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本当のターゲット3

 

 守護者は、重厚な手袋に包まれた手を背中の大剣に回し、厳格な口を開く。


「また会ったな、月夜の怪物。その様子だと、俺がここに来ることが分かっていたようだな」

「……ええ、この依頼の()()()()()()()()はあんたよ、守護者」


 回廊の突き当たり。副団長室の簡素な扉の前に仁王立っていたのは、非常識な依頼があったあの日に敗北を喫した相手。裏の勢力であり裏の天敵。守護者だった。

 守護者は、絶体絶命を告げるかのようなミアのセリフと鋭い視線とを意に介さないといった様子で肩を竦める。


「……なるほど。俺はあの占い師と貴様らに嵌められたということか。だが、殺し屋の依頼などという児戯に興味はない。俺は貴様に用があってな。少し付き合ってもらおう」

「嫌だと言ったら?」

「どのみち、ここで戦うことは避けられんよ」

「……?」


 守護者の発言に不可解な点を感じつつも、ミアは攻撃に備えるべく両の手を懐に伸ばす。懐の中で手にした得物をすぐに抜こうとしないのは、文字通り手の内を晒したくないからだろう。


「……む」


 数瞬の沈黙の後にミアが外套から黒手袋に包まれた左手を引き抜くと、守護者とミアとの間にひょうっと一筋の風切音が生じる。

 それに少し遅れて、守護者が片手で勢いよく大剣を引き抜いたことによる重厚な音が響く。ついで、大剣と、そこにまっ直ぐ飛来したミアのナイフとが接触し、鉄を打ったような甲高い音が響いた。

 

 そして、守護者が防御行動をとった際に生まれたわずかな隙を、月夜の怪物が見逃すはずもなかった。


「……」


 ミアは一息で床を蹴り付け、急速に守護者との距離を詰める。槍の間合いから剣の間合い。そして、ついには拳の間合い。

 そこでは、守護者の驚いたような顔がよく見えた。


 それはミアが最も得意とする、ナイフの届く距離だった。そして、重厚な大剣を得物とする守護者にとって不利な間合い。この距離なら、ミアに負ける道理はない。


 がら空きの懐に、ミアは逆手に持ったナイフを繰り出す。近づいた勢いで生じた回転運動を利用し、体を捻るようにしてその懐に渾身の一撃。


「……小賢しい」


 同時、真正面からそれを受けた守護者の顔が苦痛に歪む。

 ミアの一太刀は守護者の分厚い上衣を切り裂き、その下の皮膚に浅い切れ込みを入れるにとどまった。しかし、痛痒を与えることには成功する。であれば、自分の技が目の前の傑物に()()しない道理もない。


『拳がくるよ!』

「……っ!」


 ユーリの報告を受け、ミアは反撃とばかりに繰り出された守護者の分厚い拳を蹴り付け、後方に跳躍して距離を取り、体勢を立て直す。


「……」

「どうした。もう体力が尽きたか」


 その間、わずか数秒。しかし、その数秒に全神経を集中させていたことにより、ミアの額には汗が玉になって浮かび、肩で息をせざるを得ないといった状況だ。

 対する守護者は無表情。長期戦になればなるほど不利になることは想像に難くないが、ミアの仕事はここで守護者を倒すことではなく、リーシャと命を盗む大怪盗が合流するまでの時間を稼ぐこと。であれば、体力の温存が得策だろう。


