命を盗む大怪盗
ここからは連載休止後に書かれた新エピソードです。
暗殺者組合の酒場の片隅で、木樽のジョッキに波が立つ。
「……さっきは何を話してたの?」
「あんたがバカだってことよ」
表の喧騒がなりを潜め、裏の舞台が幕を上げた頃。ミアとリーシャは暗殺者組合の酒場で女子会、もとい依頼の打ち合わせを行っていた。
唐突に舞い込んできた重要な依頼に戸惑っていたミアだったが、それ以上に不可解な点を感じていた。
まず挙げられるのはリーシャが依頼を受ける必然性である。他の組合員が依頼を受けていない現状。ミアにはリーシャが躍起になって動く必要はないように感じられる。
それこそ、先日の一件でリーシャを邪険に扱い組合を出て行ったミアを挑発してまで。初めて出会った時の言動からは考えられない勤勉さだった。
加えて、先ほどのメアの忠告。
依頼はまだ終わっていない。胡散臭い占い師の言にいちいち振り回されることほど無駄ことはないと思う一方で、その忠告が警鐘を慣らすかの如く後ろ髪を激しく引いていることに漠然とした焦りを感じていた。
「もしかして、裏があると思ってる?」
「そんなのわかりきってるでしょ」
ミアは自分の心の中を見透かすように瞳を覗き込むリーシャから逃げるようにそっぽをむいて悪態をつく。初めて会った頃は虎の威を借る狐。悲しい咬ませ犬と言う認識だったが、いつしかリーシャという存在が、池の底に落としてしまったように見えなくなっていた。
「わざわざボクがしょっぱい仕事をしてる理由がわかんないって顔してるね」
「……」
そんなミアの心中を両手でかき乱すように、リーシャは笑顔で核心をつく。
「簡単な話、等級をあげたければ依頼の質を落としちゃいけないんだ。そして、初めて依頼の質を落とした時、そこが暗殺者の生まれ持った素質ってわけ」
「……それであんたは身の丈に合わない依頼をこなす必要があるってことね」
リーシャの話は眉唾ではあったが、組合内での人脈がゼロに等しいミアにとって唯一の情報源であることだけは確かな情報だった。ここには依頼主とターゲットの情報や依頼の背景を一から調べてくれるバーテンもいなければ、確実な情報を斡旋する占い師もいない。
今まで身一つで稼いできたと思っていたミアだったが、その事実に思いの外、疎外感を刺激されるのだった。
「そんなわけだから、一緒に依頼を受けてくれるよね?」
その言葉に、ミアは眉間のシワを深くする。
本来なら一考の余地もなくつっぱねるところだが、組合の制度に関する情報をリーシャに頼っている手前、無碍にできないのも事実だった。
「報酬次第ね」
しかし、そんな屈辱的な事実。認めることなどできようものか。ミアがどれだけ頼りたくとも、月夜の怪物がそうあってはならないのだった。
「もちろん。無報酬で殺しをしようなんて人を信用するわけには行かないしね。これでも、ボクはキミのことをすごく買ってるんだ」
買うのだから代価を払うのは当然。利害が一致しない関係などどう信用できようか。言外にそう滲ませての発言に、ミアはため息をついて肩を竦める。
「用意できるの? あんたに。騎士団の警戒網を潜り抜けて仮のターゲットの居場所まで侵入して、そこで待ち構えてる守護者を殺すなんて、相場なら金貨一山の依頼よ」
「ああ、依頼に関係ない人にはその辺教えられないんだ。残念だけど」
「じゃあ何であんたはこんな貧乏くじ引いたのよ」
「危ない匂いがしたからね。お金の匂い。それに、金の耳飾りの匂い」
殺し屋の依頼は危険度がませばますほど報酬が跳ね上がり、また、達成した時の評価も跳ね上がる。それが今回のように個人ではなく組織を相手取った依頼ならなおのこと。
ノルマに追われる中位以下の暗殺者が危険に飛び込む必要があるのにも納得がいくだろう。
「意味がわからない。普通にノルマこなしてれば良いんじゃないの?」
「それが難しいから頑張ってるんだ。簡単なノルマにしたら誰も上に上がろうとしなくなる」
しかし『ノルマ』の全容を理解していないミアからしてみればその苦労がわからないのも当然だろうか。今にして思えば、わからないことだらけである。わかるのは、組合のそれよりもバーテンの出すぶどう酒、もとい、酒場の依頼の方が性に合っているということくらいだった。
「ほら、依頼を受けるんだったら手続きしないと……あ……」
そう言ってリーシャは立ち上がり、しかしすぐに動きを止めて立ち尽くす。
立ち尽くし、この世の終わりのような表情を浮かべてミアの方へと向き直り、「ごめん」と言って両手を目の前で合わせ、直後、びくりと肩を震わせる。
「……面白そうな話をしているではないか。吾輩も混ぜてくれるよな?」
そして、どこからともなく響いたその声と共に白い手袋が二つ。無慈悲にリーシャの両肩を攫っていったのだった。
新キャラの気配




