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プロローグⅢ



「……さすがに怪我までは負いたくありませんので、ご容赦を」


 私はそう動かぬ的に言い放ち、ゆっくりと着地する。


 マスターの技だという天使の制裁(エンジェルズフィスト)の初撃。

 上に打ち上げる拳の攻撃を受ける時から何となく察していた。

 あぁ、さすがに古式魔法じゃまだ足らないな、と。


 それに、もし一連の攻撃を古式魔法で防ごうにも骨の一本は覚悟しなければならなかっただろう。

 今はそんな怪我をしている暇さえ惜しい。


 着地した足をコツン、と鳴らす。

 その動作は本来なら特に意味などない……のだが、こうして見せた方がより印象につきやすいものだから自然と体に染み付いていた。

 しかもわざわざこれのために地面と足裏に氷を発生させているのだから世話もない。


 ただしいわば記号といえるこの行為に付随して印象付けられる意味が、そこには存在する。

 それはーー終わり、というしごく簡単な勝利宣言だ。


 二人の周囲にあった氷の残骸や凍てついた大地、あまつさえマスターを一瞬にして囲んだその氷柱さえ、一度の足踏みで消し去ってしまった。

 そしてまた、コツンと響くその音によってマスターは意識を回復させた。


「それでーー」


 私がそこまで言ったところで、マスターはどこか足元がおぼつかない様子で座り込む。


 私はその様子にどうせなら、というお節介ですばやく氷の椅子をそこに発生させた。

 それにはもちろん、古式魔法を発生させる魔法式なんてものは存在しなかった。

 展開する時間もなかった。


「どうですか?合否は」

「…………」


 沈黙するマスター。

 さすがにお節介がすぎたかしら?

 初めから古式魔法のみでの戦いを想定していたのに、まさかここまでしてくるのは思わなかったものだから。

 出すつもりもない力を行使させるのは少しやるせない。


 しばしその状態が続いてマスターはようやくというように口を開いた。


「……無論、合格よ。あなたの要望通り、ダンジョンの資格試験への推薦状は書いてあげるわ」

「どうも」

「ただ、一ついいかしら?」


 妙にその語気をこわばらせて口にするマスター。


 その言葉はもちろん、力を使うからには明かされるに易い単語だ。

 本来なら怪我を嫌ってそう易々とひけらかすようなものじゃない力ゆえに。


「あなたはフィリア・グレイス……Aクラス等級の上位とも言われている氷原の魔女本人なの?」

  

