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プロローグⅡ



 この現代において、魔法戦闘と近接戦闘は同等級の戦闘に限って質の違いはほとんど存在しない。

 全てはスキルの等級によりその人の実力を示され、対人戦闘において部類の強さをスキルという存在は補うのだ。


 そんなスキルの等級が人類の到達点であるS級にまで到達した時、人類は初めてそのスキルの全てを知ることができるとも言われている。

 そう言われるまでにこのスキルというのは奥が深く、幅が広い。


 そしてAクラス等級のスキルというのは人類の到達点の一歩手前。

 つまりはスキルという力を枷として戦うにしては、A級という壁は文字通り空よりも高い隔たりがある。

 まして、F級のスキルでもなく、ただの古式魔法での相対など。



 ーー凍てつけ、大地よ


 私はマスターの初めの合図とともに杖を地面につける。

 古式魔法の魔法式は干渉する対象と自分、もしくは私でいう杖のような媒体の接触面に魔力で描かれる。

 今回で言うなら、氷結魔法の魔法式を杖を通して発生させる。


(氷結魔法……。現代魔法でも使い手は少ないのに……。ただ、されど古式魔法。発生も遅ければ効果範囲も広いわけでもないわね)


 マスターは意を決したように前腕の方に力を溜める。

 見る限り、それも両手に。

 古式魔法ゆえに相手にもそれ相応の準備の時間を与えているに等しい状況だった。


 そして魔法式の展開から一秒と少し、ようやくと言うように私の杖を中心に扇状で大地が凍てつく。

 ただ、それと同時にーー。


「この程度なら拍子抜けよ?」


 マスターが溜めた力を開放するが如く、両手を突き出した。

 突き出す、ただそれだけ。

 しかし、その行為だけで十分に効果があった。

 凍てつく大地から伸びる氷柱の数々を文字通り粉砕し、その従者である私でさえも吹き飛ばす。

 これがAクラス等級中堅の力とでも言うように、一撃目としては随分と苛烈な攻撃が繰り出された。


 ーー凍てつけ、大地よ

 

 私はその渦中にまた詠唱を重ねる。

 膝をつき、されど同じように。


(また同じ魔法式。確かにこれまで見てきた適当な古式魔法使いよりは幾分か早い。ただ悪く言えばそれだけね)


 マスターもまた同じように両手に力を溜める。


「芸がないわね」


 同じ魔法に対して同じ技を持って返すのは見定めるものとしての余裕なのか、はたまた呆れなのか。

 どちらにせよ、マスターは同じように構え、同じように迫る氷結に対して突き出す。


(魔法発生はやっぱり遅い。一秒もかかってたんじゃ使えないわよ)


 ただし、違うことが二つ。

 私は立っているのではなく、膝を立てているということ。

 そして一度目に砕けた氷柱を、二度目の詠唱時に同じように魔法をかけたということ。


 マスターが振り抜いたその拳の向く先は空だった。


(!?……滑らされた!?こっち側にまで地面は凍っていなかったはず……!?)


 マスターが天を仰ぐその間には、目線を下に向け何か合点がいったように拳を握り、私はそれを見た上で三度魔法式を展開する。

 今回は地面ではなく、靴裏へ。


(私の重心を乗せた場所、靴裏の部分のみを違和感なく凍らせていた……!?い、いつ!?)


 古式魔法において、魔法式とは弱点だ。

 これから魔法を発動しますよ、と宣言してから打つ、いわゆる負け確の後出しジャンケン。

 ただし、それと同時に魔法式の常識が一つある。

 それはーー。


(術式の複数展開……!?)


 マスターは地面からわずか数十センチとない位置で体勢を捻って伏し、そのわずかな距離を拳で振り抜いた。

 その衝撃でマスターは飛び上がり、何回転もの回転を空中で披露した後綺麗に着地して見せる。


「あなた……魔法を同時使用できるのね。それも……こんな精密な魔法すら」


 術式を複数展開する。

 例え相手に見られている魔法式で魔法のタイミングを図られたとしても、その他の魔法式を展開し、相手を欺けば良い。

 魔法式には元来、効果範囲と魔法式の大小に、魔法式の展開速度と魔法発生速度に相関関係がある。


 だから、相手に察知されないほどの魔法を放つのに時間はそうかからない。

 そしてその魔法式を座り込む膝で展開してしまえばあたかも一つしか魔法を放っていないように見えるというわけだ。

 杖が媒体であるように、自分の体を媒体にすることだって可能だから。


「察するのが早いですね。さすがA級、でしょうか。どうです?それなりに特異性はありますでしょう?」

「確かに、期待を裏切ってくれるわね、フィリアちゃんは」

「マスターも随分おかしな挙動をしてますけどね。結局追撃に行くために展開した術式が無駄になってしまいました」


 私は靴裏で三回程地面を叩いて魔法を解除する。


「さすがに術式を複数展開するなんて想定すらできないわよ」

「一応隠していたつもりなのですが、すぐに見抜かれるとは思いもしませんでした」

「たまたまよ」

 

