命を盗む大怪盗2
「面白そうな話をしてるじゃないか。吾輩も混ぜてくれるよな?」
リーシャの両肩を鷲掴みにした黒髪の青年は、嬉々としてミアとリーシャに問いかけた。
白いシルクハットに白いマント。そしてリーシャの肩を掴む手には白い手袋。腕には白くて長いステッキ。右目には片眼鏡。貴族の紳士然とした格好だが、それにしては少々派手すぎるだろうか。
「……誰よ、こいつ」
「えっと……」
「名乗るのが遅れたな。吾輩は『命を盗む大怪盗』と呼ばれている者だ。名前は忘れた。よろしく頼む」
そう言って、命を盗む大怪盗と名乗った青年はリーシャの肩から手を離し、ステッキを見せびらかすように片手でくるりと回し、そのまま慇懃に一礼する。
一見無駄の多い動作だが、その動作一つ一つの間には一切の隙もなく、片手の一振りで腕に掛けたステッキを握り、もう一振りで強かに首筋を打ち付けられるビジョンがいともたやすく浮かんでくる。
実力は自分と同等か、はたまたそれ以上か。なんにせよ。それは口に出したら損するだけのこと。
「そんな派手な格好して、意識が足りないんじゃないの?」
であれば、いつものように軽口を叩くのが無難である。幸いにも、月夜の怪物はいまだに依頼を失敗したことがない。詰まるところ、その実力の底もしれていないのだった。
「えっと……この人は一応銀の首飾りなんだ。つまり、評価だけでは君より上。そんな態度とったら、普通は切り飛ばされても文句言えないんだけどね……」
「……ふん。つまり、バカでも生き残れるくらい実力があるってことね」
青年の顔色を伺いつつ忠告するリーシャの姿に、ミアは鼻息を鳴らし、しょうがなしにといった形で青年の力量を認める旨の発言をとる。
命を盗む大怪盗。ミアがバーテンの組合を離れて我武者羅に依頼をこなしていた時期に、それなりに聞いた名だ。曰く、そのステッキによる峰打ちでターゲット以外の意識を飛ばし、ステッキに仕込まれた刀でターゲットの首を飛ばして去っていく。
そして、それは何十人もの兵がターゲットを守っていても同じだという。その若さで、時代が違えば殺し屋の代名詞として語り継がれるほどの傑物とまでいわれる暗殺者だった。
「ははは、殺し屋とは元来大馬鹿ものよ。程度の差はあれ、それを隠しているだけのこと。ならば、吾輩は太陽の如く目立つことで、吾輩という存在を表の連中の胸に刻み付けてやるのだ!」
「……なるほどね」
「え、今の説明で何を納得したの?」
確かに、それも殺し屋の生きる意味としてはありだろう。そう思っての相槌だったが、それをそばで聞いていたリーシャは意味がわからないとばかりに困惑をあらわにした。そして、「もしかして、本当に強い殺し屋は大事な物を背負って殺しをしてる……?」と、何やら不可解なことを呟き始める。
「それで、あんたも受けるの? こっちのペースを乱すのはやめて欲しいんだけど……」
「!」
青年を非難するようなミアの言葉に、命を盗む大怪盗ではなくリーシャが強い反応を示す。どうやらミアが依頼を受けるとは思っていなかったらしい。
その後も、リーシャはミアと青年のやりとりを見守るように、二人を交互に見回している。
「それは無理な相談だ。吾輩は吾輩のペースでやらせてもらう」
「つまり、あんたをうまく利用するのが最善ってことね」
「できるのか? 貴様に」
「生憎、依頼に失敗したことはないのよ」
「それは結構なことだ。うらやましいな」
バーカウンターに肘をつく『月夜の怪物』と壁に背中を預ける『命を盗む大怪盗』。二人の暗殺者は、視線を交わさずに言葉を交わす。お互いがお互いを認めていれば、虚勢を貼る必要性はない。そして、二人の強者の間には、軽口も悪態も介在する余地はないのだった。
そんな会話を遮るように、リーシャはカウンターを平手で叩いて二人の視線を集める。
「じゃあ、作戦だけど。怪盗さんが陽動で騎士団の注意を引きつける。そして、ボクとミアの二人で侵入して守護者を殺す。殺したら、怪盗さんがいつものように煙を撒いて、その隙に逃げる。いいね」
「異論はないわ」
「うむ。好きにするがいい」
「報酬は三人で山分け。貢献点は守護者に止めを刺した人が。そして、ミアは晴れて暗殺者の一員になる。いいね?」
「……」
こちらを振り向いての確認に、ミアは頷いて応える。
暗殺者になって仕舞えばそれ以外の生き方は、暗殺者組合における制約的な面で不可能。しかし、それは殺し屋として生きるしかないミアにとっては今更のことだった。
「それじゃあ、解散で。あとは現地集合ね。怪盗さんは確か騎士団の副団長と知り合いだったよね」
「ああ。文通相手だ」
「じゃあ、予告状を出しておいてよ。副団長が保身に走ってくれれば、人的資源の消費を抑えるために騎士団を非番にするかもしれない。ミアは寝坊しないでね」
癖の強い三人であっても、予想外に打ち合わせは淀みなく進む。依頼に失敗するビジョンなど見えるはずもない。それは、ミアが依頼を失敗したことがないという理由だけではないだろう。
「応!」
「……わかったわ」
しかし、言いようのない、濃い灰色の不安が、何か重大なことを見落としているかのような違和感が。ミアの後ろ髪を捕らえて離さないのだった。
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