 その名前は……嫌な響きだ。


「えぇそうですよ」

「……!?」


 マスターは私のその一言に驚いた……わけではなく、無意識のうちにでていた冷気が私たちの周囲を覆うほどに漏れ出てしまっていたようだ。


 いけないいけない。

 家のことになるといつもこうだ。


 そう思い返し、何事もなかったかのようにもう一度マスターに向き直す。


「しかし今は、ただのフィリア。古式魔法である氷結魔法を扱う魔法使いでございます。このことの意味を十分お考えの上でどうぞ」


 これは一種の脅しにもなり得るのかもしれないが言わないに越したことはない。

 まぁ、彼女から聞いた話ではそこまでする必要はないのだろうが、念の為というものだ。


 マスターはしばしの間その張り詰めた空気に息を呑んでいたが、その後はぁと大きくため息をはいてみせた。


「わかったわ、りょーかい。あなたのことは古式魔法の使い手のフィリア、として推薦させる。これで良いわね?」

「はい、十分です」

「まったく、通りでおかしいと思ったわよ」


 マスターはその言葉を皮切りに、これまでの張り詰めた空気を霧散させてしまった。

 私がお節介で作ったその氷の椅子に寛いでさえいる。

 そこまでされると作った身としては面白くないもので話の区切りのいいところで、一瞬にして消失させた。


 「へ?」と言葉を残して尻餅をつくマスターを私は一瞥する。


「ひどいじゃない!フィリアちゃん」

「いえ、そろそろおいとまさせて頂こうかと」

「それにしてもよ!声をかけなさいよね!もぉ〜」

「それで、推薦状はいつ伺えばいいですか?」

「ーーマイペースねぇ……。それなら少しカウンターの方で待っててちょうだい。すぐ用意できるから」


 その言葉に返事をしてまた酒場へと足を運んだ。

 運んだはいいが、やはりこの酒場客は誰もいなかった。

 どうやら本当に昼の人気は皆無らしい。

 この酒場での経営には特に苦労しているわけでもないのだろう。

 マスターのスキルがAクラス等級である、という事実だけでーー。


 私はつい先刻まで座っていた椅子にまた腰を下ろす。

 ついでに杖を手持ち無沙汰なカウンターに置いて、思ったよりも苦労したこの第一関門を思い返す。

 なにせマスターが手加減をしていたとはいえA級相当の技術のある技を使ってまでみせたのだから。


 まったく、いくら古式魔法を複数展開できたところでA級には、いやC級にでさえ相手できるか怪しいところだというのに。

 この資格試験の推薦の平均的なスキルクラスはCクラスレベルではなかったの……?

 本来なら実用的でない古式魔法を、C級レベルにまで仕立て上げる時点でその特異性を認めてほしかったところだわ。

 まぁ、私のやってる古式魔法は少しズルをしているから仕方ないっちゃ仕方ないのかもしれないけど。


 ーー氷原の魔女

 それが私の異名だ。

 スキルはAクラス等級であり、その中で上級と称されている。

 素のスキル等級で言えば、マスターとの差が十分に感じられるほどには強いレベルにある。

 このスキル至上主義の現代においては、ほぼ最高位に当たるほどの上級位である。

 何せ常人においての最強クラス、と言われるレベルであるからに他ならない。

 そんなスキル等級にある私のスキルはいわゆる魔法。

 古式魔法でも使っている、氷結魔法だ。

 だからいつかの戦の戦果を皮肉して氷原の魔女。

 実にくだらない。


 ま、正体を隠してこうしてやってきた割には、少し不用心だったと言えるかもしれない。

 これじゃ最初に戦闘試験にする必要さえなかったし。

 どのみちスキル鑑定証は持っていなかったから仕方ない道のりではあったのだけど。



 そうしていつまでも客の来ない酒場のカウンターでしばらく待って、そろそろ私も次の予定に思いを巡らせてきたあたりでマスターが裏手からやってきた。

 もちろん姿はゴスロリ。

 それも初対面の時とはまた一味違うフリル多めの服装だ。


 まさか着替えに時間がかかった訳じゃないわよね……。


「あら〜、そんな顔しないでよねフィリアちゃん。可愛いお顔が台無しよっ」

「え」


 そのマスターのウインクに言葉が詰まる。

 思考も詰まる。


「……そこまで絶句されるとさすがの私も血湧き肉躍るわぁ〜」

「えぇ……」


 今度はマスターの発言に言葉が詰まった。

 それに、その使い方はさすがに違うだろ、と見えない誰かも言っている。

 私も思った。


「…………じゃ、とりあえず推薦状。一応中身を確認してちょうだい」


 その後一瞬の虚無が空間を彷徨っていたが、マスターはようやくというようにその言葉を残した。


「……スキル不明、魔法不明、名称フィリア…………戦闘能力およそBクラス相当の古式魔法使い、ですか」


 その推薦状にはそのほかにマスターの印もつけられ、彼女からも知らされていた雛形とも文書が一致していたため、一応は正式な書類なのだと思う。

 戦闘能力がB級相当だというのが気に食わない、と少し遺憾に思いながら。

 

「もちろんあなたの正体については書いてないわよ。問題ないでしょう?」

「問題ありませんね。ちなみに口止めは必要ですか?」

「……!?その殺気で十分よ……、必要ないわ。さすがに氷原の魔女様とは格が違うもの。それに……」

「それに?」

「……いえ、なんでもないわ」

「そうですか」

(早とちりして調子に乗って相手の本質を見抜けなかった私が、そんな恥を他人にひけらかすことなんてできないわよ……)


 まぁ一応彼女からもマスターは十分信頼と実績があると聞いているから必要もないことは知っているが。

 推薦人としての矜持を持っているのだろうことも。


 そうでなければ怪我を理由にスキルなんて使うわけもない。

 私が古式魔法使いとして冒険者にならなければ意味がないのだから。

 今回はスキルに頼ってしまったけど、こうならないためにもまだ時間は無限に必要ね。


 結果的に見れば怪我をするよりいいと思うことにして、私は手に取った推薦状を懐にしまう。

 