(術式の複数展開なんて、馬鹿げた技を一度でも見てないとわかるわけないじゃない。それも……こんな少女がそんな真似ができると)


「それで、どうです?合格ですか?」

「いえ、ダメね」


 私はその返答に息が詰まった。

 この模擬戦自体、相手に実力を認めさせることが目的。

 そのお眼鏡にはかなったと思っていた。


「そんなに高い門なのですか」

「いえ、そういうわけじゃないのよ」

「ではどういう?」


 マスターはその言葉を持って、雰囲気を一気に変えてみせる。

 その顔には笑顔を浮かべている。


「少し、本気で戦いたくなったのよ」


 そしてマスターは十数メートルと距離をとっていたその間を詰めてくる。

 その腕は腕力強化を視覚的にも伝わるであろうオーラを纏ってかけていた。

 

 そこまで速くはない。

 詰め切るまでには十分術式を展開することは可能。

 ただ魔法を行使したところで、だ。

 Aクラス等級のスキルは基本性能がすでに一個師団の戦力と同等程度として扱われる。

 いかに策を講じ、古式魔法の弱点を補ったところで、距離を詰められては争う術などない。

 ないのだ。


 ーー凍えつけ、大気よ。凍りつけ、大気よ


 私はそう詠唱し、魔法式を展開する。

 総数にして六つ。

 この時間で展開できる最低限のラインだ。


(魔法式を隠そうともしなくなったわね。……でも六つ。これで一体何を……!?)


 ーー幻影氷人形アイスドール


 名付けるなら、その言葉が似合っている。

 私の幻影を作り出す魔法。

 

(幻惑魔法!?スキルを行使した!?いや、違う……?この魔法、どこかで)


 マスターはその腕を大きく振るう。

 その衝撃は凄まじい。

 確かに凡庸ではない力だ。


 それによって凍えた大気による視覚効果も次第に消える。

 そしてその影に次に現れるのは、マスターの肩幅ほどの直径を誇る空中に描かれた魔法式。

 魔法式は魔力によって描かれた術式。

 だから腕力強化によって生まれた衝撃では作用しない。


(魔法式!?…………やはり、この戦い方!?いつか聞いたことがある……)


 距離を詰められて争う術がないのなら、争わなければ良い。

 距離を詰められたのなら相手から距離を取らせるように仕向け、距離が保たれているならその時に初めて相対するのだ、と。


 それを体現するかのように凍えつく大気の粒を霧散させた衝撃の後、凍りつく大気の塊、氷柱を空中の魔法式から発生させた。

 私とマスターの間に。


「いくら戦術を磨いたところで所詮は古式魔法」


 マスターはそう言うと腕を前に突き出す。

 なんの力も込められていない、ただ腕を突き出しているだけだ。


 魔法式から射出される氷柱がマスターへと到達しようというときには、その先端をマスターによって掴まれていた。

 それも最小の力で。


 おそらく氷柱が当たる瞬間にのみ腕力強化したという、たったそれだけのことだろう。

 しかしそのことが意味するものは依然高く隔たっているスキルとの壁だ。


 ……さすがに通用しないわよね。

 この辺が潮時かしら。


 そう私が思い立った時、マスターは手につかむ背丈ほどある氷柱を足蹴にする。

 その瞳にはまだ何か宿っていた。


「ーー私にここまでしか進ませなかったのはあなたが初めてよ」

(模擬戦では)


 マスターはそう言うと右腕にスキルによる強化を加えていった。

 マスターを囲むその一帯がマスターによって支配されているような、そんな錯覚さえ生むほどの力を感じる。


「どうか、死なないでね?フィリアちゃん」


 マスターはその言葉とともに小さく呟く。


 ーー天使の制裁(エンジェルズフィスト)


 マスターがその右手を下から突き上げるように天に向かって一突き。

 そして、その突きとともに打ち上がる私の体。

 その事実が今空中にいる私の意識を保っていた。


 そう、後数メートルと離れた位置。

 あと少しでその拳が届くと言う距離。

 それを覆すかのように位置も、距離も関係なく対象に攻撃するマスター、もとい戦昂のルーカスの技。

 いかなる場所からも攻撃可能という技のその名はーー天使の制裁(エンジェルズフィスト)、そう呼ばれている。


 そしてマスターは振り上げたその拳を今度は地に向かって一突き。

 これが一連の技である。

 

(殺傷性を極めて低くしているとはいえ、地面にそれなりのクリーターができるくらいには力が込められている。……一度食らってしまえばしばらくは動けない。ここで終わりね)



 マスターはその口で「似てる……ねぇ」と呟き、その身を緊張状態から脱するように身を震わせた。

 ーー何度も。


 すると突然と感じてくる。

 その悪寒の正体に。


(さむ……い?)


 マスターがそう思い、体を動かそうと意識したその瞬間に、その意識を本能的に感じ取った。


(な、なによ……これ……)


 自身の体がーー巨大な氷柱、の中にあることを。

 



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