エンドロールは流れない 〜前編2〜
「……リ、リーシャ⁉︎」
「あはは……やっと名前で呼んでくれたね」
両手を後ろ手に組みつつ奥の厨房から姿を現したのは、つい先日殴り合い、殺し合いをした相手。暗殺者組合の暗殺者であるはずの銀髪の少女、リーシャだった。そんな彼女が場末の組合に新入りとして現れたとすれば、ミアが驚くのも無理ないだろう。
「あんた、どうしてここに……」
「クビになっちゃったんだ、暗殺者組合。ということで、よろしくね、先輩」
ミアの疑問に、リーシャは首を傾けて笑う。その頬は、酔っているかのように朱に染まっていた。
暗殺者がクビになるなどとは本来あり得ない話だが、これもバーテンの仕業だろうか。
「同い年でしょ、多分」
そんなリーシャの言葉にミアはなんと言って良いかわからず、結局、揚げ足をとるかのような悪態をつく。普段から悪態ばかりついている彼女は、とっさに何か言おうとすると悪態が口をついてしまうのだった。
そんな背景を見透かしたように、リーシャはミアの瞳を覗き込む。
「じゃあ、ボクたちは一体なんなのかな?」
二人の関係性を問う発言に、ミアの脳裏で様々な言葉が浮かび始めた。
宿敵、だろうか。しかし、殺し殺されの世界で、ミアにはすでに殺される覚悟が備わっている。詰まるところ、ミアには、リーシャを恨む感情はないのだった。
では、同業者だろうか。それとも顔見知り。または知り合い。どれも漠然と違うということしか、ミアにはわからない。
だとすれば、リーシャは自分にとってなんなのだろうか。
「なんだ、君にもわからないことがあるんだ。じゃあさ……」
ふと、リーシャはそう言って、あの日殴り合ったときのように一歩こちらに踏み込み、こちらの瞳を覗き込む。そして、ミアの返答も待たずに囁いた。
あの日、屋敷に顔を出したときのように。すこしずつ、手探りで近づくように。そして、続く言葉はすぐに音となってミアの鼓膜に届くことになる。
「友達っていうのは、どう?」
「とも、だち……」
「まあ、ボクのことを許してくれるのなら、だけど」
先ほどとは一転、リーシャは不安げな表情で、ミアを窺うように上目遣いで見つめている。
恨みなどないが、底が読めない少女だと思っていたリーシャの等身大の表情にミアは肩を竦めてため息をつき、そして、真っ直ぐリーシャを鋭い相貌で捉えるように見据えた。
「それなら、まず胸を張って、真っ直ぐ立ちなさい」
「……こう? ……ぐっふっ!」
リーシャが何も考えずミアの指示に従うように上を向くと、その直後、鳩尾に打ち込まれたミアの拳によって、リーシャの細身な体がくの字に折れ曲がり、再び地面を見つめることとなる。
「……これでおあいこね」
「ちょ、ちょっとごめん」
ついで、ミアが足元に手を差し伸べると、一方のリーシャは腹部を押さえながら、倒れ込みそうになりながら後ろに二、三歩後退り、最後にはミアに背を向けて別室へと駆け込んでいってしまった。
差し出したミアの手が握られることはなく、代わりに、酒場に併設された厠の中から悲痛に歪んだリーシャの声がバーテンとミアに届いたのだった。
「彼女、あなたがくる前に相当飲んでいましたからねえ。飲まないと不安だったんでしょう。なんにせよ、いきなり鳩尾を殴られたら私でも戻してしまいますよ」
「……まったく、最後まで締まらないわね」
ミアがため息まじりに言うと、バーテンは確認するように問いかける。
「まだ最後とは限りませんよ? というよりも、これから始まるのでは?」
「そうね。終わったんだから、次は始まるって相場が決まってるわ」
始まったのなら、終わるのは当然。そして、終わったのなら、次は始まる。それは表と裏のように。あるいは、昼と夜のように。相反するからこそ成り立ち、秩序とも呼べる連続性を作り上げていたのだった。
「……またミアがかっこいいこと言ってる〜」
ミアがカウンターに寄りかかりつつため息をつくと、背後から間の抜けたリーシャの声が鼓膜に届く。ぶどう酒の匂いが鼻腔をくすぐり、それにミアは顔をしかめる。
「あんた、酔ってる?」
「……抱きしめてくれれば覚めるかも」
甘えるようなその声音にミアはうんざりしたようにため息をつき、受け入れるように両手を広げる……前に、リーシャは飛びつくようにミアに抱きついた。
ミアの肩にリーシャの重量が加わり、甘いブドウの匂いが頬をなぜ、鼻腔をくすぐる。
「ちょ、ちょっと……」
「これで、友達ね」
耳元で囁く声にリーシャを見つめると、そこにはいつものように、底の見えない笑顔がミアの視界一杯に広がっていたのだった。
「……最後まで、あんたにはかなわないわね」
同じように耳元で囁かれたミアの言葉に、リーシャはくすぐったそうに、照れくさそうに笑った。
 




