暗殺者として、ミアとして 〜後編〜
公募のため投稿を休んでいましたが、少し時間ができたので書きました。
「あ、あんたいきなり何言って……タチの悪い冗談はやめなさいよ……!」
唐突に耳に届いた衝撃的な一言に、ミアはカイの方へ振り向いて抗議の視線を向けざるを得なかった。
それはやはり荒唐無稽な与太話だろう。少なくとも彼女にはそうとしか考えることができなかった。
なにせ、その文言はカイの口から出てくる類のものではない。そして、ミアに向けて放たれるはずもない言葉だった。
彼女の言ったように、タチの悪い冗談と考えるのが普通だろう。
「冗談でこんなことは言わねえよ。というか……どうした? そんな動揺して」
「……動揺なんてしてないわよ」
しかし、現場にはいつものような軽い空気が流れることはなかった。
ミアが動揺せざるを得なくなった原因であるところのカイは困惑したような様子でミアの様子を伺うように瞳を覗き込む。しかし、困惑しているのはこちらの方である。ミアは慌てまじりにそう思いつつ、顔に浮かんだ表情を隠すように、視線をそらすように勢いよくそっぽをむく。
「……」
向いて、先ほど放たれた言葉を反芻する。
俺のために生きろ。意図が読めないその提案は、今まで数多の恨み節を一身に受けてきたミアには持て余す発言だった。
ましてや、面と向かって『生きろ』と言われたとすればなおのこと。殺しを生業とするミアの心に真っ直ぐ響いたのだった。
——そんなの……そんなのまるで……。
しかし、数多の死線を潜り抜けてきたミアがその程度のことで動揺することはない。
問題となるのはその文言である。
どこかで聞いたようなその文言はまるで……。
——まるで、告白じゃない。
カイの放った言葉は、愛する者に囁くようなそれだった。
殺し屋として途方もないほどの経験を重ねてきたミアであっても、恋愛方面への経験は疎い。
ましてや、唐突にその手のセリフを言われた日には、動揺することも致し方ないだろう。
「……腹でも痛いのか?」
「……どういう了見?」
しかし続けて耳に届いた、気遣うような発言にミアはいつもの射抜くような鋭い視線と冷静さを取り戻す。
仮に先ほどの発言がミアの想像するような意図を含む物だとすれば、こちらの様子の変化を気遣う発言が出るはずもない。カイが意味不明な言動をすることで相手の反応を楽しむような精神病質的思考の持ち主だと言うのなら話は別だが、彼の日頃の言動からはそう言った面は見受けられない。だとすれば、何か重大な勘違いが働いていると考えるのが自然だった。
「何が」
「さっきの話」
肩を竦めて問いかけるカイに、ミアはため息まじりに言う。
「……まあ、立ち話もなんだってやつだ」
「意味わかんない」
そう言いつつもミアは倒れている——先ほど立ち上がった勢いで倒した椅子を起こし、どっかと勢いよく腰を落ち着ける。
「それで、あんたのために生きるっていうのは?」
そして、頬杖をついて目の前の青年を睨み付ける。瞳に捉えられたカイは視線をそらすように、昔を思い出すように上をむいて呟くように洩らす。
「……いや、こうやって嬢ちゃんを起こして。飯作って。友達と一緒に遊びに行くのを送り出すってのも、生き方の一つなんじゃないかって」
「友達じゃないわよ」
「なら、仕事って言った方がよかったか?」
「……」
友達という言葉に食いついたミアが顔をしかめて黙り込んだのを確認したかのようにカイは続ける。
「つまりだな。嬢ちゃんが毎日元気にしてれば俺はそこに生きる意味を見出せるんじゃないかって」
「……?」
「生きる意味があれば生きてるって言えるんじゃないかって話だ……って、なんだよその顔」
不死者であるカイの口から生きる意味に関する言葉が出てきたことに、ミアは呆れたような、呆けたような顔をして目の前の青年を見つめる。
「え。だってあんた死なないじゃない。嫌味?」
「まあ、そうなんだが」
しかし、白い頭を掻いてお手上げとばかりに言うカイの姿にミアは平素の表情を取り戻し、ついでくすりと苦笑する。
「……でも、言いたいことはわかるわ。あんたが生きてるって思えれば、それはあたしのおかげになるってわけね。そうすれば、あたしは一人のバカを生かしてることに意味を見いだせる」
「簡単だろ?」
「ばっか、自分で見出さないと意味ないって言ってるでしょ」
そして立ち上がり、踵を返す。何故だか、この空気に耐えきれなかったのだ。
「気をつけてな」
という言葉は、重々しく響いた扉の開閉音に紛れて消えた。本来響くはずの、もう一つの言葉と共に。
次は、メアの骨董店でのお話に戻ります。そして、新たな事件が引き起こされる。
是非お楽しみに。
評価は、ページの下の方からできるんですよ、実は。
評価をするだけの労力を使っても良いと思える作品を描きたい。