「資格試験、あなたにとっては簡単でしょうけど、フィリアちゃんにとっては少し厳しいものになるかもしれないわね」

「理解はしてます」

「……ダンジョンは地上とは勝手が違うから」


 マスターは神妙な顔つきを一瞬だけ残して、すぐにこれまでのような笑みを浮かべた。

 

「私からの推薦状なんて本来なら必要ないのかもしれないけど、どうせなら吉報を待ってるわ」

「いえ、十分ありがたいものですよ、私にとっては。それに今となっては、マスターであってくれてよかったと思っています」

「ーーそう。ありがとう」


 この街には他にも推薦人に値する人物が五人いると彼女にも言われた。

 そんな中で一番評判が良く、一番厳しく、それでなお優しい人と言われ、こうして相対してよりそのことを顕著に思った。

 他の推薦人では古式魔法というだけでこの話は頓挫に終わるだろうことは目に見えていた。


 そうして私は最後に挨拶を交わして席を立つ。

 マスターはそんな私を片目に少し戸惑いを見せた後、どこか意を決したかのようにこう言葉を紡いだ。

 

「時にーーフィリアちゃん。あなた聞いたことあるかしら。最近この街で噂されてる話」

「噂、ですか?……いえ、先日来たばかりで特に」


 必要な情報は彼女から教えてもらったが、マスターが言うその噂というのは聞いていないと思う。

 ……それにしても噂?

 冒険者の集うこの街で噂されてるレベルで、そこまで深刻なものがあるの?


「……そう、なら資格試験を挑むものとして知っておくべきよ」


 マスターはその後、たった一言でその脅威を表してみせた。

 それはーー、魔族。

 その脅威が近づいていると。


「……魔族!?」

「えぇ、だから十分に気をつけて」

「この街で……ですか?」

「そうよ」

「……」


 魔族は何百年も前からずっと私たち人族と対立を続けて、今もなおその遺恨は消えず絶えぬ争いが繰り広げられている。

 そしてあの惨禍以来、魔族の住む魔族領に新たな魔王が顕現したという報せもある。

 どう考えてもその影響だ。


 それにしても、魔族の脅威が迫っているという噂が立つ?

 一体誰にそんなことがわかると言うんだろう。

 噂にとどまってるってことは被害が出ているわけでもないだろうし。

 

 ただ、その注意があるかないかで言ったら、あるほうが断然いい。


「どうもありがとうございます、マスター」

「えぇ……。なんか変な空気になっちゃったけど、とりあえずがんばってね。色んな意味で」


 そしてマスターは最後にはふさわしい笑みを浮かべていった。

 いかにして見ても貫禄も威厳もない顔だけど、不思議とそれに慣れている自分もいた。


「えぇもちろん」

「またね、フィリアちゃん」

「また」


 そして私は酒場を後にする。

 去り際にはマスターの満面の笑みに少し気押されながら出ていったことは言わないでおこう。

 やはり、未だにその姿は受け入れられなかったらしい。

 主に私の体が。



「……それにしてもスキル不明、魔法不明ね」


 どこかで聞いたことがあるような響きだ。

 いや聞いたことがある響きのものはこれよりも残酷だったか。

 

 ーーそうだ忘れちゃいけない。

 私は私のために必ずその試験を突破してダンジョンに行かなければならないことを。

 そして証明しなくてはならない。

 こんな世界は間違っていると。

 他ならない私として。



 §




(それにしても、今年はまったくどうしてこう特殊なのかしらねぇ。スキルを秘匿して資格試験に挑む子しかり、冒険者として活動して間もないルーキーの子しかり)

 

 マスターは推薦人という立場ゆえにそれなりの情報が集まってくる。

 そのいくつもの資料をカウンターに並べてはその顔を歪ませるのだ。


(私が直接の推薦ではないけど、やっぱりこの子。どう考えても資格試験に見合ってなんかいない。まして、冒険者としても活動していけるのか怪しいほどの肩書き)


 その男らしく隆起した喉を鳴らして、マスターの言葉が誰もいないその空間にただ響いた。


「スキルなし、魔法なしの剣士、ねぇ〜」


 どう考えても見合っていない。

 なのに、何故か資格試験への門が開かれている。

 

(どうにも波乱の予感がするわね)


 マスターはそれらの書類をまとめていつか来る客のために掃除を始める。

 

 その剣士の書類に書かれた、記憶喪失という文字には気づかないまま。




 こんにちは

 こんばんは

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