エンドロールは流れない 〜後編2〜
「あ、おはよう。やっときたね」
「……なんであんたがここにいるのよ」
朝の街を歩いて戻ったミアは、屋敷の門の下でいつもの格好を携えたリーシャが待ち構えていたことに不信感を募らせる。まさか、お礼参りでもしにきたのだろうか。でなければ、組合から追い出されて泊まる家がないということだろうか。流石にミアとしても暗殺者と共に生活するなどというような背後への警戒が怠れないことは許容できるはずもない。どう追い返すべきか……。
「良いじゃない。今日はおめでたい日なんだからさ。別に居候なんてするつもりもないし」
しかし、ミアの邪推は杞憂に終わると同時に、別の違和感がもたらされることになる。
「……おめでたい日?」
「まあまあ。ほら、早く中に入ろう?」
ミアの胡乱げな視線と疑問とを無視し、リーシャはこちらに左手を差し出す。その手には刃物などが握られていることはなく、しかし、今まさに何かを握ろうとしていることは確実だった。
一方のミアは意味がわからないといった心情を隠そうともせずに眉を顰める。目つきが悪いのは、朝日が眩しいからではないだろう。
「何よその手は」
「今日の主役なんだから、エスコートしてあげるよ」
「……ちょ、ちょっと」
「いいからいいから」
これまた不可解なことを言うリーシャは、状況が理解できない違和感を隠そうともせず顔をしかめるミアの右手をとって、背後に佇む屋敷へと引っ張っていったのだった。
*
「おはようございます、ミアさん。そろそろくる頃だと思っていました」
「おはようございます。開店の準備は終わったのですね」
「……メ、メア? それにバーテンも。なんであんたたちまでここにいるのよ」
少し朽ちかけた玄関の扉が完全に開かれるのと同時、ミアの相貌が驚愕に染まる。
玄関先には、メアとバーテン。そしてカイが、ミアを迎えるように待っていたのだった。
つい口をついて出たミアの疑問に、メアははぐらかすように応える。
「まあまあ、今日はおめでたい日なのですから、妹分が出席しないわけにはいかないでしょう」
ついで、バーテンが顎髭をさすりながら、カイの方をちらと流し目で見て。
「私も、親代わりのようなものらしいですしねえ。それに、彼一人だと料理の供給が追いつきませんし」
それに従うように、今度はミアの腕にしがみ付いたリーシャが。
「そして、友達の僕ももちろん出席するってわけ」
「出席って……なんのことよ」
最後に、顔いっぱいに困惑を浮かべるミアに、カイが。
「まあ、俺もこの屋敷の住人だからな。嬢ちゃんの誕生会に出席するのは当然だろ?」
「た……、誕生会?」
「そうです。私たちはミアさんの誕生日を祝うためにわざわざ集まったのですよ。それと、ついでと言うわけではないですが、これは商会ナイトメアからプレゼントです」
ますます困惑を深めるミアに追い討ちを掛けるように、メアから二本の棒状の物体が渡される。片方は鞘に収まったナイフ、もう片方は同様に鞘に収まった刀だろうか。なし崩し的に受け取り、その重量にますます困惑を深める。
「これは……? 刃がないみたいだけど……」
条件反射的にミアがナイフを抜くも、鞘から刃が覗くことはなかった。そして、刀や剣のような重量もない、端的に言って刃の抜けた刀とナイフだった。
「バカには見えない刃……というのは冗談で、表向きはクリスタル製の特注ですよ。厳密にはクリスタルで出来ているわけではないですがね。材料、製法共に秘密です」
どうやら刀身が限りなく透明に近いナイフらしく、眼の肥えたミアでも、目を凝らせば見えなくはないといったところだ。
それを照明にかざして、呟く。
「これ、あたしを監視する道具……とかじゃないわよね」
「さあ、どうでしょう。なにぶん私が作っているわけではないので」
「全く、相変わらずね……って、そんなことより、あたしに誕生日なんてないはずなんだけど」
「じゃあ、今年から今日が誕生日。決まりね!」
強引に言うリーシャに、ミアはますます困惑を深くし、説明を求めるようにカイに視線を送る。なぜ屋敷に集まってまでこんなことをするのか、という言葉すら、混乱状態のミアからは正しく紡がれることはなかった。
取り乱すことこそないものの、頭にいくつもの疑問符を浮かべて立ち尽くすミアにカイは肩を竦めて苦笑する。
「みんな、嬢ちゃんをねぎらいたいんだよ。だけど、素直じゃない奴らばっかだからな」
「そうですよ、裏の人間が素直なはずがないじゃないですか。私たちは、これからも良い関係でいてもらうために誕生日を祝うのです。他意はありません」
「右に同じです」
カイの言葉になぜか食い気味でメアは言い切り、ようやくその意図をミアは把握する。何かと裏のある裏社会。その住人が集まって何か企んでいるとすれば、それは十分、警戒に値するだろう。
しかし、裏社会には存外裏がないということはここ最近になって思い知らされている。特に、目の前の馬鹿どもにとっては。
「……もう、本当に、うるさい奴ら」
ミアは、メアとバーテンの用意しておいたようなセリフに諦めたように肩を竦めてツインテールを揺らす。それに釣られるように、その場にいる全員が微笑んだ。
少しの間暖かな時間が流れ、ついで、
「では、ミアさん」と、場を仕切っているらしいメアがミアの正面に歩いて言い、全員がミアを囲むように半円を描く。
『誕生日、おめでとう!』
それに合わせて全員が一斉に唱和したのだった。
「……もう、一体なんなのよ。こんなの、こんなの知らない」
『……あれれ、もしかして泣いてるの?』
「うるさい」
ミアは、その言葉に、溢れる感情を押さえつけるように懐を叩く。叩いて踵を返し、そそくさと食堂へと早足で向かって行ったのだった。
——全く、本当にうるさいやつばかりなんだから。こんな奴らに囲まれてたら、生きる意味なんて探してる暇ないじゃない。
いつもなら鋭く響いているはずの悪態は、ミアの背中越しに語られることはなかった。そして、ミアの背中は扉の中へ、本来響くはずだった言葉と共に消えて行った。
その後はバーテンとカイが料理を振る舞い、夜が明けるまで談笑が続いたのだった。そして、そんな裏の重要人物たちによる奇妙な誕生会は、毎年この屋敷で。全員揃って行われることとなった。
暗殺者に殺し屋、守護者に占い師。そして不死者。裏の重要人物達を巻き込んだ激動の一週間は、こうして笑顔で幕を閉じたのだった。
お読みいただきありがとうございます。まだもう少し一章は続きます。お付き合いいただければなと。
一応、配慮としてエンディングを読まなくとも本筋にはあまり影響が出ないようにしています。
本来は一章で終わりの予定だったのです。なので、二章を始める上で作品の見方が変わってしまうかもしれないと思ったので。なにぶん、大団円でもう終わりって雰囲気でまくってますものね。
章の後書きとかも書く予定ですが、そっちはスルーしても大丈夫なやつです。自分も、ラノベの後書きとかほとんどスルーしてるので笑。
続きもお楽しみいただければ嬉しいです。