「ふん」

『中段、なぎ払い!』


 しかし、守護者がそんなことを許すはずもない。

 最初にミアがそうしたように、城門を打ち破るような轟音と共に守護者は一息で床を蹴り付け、一瞬でミアに接近する。


「これはどう対処する」

「……っ!」


 大岩をも切り飛ばすような勢いで放たれた力強いなぎ払いにミアはとっさに両手でナイフを抜いて切り結ぶも、それらは大剣の描く軌道をわずかに逸らすにとどまった。

 そして、

「太刀筋に迷いが見える。見損なったぞ、月夜の怪物」


 乾いた音とともに宙に舞う一対のナイフ。それは地に落ち、再び大上段から大剣が振り下ろされる。その重量と発生するであろう衝撃は、無手ではとても対処できないだろう。


「終わりだ」

『ミア!』


 それはミアの頭上から黒い弧を描き、ミアの視界を同様に、そして再び黒く染めんとする。あの時と同じように、ミアの瞳に映る剣はだんだんと大きくなり、最後、その脳天を砕かんばかりに迫りくる。


「……むっ!」


 それと同時、剣戟音にも似た甲高い音が響き、守護者の剣が再び上段まで弾き上げられる。

 ミアは大剣を高く蹴り上げた勢いもそのままに体を反転させ、守護者の腹部を踏みつけるように蹴り付けた。


「ぐっふ……」


 守護者は思わぬ攻撃に体をくの字に曲げ、そのまま腹部を抑えてたたらを踏む。踏んで、痛痒を押さえ切れないとばかりに勢いよく吐血した。

 一方のミアは再び蹴り付けた勢いを利用して月面宙返り(ムーンサルト )の要領で後方に跳躍し、距離を取りつつ、ついでと言わんばかりに袖下の弩から糸のついていない矢を射出する。その間、ミアの靴底から舞い散る鮮血が三日月のように弧を描いていた。


「……靴底の刃による足技が本領というわけか、面白い。さすがは()()()の見込んだ殺し屋だ」


 守護者は大剣を支えにするように踏みとどまり、片手で矢を掴むようにして防ぎつつ、片膝で体勢を整えて笑みを浮かべる。

 形勢が有利に傾いたとはいえ、手の内どころか足の裏まで晒してしまったことで彼我の力量差は明確になる。一連の流れは手札を明かしきっていないからこそ成立した、いわば奇襲のようなものだった。


 ——全く、あのバカはなんであんな雑魚に手間取ってるのよ。


 戦いにおいては守護者の方が上手だということは、先日の襲撃から明らかになっている。故に複数対一の戦闘に持ち込む必要があるのだが、肝心のリーシャは現れる気配すらない。

 気配を隠すことが殺し屋の鉄則だとしても、そろそろ現れていい頃合いだろう。


「……なるほど。どうやら、()()()()()のは貴様も同じというわけだな。月夜の怪物よ」

「……?」


 これまた不可解なことを呟くのと同時。守護者はミアの攻撃による痛痒を感じさせない身のこなしで突進し、またもや何かの一つ覚えのように大上段から大剣を振り下ろす。


『ミア、伏せて!』

 ——伏せる? 避けるではなく?


 上段から迫り来る死の恐怖。それは左右どちらかに避けなければ現実のものになるはずだが、占い師同様、信用できないものこそが真に信用に足る殺し屋の友である。

 なればこそ、ミアは信じたくない方を、コインの導きを信用する。ミアが今までそうしてきたように。そうやって名を上げてきたように。


 人は信じたいことしか信じない。しかし、信じたくないことの中にこそ避けるべき命の危機が隠されている。

 ミアはユーリに言われたように暖色の床板に手をついてかがみ込もうとする。その間にも守護者の大剣は天井からミアの脳天へと一直線に迫っていき……。


「な……」


 守護者の大剣ではなく、背後から振り抜かれた()()()()の短剣によって。ミアの結んだ金髪(ツインテール)の先端が三日月を描いて宙に舞い、()()()足元にはらりと落ちた。


お読みいただきありがとうございます。

真相はすぐに明かされる。

ご評価ご感想など励みになります。面白いと思っていただければ是非。ちなみに、この定型文は面白いと思ってるエピソードに書いてたりします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] めちゃくちゃ面白い。 [一言] 後書きや前書きが多いので気が散って話に没頭できません。 全体を通して違和感がある(恐らく改稿したことによるものだと思われる)ので、一度一話から読み返してはい…
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