫るその腕を掴み、勢いを利用してアリアを投げ飛ばした。
ドゴンッ!
アリアが大きな音を立ててリングに叩きつけられる。
衝撃でリングに亀裂が走った。
『クラリーナ選手が先手を決めたぁぁああ!! 闘技台に亀裂がぁぁあ! 投げ技とは思えない威力です!』
クララが服に着いた埃を払う。
「この程度で倒れるわけないですよねぇ?」
「もちろん!」
アリアは素早く起き上がって体勢を整えた。
先ほどの一撃がダメージになった様子はなく、ピンピンしている。
「元気の良さならアリアが世界で一番だもん!」
アリアが宣言する。
クララはクスリと笑った。
「世界で一番そのことを知っているのは私ですよ」
二人が構えなおす。
第二ラウンドが始まる――かと思いきや、アスモデウスが二人に待ったをかけた。
『少し待て。我輩から提案がある』
「何、よしお?」
「なんでしょうか?」
『水を差して悪い。汝らに問うが、今よりも強くなりたいのだろう?』
アスモデウスの問いかけに、二人は即答した。
「当たり前!」
「そりゃ、いつかは姉貴のそばに並べるくらいには強くなりますよ!」
『うむ。では、我輩が少しだけ汝らに特訓を施してやろう』
「「特訓?」」
首をかしげる二人に向かって、アスモデウスが詳細を語った。
『リリスお嬢は元公爵令嬢ということで、戦闘に関する教養は受けている。そのため武術などの基礎は完ぺきだ。それは汝らも同じだが、その先。“応用”があまりできていない』
気配を消して選手入場口の壁に寄りかかって観戦していたリリスが、うんうんと頷く。
彼女は三年間で最強の座まで上り詰めたが、魔物相手では技術面は最低限のものしか身に着かなかった。
パワーでゴリ押す魔物相手では、動きを読んで躱して反撃を叩き込めれば充分だったのだから。
ちなみにアスモデウスは、リリスが自分の話を聞いていることに気づいている。
【インビジブル】の魔法は使用者には効果がないからね。
アリアとクララに向かって喋っている内容は、リリスにも向けられているのだ。
『レベル差があれば、パワーやスピードで強引に勝てる。だが、同格以上の相手にそれは厳しい。特に格上が相手になれば、そんな戦い方は通じないことがほとんどだ』
アスモデウスの言っていることは正論だ。
だから、アリアとクララは静かに話を聞く。
今よりも強くなるために。
大好きなお姉様の隣に並ぶ存在として相応しくなるために。
『汝らは強い。技術を磨けば今より何倍も強くなれる。今のままではもったいない! だから、我輩が直々に相手してやろう』
「ちょっと質問なんですけど、アスモデウスってどれくらい強いのですか?」
「アリアも気になる!」
アスモデウスがニヤリと笑ってから答える。
『そういえば、我輩の強さについてハッキリと言ってなかったな。我輩はこう見えても人間だったころはSランク冒険者だったのだ。そしてこの武闘大会の初代チャンピオンでもある。現在のレベルはこの前300に到達したところだ。と言っても、今はアリアに憑依しているから肉体スペックはアリアのものに依存しているがな』
アリアとクララは秒で納得した。
アスモデウスは自分たちよりも遥かに強いと。
レベルではリリスに負けているが、技術という面では誰よりも高みにいるのだと。
『クララよ。今から我輩が格闘術で汝の相手をしよう。汝は我輩の動きを見て覚えるのだ』
「了解っす!」
『アリアよ。汝は我輩の体捌きや歩術を覚えるのだ。肉体の支配権は我輩にあるが、感覚は共有されるからな。要領のいい汝ならすぐに覚えられるだろう。一通り格闘術で戦ったら、【龍装】状態での爪の振り方を教えてやろう』
「わかった! しっかり覚える!」
アリアから黒いオーラが立ち上る。
『いくぞ』
アスモデウスがゆらりと前かがみになった瞬間、彼の姿が消えた。
「速いッ!」
右目が煌めいたクララの背後にアスモデウスが現れる。
『我輩が編み出した魔拳という武術だ。今の高速移動もその技術を使っている』
アスモデウスから放たれるは、一切の無駄がない超連撃。
容赦なく襲いかかる連撃を、クララは防ぎ、躱していく。
【万能眼】を発動してもなお、直撃を避けるので精一杯だった。
『次は汝が攻撃する番だ。我輩に一発喰らわせてみせるがいい』
「言われなくてもやってやりますよ!」
クララがアスモデウスの動きを真似ながら連撃を繰り出す。
『まだまだ無駄が多い』
アスモデウスは見事な体捌きでクララの連撃を躱し続ける。
『お! だんだん動きが良くなってきているな。その調子だ』
――もっと速く。
もっと鋭く!
反撃の余地を残すな!!
クララの動きのキレが良くなっていく。
拳速がどんどん早くなる。
『凄まじい成長速度だ。我輩でも躱しきるのは限界が来たぞ』
アスモデウスが両手を使って、クララの攻撃を受け流す!
クララの拳は一つもアスモデウスに届かない。
『受け流すのは強力だ。相手の隙を作り出すこともできるからな』
「だったら――」
受け流しきれないほどの連撃を浴びせてしまえばいい!
