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初めてのおつかい3

「囮になること、ですね」


 メアの口から放たれたその言葉は、ミアを驚愕させるのに十分すぎる威力を持つものだった。

 生まれてからこの方単独行動を得意としてきたミアには、囮という役目をこなした経験がない。


「よくわかったね。君の戸惑った顔が見てみたかったんだけど」

「まあ、()()()()()()()()事を構えるメリットもないですしね」

「……」


 しかしながら、二人の会話についていけない現場においては囮という概念が漠然としているのも事実。そう考えれば、軽はずみに拒否して他の案を提案することもできないのだった。


「ありゃりゃ。そこまでお見通しなんだ。流石、悪魔の巫女。ディフェンダーよりよっぽどだね」


何か言いたげなミアの視線を意に介すそぶりもなくリーシャは愉快そうに笑い、


「元締めは同じなのですから仲良くするべきでは? 私も、あなた達も……、それに、自分からそう名乗った覚えはありません。悪魔に魂を売った覚えはないのです」


 一方のメアはそう言って不満げにリーシャの笑みに抗議の視線を向ける。


「それはそうだ。キミたちを敵に回したくないしね」

「だったら敵を作るようなことに首を突っ込むのやめなさいよ。めんどくさいったらありゃしない」


 その視線に、リーシャはあくまで悪魔のくだりには触れるつもりはないと言った様子で白々しく肩を竦め、一方のミアは悪態を隠そうとする気配もない。


「知ってる? おっきい敵をつくるとそいつらの敵が味方になるんだ」


 その間もリーシャは不必要なまでに周りくどく、ミアの神経を逆撫でするように話し続ける。

 敵の敵は味方。そして、味方の団結には共通の敵は必須。それは単独行、もとい、自分の力で生きてきたミアには馴染みのない考え方だった。

 が、確かに裏の勢力の敵である守護者に手出しされないためには強力な殺し屋たちが協力し、暗殺者組合という誰にも手出しできないような勢力を作り上げるしかないだろう。


 そして、リスクをとってより大きなリターンを。裏ではよくある話でもある。

 もっとも、ミアのように巻き込まれるだけの存在にはリスクしかないのだが、それは殺しに巻き込まれたターゲットも同じことだろうか。


「というわけで、ボクは暗殺者組合のために面倒ごとに首を突っ込まなきゃならないわけ。もちろん、キミは強い味方になってくれるよね?」

「嫌よめんどくさい。一人でやんなさいよ」

「ボク一人だと失敗するかもしれないよ? そしたら暗殺者組合は剣と一緒に大義名分を掲げた守護者に殲滅されて木っ端微塵。キミは最悪殺されるか、よくて無職の哀れな女の子。生きていく方法なんて限られてる」


 唐突の宣告。それも、今こうして説明を受けている依頼が暗殺者組合の存続に関わるものだという。大方、リーシャのノルマが切羽詰まっているために自分に助けを求めにきたと思っていたミアだったが、彼女の言葉に密かに認識を改め、 そして、それを悟られぬように肩を竦める。


「では、私は守護者(ディフェンダー)に嘘の情報を流せばいいのですね。月夜の怪物が何某かを狙っていると。確実に守護者を釣れるように公的な勢力、それも、ありがちな動機を装うために暗殺者組合と敵対している傭兵団。もしくは騎士団あたりに。副収入も得られて、割といい条件の仕事内容です。……何より、初めてミアさんの仕事に直接関与できますしね」


 ミアから反論が上がらないのを確認したメアは、用意していたかのように自分のやるべき仕事とその動機まで説明してみせる。先日の『ここでただあなたが戻るのを待っているなんて耐えられません』というメアのセリフを思い出してしまえば、ますますミアに反論などできなくなるだろう。


「まったく、依頼を請け負う前から貧乏くじを引いてたってわけね……他の連中はどうしたのよ」


そんな状況で、ミアはため息と悪態はつけど、文句をつけることなどできないのだった。


「誘ったボクがいうのも何だけど、こんな面倒くさい話聞いてくれるのキミくらいのものだよ。暗殺者が持ってくる話を聞こうとするなんて、よっぽどお人好しだね」

「うっさいわね……」


 そう、ミアには話を聞く義理など最初からなかったのだ。そもそも、ミアが邪険に扱った相手が本拠地に乗り込んできた時点で本来は警戒するべきだった。


 しかし、頭を冷やす名目で屋敷から離れる必要があったことも事実であり、また、お買い物という単語の意味を考えられる精神状態ではなかったことも事実だった。


 依頼の失敗しかり、ここ最近でよく遭遇する大失態。その逃れられない事実の数々は、当時のミアの判断力を奪うのに十分だった。

 

「それに、守護者に襲われて逃げてきたんでしょ? 君は守護者たちのターゲットになってるわけだし、囮として適任。君も守護者を殺さないと一生、つまり死ぬまで狙われることになる」


 リーシャの指摘に、逃げ場のない後悔の念がミアを襲う。それは中途半端に話を聞いてしまったからか、はたまた暗殺者組合に足を踏み入れてしまったことか、あるいは。


 ——視線?


 ふと、後悔の念に混じって、じっとみつめられているような感覚がミアの首筋を撫でる。


「……」


 視線の主であるところのメアはミアが気づいたのを確認したかのように親指を立て、そのまま後方の骨董店を指差し、クイ、と促すように顔を上げる。


——珍しいわね……。


 その表情に普段より真剣味を帯びた色を感じたミアは立ち上がり……。


「じゃあ、組合に手続きしに行こう。いやあ、協力者ができてよかったよ」

「……ちょっとまってなさい。まだ依頼を受けるとは言ってない。それに、あたしは用意することがあるから」


 扉を開いて出ていこうとするリーシャを呼び止めてから告げ、メアを一瞥する。

 メアは目を合わせてうなずき、「そうです。彼女はお得意様なので。依頼の度に商会を潤してもらわないと困ります」と軽口を叩いて立ち上がり、隣室、もとい骨董店へと戻っていった。


「了解。月夜の怪物がどんな仕事道具を使ってるのか気になるところだけど、それこそ情報料が要るお話だもんね」


 それと同時、ホコリを引きずる音とともに一筋の風が「それじゃ」という置き土産を残して去って行ったのだった。


不穏なメアの視線は、一体何を示唆する物だったのでしょうか。

それはすぐに明かされることになります。

お楽しみに。

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