初めてのおつかい2
「今日のターゲットは、守護者なんだ」
裏の応接室に似合わない明るい声が響く。
ところ変わって商会ナイトメア応接室。小綺麗な室内で交わされるのは、裏に似つかわしく小汚いお仕事のお話だった。
子供部屋ほどの広さの骨董店から一転。日の光に浮かび上がる小綺麗に整頓された応接室において、裏の話はよく映えた。
中央のテーブルから顔を出すメアは、対面に腰を下ろすミア、そしてその隣で腰に手を当てて羊皮紙に目を通すリーシャを交互に、興味深げに眺めている。
「守護者あ? 嫌よ、ずっと敵に回すなって言われてたんだから。あんた一人で行けばいいじゃない」
「ん? ……ああ、それじゃあ意味がないんだ。あと、ボク一人じゃ無理。もちろん、キミ一人でもね」
背中越しから放たれる辛辣な意見に飄々とした返答をするリーシャ。
本来ならミアが信用ならない者に背中を預けることはない。しかしながら、頑なに同じ椅子に座ろうとするリーシャに嫌気が差したミアは仕方なく背後に信用ならない暗殺者を配することとなったのだ。
ただ、そうしなければ対面の妹分から後で粘着質に嫌味を聞かされることとなっただろう。それを考えると、現状が最善の位置関係である。
また、信用できないという観点において、占い師以上に信用できない者はいないということも事実だった。
そんなことを逃避気味に考えつつも、それらを押し留めるようにため息をついて軽口を叩く。
「別に、あたし一人で十分よ。ただ、あとから報復されたら面倒なだけで」
挑発的なリーシャの発言に眉を顰めつつ、それを取り繕うような発言。少なくとも周囲にはそう見えるだろう。そして、そんな胸の内はお見通しだとばかりにリーシャはますます笑みを深くする。
「それが大口じゃないところが怖いところでもあり、頼もしいよね。でも……」
「何よ」
観念したかのように不機嫌さをあらわにするミア。いくら昼前だからといっても、彼女が本心から不機嫌になることは稀だった。それは、自分の領域に土足で踏み込まれたからだろうか。はたまた。
ミアは考えても詮無いことを考え始める。そんな、側から見れば拗ねているようにも見えるミアをからかうように、焦らすようにリーシャは一拍置いていう。
「暗殺者が失敗するかもしれない状況で仕事をするわけがないじゃないか。殺し屋じゃあるまいし」
「まあ、ノルマに追われたらその限りじゃないんだけど」と言って苦笑するリーシャに、ミアは胡乱げな視線を向ける。
「……なに、あたしとあんたなら絶対成功するって言うの? 痕跡を残さず、どこにあるのかもわからない守護者のアジトに侵入して脱出するのは不可能。それこそ、あんたを置いて逃げるくらいしないと」
事実、守護者とはその数自体は少数ながらも、一人一人が史上の様々な事件に大きく関与しており、またそのアジトは難攻不落な上に所在を知る者はいない。と、語られている。
そして、そんなアジトから守護者を殺して無事脱出できるとすれば、それこそ御伽噺に語られる類の殺し屋の仕事だろう。
「ボクのことまで考えてくれてたのは嬉しいけど、残念ながら不正解。惜しかったね」
「……そうですね。暗殺者組合にはまだ守護者達と事を構えるほどの戦力はないでしょうし」
そんなことは説明するまでもなくこの場にいるものなら心得ている。そう揶揄するようなリーシャの笑みと何かをほのめかすようなメアのセリフに、ミアは殊更に苛立ちを募らせる。
「……もったいぶってないでさっさと教えなさいよ」
結局、二人の話についていけないミアは拗ねたように腕を組んで悪態をつくしかないのだった。
一方のリーシャは、先ほどからの流れを踏襲するようにミアの態度に笑みを深め、軽口を開く。
「あはは、今回の君の仕事は……」
開きかけ、リーシャは続きを促すように対面のメアをちらりと一瞥する。
暗殺者に見据えられた占い師は不用意に目を合わせたことを後悔するように肩を竦め、ため息をついた。そして卓上にごとりと置かれた水晶を覗き込んで呟く。
「……囮になること、ですね」
「……はあ?」
囮になるとはどういうことなのでしょうか。そして、守護者を倒す依頼の真相とは。
是非お楽しみに。




