裏の世界の決まり事4
「……お掛けください」
ミアが通されたのは、隣の部屋に設置された応接間だった。その小綺麗に整頓された室内は怪しげな骨董店とは思えず、しかし、何か意味を伴った不気味さを感じさせる。
端的にいって仕舞えば、至って特筆すべき点のない、平常な客間だった。椅子や卓が骨で出来ているわけでもなく、設えられた調度品も品の良いものが揃えられている。
ただ、そんな光景すらも不気味に見えてしまうのは、主であるところの占い師の振る舞いのせいだろうか。
「店の方もこれくらい片付けなさいよ」
その光景を見たミアは、席について腕を組む。不機嫌そうに見えるのは実際に不機嫌だからではなく、内心を読まれたくないという無意識な、そして無駄な反発心からだった。
「失礼な。一見は不規則に散らばっている小道具も、意味があってあの配置になっているのです」
「フウスイってやつ? それ、本当に意味あるの?」
「当然です……多分」
「……占い師がそんなんじゃ意味ないわね」
人は占い師に明確な答えを求める。それこそ、明日の天気から国の命運まで。そんな中、占い師が答えを決めあぐねていてはその存在に意味などないだろう。
また、本職である占い師が存在の根拠を説明できないようでは、フウスイとやらに意味はない。二つの意味が含まれた、ミアお得意の掛け言葉だった。
メアは、そんなミアの言葉を気にもせず、懐から手帳を取り出しつつ問いかける。
「……それで、ご用件はなんでしょう」
「……守護者についてよ」
「守護者」
ミアの発言を再三受け流していたメアだったが、重々しくミアが呟いた言葉に筆を止め、発言主であるミアを見上げる。意外だとでも言いたげな瞳には、少しばかりの興味と心配が見て取れた。
「……驚きました。勢力争いには興味ないものとばかり。暗殺者にでもなるつもりですか?」
「襲われたわ」
「……いつですか」
「ついさっき、依頼中に」
「殺したのですか? 逃げたのですか?」
「逃げられたわ」
「なるほど……」
二人の会話にしては短い言葉でのやりとりだが、円滑な情報交換をするためには婉曲な表現は不要である。そして、そのやりとりがことの重要性を物語っていた。
本題は、先ほどの依頼について。
あのあと……依頼が終わって帰ろうとしたタイミングでミアは守護者と名乗った謎の男から襲撃を受けたのだった。そして、相棒の警告により間一髪のところで命拾いすることになる。
しかし、その後何度か刃を交えるうちに状況の不利を察し、最後には敵の目をくらまして逃亡したというわけだった。
「大方、月夜の怪物を殺す依頼、もしくは命令でもあったのでしょう。モグリなのに名をあげすぎましたね。いっそのこと暗殺者にでもなったらどうです?」
「いやよ。自由を求めて縛られにいく意味がわからない」
メアの提案に肩を竦め、ミアは拒絶の態度を示す。
一般的に、殺し屋とは自分からなるものではない。ミアのように身寄りを失って業界に転がり込むか、後先を考えず殺しをしてしまった結果、文字通り後に引けなくなって殺し屋になるか。そのどちらかだろう。
殺し屋になったからにはそれ以外で生きていく方法など存在しないというのは暗黙の了解であり、この世界の理だと言うものすらいる始末だった。
「あなたは自由に縛られているだけですよ。稼いでるんですし、ほんの少しの不自由を許容すれば少しは楽な生き方ができると思いますよ? まあ、暗殺者になればそんな心配もいらないでしょうけど」
そういってメアは「身体能力のある人は羨ましいです」と頬杖をつく。が、ミアからしてみれば、殺し屋という生き方はそれほど楽なものではない。
ただ、それは無意識に殺し屋としての矜持を持ってしまっているからこそ芽生えた自己矛盾なのだが。
「暗殺者になんてどうやってなるのよ。地道に活動して、組合からのオファーでも待つの?」
「これだけ名をあげているのにスカウトされないことの方が疑問です。守護者と接点があるのなら、組合側も彼らと事を構える大義名分ができるでしょうし」
メアの言うように、恨みという名の見えない枷によって縛られる殺し屋の中でも、暗殺者と呼ばれるものたちはその限りではない。
彼らは暗殺者組合と呼ばれる業界最大手の組合に所属し、普通の殺し屋とは違って組合という盾に守られている。その代わり、生涯暗殺者として高い頻度で依頼を受け続ける必要があるのだが。
そんな暗殺者を敵に回すことは、暗殺者組合を敵に回すこと。それがわかっているから他の勢力も容易に手出しすることができないのだった。
「ところで、守護者って一体なんなのよ。昔から敵に回すな、としか聞いてないんだけど」
「裏の天敵であり、表社会にも属さない勢力です。腐った政府と殺しから世界を解放することで全ての人間に自由をもたらそうと活動する戦闘集団で、彼らにかければミアさんも自由になれるかもしれませんよ?」
どうです? とでも言わんばかりに向けられる視線に、ミアは肩を竦めてツインテールを揺らす。
「……冗談。生憎、自分以外への掛け金なんて最初からないわよ」
「返済に消えていきますものね。いつになったら一括で返してもらえるのでしょうか」
「面白い情報を持ってきてあげてるんだから、いつまでも待ちなさいよ」
「……ああ、なぜ私は殺し屋ではないのでしょうか。何もせずに、ただあなたが帰って来るのを待っているなんて、とても耐えられません」
ミアの軽口にメアは芝居掛かった口調で応え、微笑んだ。
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