初めてのおつかい4
「……あいつ、ここにくる意味あった?」
「さあ」
昼の骨董店は、一人の人間がいなくなっただけで静まり返る。
それは平素の静けさを取り戻しただけだったが、先ほどまで騒々しかっただけに、ミアは一抹の落ち着かなさを覚える。
そして、それを認めたくないとばかりに本題に入る。
「それで、どうしたのよ」
「リーシャさんのことです。ミアさんも気づいているでしょう?」
「……まあ、いろいろおかしいとは思うけど」
ミアがそう思ったのは、単にリーシャの言動からである。
買い物に行こうと言いつつも彼女は特に情報を得ることもなく、何か道具を購入することもないままにミアの言葉一つで商会を後にしたのだ。ミアでなくともおかしいという感想を持つのは必然だろう。
「……おかしいのはあなたも一緒です。なぜあんな面倒ごとを運んでくる輩と行動を共にしているのですか? ここにはたまにしか顔を出してくれないというのに」
「……暗殺者組合のことには疎いのよ」
まさか先ほどの屋敷での出来事を説明するわけにもいかず、メアの質問に遠回しな返答をするミア。
それは確かに真実ではあるが、同時に心の内を全て語っているわけではない。
「ミアさんは私が占い師だということをお忘れのようですね。言ったはずですが? あなたのことは全てお見通しだと」
「じゃあ何で質問したのよ」
当然、占い師でなくとも見透かされるのも無理ないだろう。しかし、たとえ全て見透かされていたとしても、それを改めて自分の口から出すのは訳が違うのだった。相手が胡散臭い占い師であるならば、なおのこと。
「気になる人のことはもっと知りたいではないですか」
メアは時折、と言ってもいつもだが。真意の読めない言動を取る。それは占い師としての性だろうか。
「……はあ。それで、あいつがどうしたのよ」
ミアは本格的に自分をからかい始めた妹分にうんざりしたような顔を向けて続きを促す。
一方のメアは水晶を覗き込み、「正直にいって、あなた以外のことは興味ないのですが……」と言いつつ顔をしかめ、面倒臭そうな声音を隠そうともせず告げる。
「どうやら、依頼はまだ終わっていないようです。お気をつけて」
強調された、『依頼』という単語。それは前回の、カイを殺す依頼ということだろうか。確かに殺すことこそ出来なかったものの、依頼はバーテンによって取り下げられ、失敗とも成功ともつかない形でことなきを得たはずである。
「当たり前じゃない。まだ始まってすらいないんだから」
そこまで考えたところでミアはいつもの芝居じみた見送りのセリフだと解釈して諦めたとばかりにため息をつく。
「……まったく、まだ気付いていないのですか。先日の依頼の、本当のターゲットは……」
「はいはい、いつもの煽り文句ね。詐欺師に騙されて高いツボかなんか買わされないうちに逃げないと」
何か含みのある占い師の発言に後ろ髪を引かれながらも、メアがあえて不安を煽ることで高い買い物をさせようとしているだけだと判断したミアはそれを振り払うように踵を返し、大股で歩き出す。
「じゃ、行ってくるわ。あんたはいつも通り、果報と返済を待ってればいいのよ」
その勇しげな声を最後に、骨董店が平素の静けさを取り戻したのだった。
「……そうですね。いつも通り、私の占いが外れることを祈るばかりです。お元気で、ミアさん」
その言葉は、扉の開閉音に紛れてミアに届かず消えていった。