より洗練されていくクララの動き。
とうとうクララの拳が、アスモデウスに届いた。
……正確には、届きかけた。
『【流影楼】!』
アスモデウスの鳩尾にクララの拳が命中した瞬間、アスモデウスが流れるようにバックステップで後退した。
『これも我輩が編み出した武術の一つだ。受けたダメージをすべて移動エネルギーに変えることで、ダメージを負うことなく素早く移動できる。敵の攻撃をあえて受けることで、吹き飛ばされて距離を取るというのも、戦闘ではなかなかに重要だ』
アスモデウスが意気揚々と説明する。
重たい一撃を喰らったたのにノーダメージで済んだのを見ればわかるが、この技術は使いこなせば超強力だ。
「やっと一撃入ったと思ったらノーダメージとか、キツすぎるんですけど!」
クララが悪態をつく。
アスモデウスは悪魔笑いをしながら返した。
『フハハハハ。汝らの戦闘センスであればそのうちできるようになるであろう。そのためにも、我輩が今みせた動きをしっかりと覚えて真似することだな』
「ええ! やってみせますよ!」
『我輩からの特訓は以上だ。最後に少しだけ爪の使い方を教えてやろう。アリアよ。【龍装】を発動するのだ』
「わかった。【龍装】!」
アリアの体が鱗に覆われ、爪が鋭く伸びる。
例のごとく、周囲の人間からは爪が伸びただけにしか見えない。
『まずは我輩の体捌きに爪による攻撃を混ぜた動きだ』
言い終わるなり、アスモデウスがクララに肉薄。
連続で爪を振るう。
「ふっ! はっ!」
クララはナイフで爪を受け流しながら、連撃を躱した。
『基本の攻撃はこのような感じだ』
バックステップで後退したアスモデウスに、アリアが話しかける。
「普段のアリアの爪の振り方と変わらないね」
『うむ。汝の爪の使い方はすでに半分完成している状態だからな。今のは復習というわけだ』
「なるほど」
アスモデウスがクララのほうに向きなおってから、
『汝も見事だ。我輩が教えた受け流しの技術を応用できている』
「それはどうも。アスモデウスの動きを参考にして真似したら、結構いい感じにいけましたよ」
『うむ。その調子で精進するがよい。で、次はアリアの番だ。汝に新たなスキルを教えてやろう』
今更だが、スキルというのは大体のものは訓練などで手に入れることができる。
例えば、剣の修行をして【剣術】スキルを得るなど。
その他には、種族固有のスキルなどがある。
アリアの【龍装】は、龍人なら誰でも使えるものだ。
だが、龍人以外の種族は使うことができない。
例外としては、クララの【完全隠密】のように生まれつき強力なスキルを有している場合もある。
滅多にないが。
「どんなスキルなの? 教えて!」
アリアが目を輝かせながら迫る。
『剣士が使っている【剣術】スキルの一つに【斬撃波】というものがあるだろう?』
「はいはい! クロムが予選で使ってた!」
『あれの原理は、魔力を斬撃にして剣を振ると同時に飛ばすというものだ。つまり汝の爪で同じことをすればいい。汝は基本的に魔法攻撃ができないから、魔力は有り余っているのだろう?』
「うん。奥の手と【水龍ブレス】以外では全く使わないもん」
『今から我輩が教える【飛爪斬】というスキルは、強力な攻撃手段となるだろう。しかも、一回一回の魔力消費は少ないから使い勝手もいい。これはナイフなどでも似たようなことができるから、クララやリリスお嬢も学ぶべきだ』
クララとリリスが真剣な顔で同時に頷いた。
生徒たちの貪欲に強さを求める姿勢を見たアスモデウス先生は、満足げに笑ってから爪に魔力を通した。
『では、いくぞ。【飛爪斬】!』
アスモデウスが爪を振るう。
その爪先から五本の斬撃が発生。
振るった爪の軌道に合わせて、リングの表面を切り裂きながら突き進む。
「うわっと!」
横に飛び退いたクララを斬撃が掠める。
クララのピンク色の髪の毛が、いくらか宙に舞った。
『このような感じだ』
「すごい! 強い!」
「リーチもあって火力も充分。おまけに連続使用も可能ですか。なかなか厄介ですね」
『うむ。この手のスキルの強みはそこにある。効果はシンプルだが、それ故に使いやすくて強い。牽制やダメージ稼ぎ、とどめの一撃と使い勝手は様々だ。先ほど例に出した【斬撃波】は、剣士が修行の末に高みにたどり着いて身に着けるものだ。我輩も、Sランク冒険者になった時にようやくまともに使えるようになったわけだしな』
アスモデウスが教える内容はこれが最後だ。
もう教えることは残っていない。
あとは本人たちがどれだけ頑張るか、だ。
だから、
『あとは汝らで戦うがいい。我輩はアリアの中から見ているとしよう。我輩から学んだことを活かして強くなれ。実戦で活かせ。糧にするのだ。汝らはリリスお嬢と並べるだけの強さを得たいのだろう?』
それだけ言い残して、アスモデウスは消えた。
体の主導権がすべてアリアに戻る。
残された二人は、
「お姉様と同じくらい強くなる。アスモデウスだって超える! アリアはもっと強くなる!」
「私もですよ。今どきの盗賊はバリバリの戦闘職ですからね!」
闘志を昂らせた二人が、獰猛に笑い合う。
親友であり、大事な仲間でもあり、ライバルでもある二人の、本気の戦いが始まった。
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