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暗殺者として、ミアとして 〜中編〜


「相変わらず、足の踏み場もないわね」


 ところ変わって、商会ナイトメア。

 昼の骨董店は、夜にはない独特の雰囲気を内包していた。

 平素ならあたりをてらす蝋燭の光はなりを潜め、代わりに色あせた茶色のカーテンから差し込む陽の光があたりに漂う埃を浮かびあげるように照らしている。


 そして、いつもと違う骨董品店の中央。そこに鎮座する卓において唯一、店主である占い師メアだけが平素と変わらぬ佇まいでたたずんでいた。


「……そろそろくる頃だと思っていました。ミアさん……と、あなたは?」


 小首をかしげてリーシャを見つめるメアに、リーシャは笑顔で片手を上げ、空いた手の指で自らの頬を指差す。


「恋人でーす」

「ただの同業者よ。それより、何であんたが昼間から店にいるわけ?」

「あなたがくると思ったからですよ」

「あ、もしかして二人そういう関係?」


 頭を押さえながらのミアの質問に端的に答えメア。それに詰め寄るリーシャ。すでに店内には三人の空気が流れ始めていた。


 女三人よれば姦しいとは言うが、実際にこのやりとりを煩わしく思っているのは槍玉にあげられるミアだけだろう。他の二人は、ミアの反応を楽しんでいる節があった。出会ったばかりだというのに息の合う占い師と暗殺者である。


「うるさいうるさい! あんたたちいったい何なのよ!」


 ()()()()()でその手の話に敏感になっていたミアは頭を押さえて天を仰ぎ、結んだ髪を揺らして喚き散らす。喚き散らし、二人はさらに顔を赤くするミアを見てほくそ笑んだ。


 ——本当に、煩い奴ら。どうしてこんなことに……。


 諦めたような笑みから、心からのため息が漏れたのだった。


 ——どうしてこんなことに……。

 骨董店の卓に頬杖をついてため息をつくミア。思い出すのは、先ほどの奇妙な食卓。何年ぶりかもわからない、朝食の光景だった。



「……朝食ってのも悪くないわね」

「それは何より。成長期なんだからなるべく三食とった方がいいぞ?」

「別に、日が出てる間は寝てるんだから関係ないわよ」


 屋敷の食堂で朝の食卓を彩るのは、並んだ食器と湯気を立てる豆のスープに小麦のパン、二つの目玉焼きといった、見た目の割に贅沢な軽食。そして、


「寝る子は育つってのはただの慣用句らしいな。特に、嬢ちゃんを見ていると」


 やたらと横に長いテーブル越しにやりとりされる、打てば響くような軽口だった。それは仕事中に携帯食を齧るのとは違った感覚をミアに覚えさせる。

 朝っぱらからフライパンで叩き起こされるのと等価交換になるかどうかは議論の余地があるが、こんな食卓も悪くない。


 ただ、自分の体型を揶揄するような発言は見過ごせない。あとでなんらかの形で精算してもらうべきか。


「……」


 そんな様々な考えがミアの頭によぎるのと同時。彼女は自分の思考を反芻して内心頭を抱える。


 あとで。簡単に考えてはいるが、ただでさえ身の回りの変化が目に付く今日この頃。先のことを考えている余裕もなければ、何も考えないで行動する勇気もない。少なくとも、ふとした時にそんなことを考えてしまうようになったのも彼女の変化のうちだろうか。


 そもそも、この現状はミアの性格、というよりも目的が招いた状況に他ならない。

 自由になりたい。生まれたからには当たり前の願望だろう。少なくともミアはそう思っている。特に、裏の世界に無理やり引きずりこまれた彼女ならば、尚のことそうだろう。


「……このスープ。ちょっと塩っぱいんじゃないの?」


 しかし、思い出すのは暗殺者組合でのリーシャの言葉。

 裏社会でも普通の幸せを見つけて、それに倣って生きているものもいる。そして、彼らの命を奪ったのはミア自身である、と。リーシャの口ぶりから察するに、それはミアが撃退した暗殺者(ふたりぐみ)のことを指しての発言だろう。


 たとえ意図せずのことであっても、ミアが二人の幸せとその子供の未来を奪ってしまったことには変わらない。


 ——あたしも、お父さんやお母さんを殺したやつとなんら変わらない? どうせあたしは、人殺しの化物だっていうの? 化物は、自分の人生を生きちゃいけない?


「……なあ」


 耐えられないような昏い考えがミアの脳裏をよぎも、ふと、気を遣うような声がミアの鼓膜に響く。そして、そんな考えから彼女はひとまず解放されることとなった。


「……なによ」


 怪訝そうな顔を隠そうともせずに、ミアはカイを鋭く睨み付ける。


「いや? なんつうか、嬢ちゃんは大事にされてるんだなって」

「……?」

「裏に生きておいて、自分の人生だ生き様だ生きる意味だなんて考えてるのは嬢ちゃんくらいのもんなんだろうなって」


 カイは努めて落ち着いて、昔を思い出すように呟く。

 その言葉にミアは片手に持ったスプーンをテーブルに叩きつけ、抗議の視線をカイに向ける。


「ちょっと、誰から聞いたわけ?」

「玄関先の客人だよ。聞いてもないのに昨日の夜のことや嬢ちゃんのことをぺらぺら話してきてな……あのにやけづらはもう二度と思い出したくない」

「……それは災難だったわね」


 しかし、玄関先の客人という言葉に浮かせた腰を落とす。

 恐れ知らずな月夜の怪物といえど、メアしかり、バーテンしかり、目の前の青年しかり。苦手な存在は何人かあげられる。そして、その筆頭となりつつあるのが玄関先で待っているであろう客人、リーシャである。客人の正体はユーリとカイの口ぶりから疑いようはない。問題は相手がリーシャだということだ。


 ミアにとって彼女は苦手というより、どう接していいかわからないと言ったところだろう。

 なにせ、自分の利益のために組合の情報を引き出し、手切れ金代わりに金貨を置いてまで会話を中断してきたのだ。今になって考えればずいぶん大人気ない対応だっただろう。


 本来ならそれは間違った選択とはならないはずだった。しかし、わざわざ自分に会いに屋敷を訪ねてくるなど想定できようはずもなかった。


「……叶いようがない夢を見たらいけないわけ?」


 それは、無意識のうちに会話を継続しようとしての発言だった。流石に、今の心持ちで平常心を保てるとは思えない。そして、リーシャにはそれが見透かされてしまうだろう。他人の前で弱いところを見せるのはミアにとって許せることではない。それも今更ではあるが。


 そんなミアの意図を組んでか、カイも別段急かすようなことはせずに会話を続ける。


「いや、俺もたまに考えるんだ。星が綺麗な夜に。あのたくさんの星のどれか一つくらいは、こんな世界とは違って平和で、殺し屋がいなくても回ってる。食うに困るやつもいないし、虐げられるやつもいない。誰もが幸せに暮らしてる。そんな世界があるんじゃないかって」

「……星?」

「ああ。知ってたか? 俺たちが立ってるのも星の上らしいぞ?」


 唐突に語られる難解な話にミアは小首を傾げて考える。しかし、よく考えてみれば荒唐無稽な与太話。考えるだけ無駄だろう。


「……なにいってるのよ。そんな世界があったってあたしたちには関係ない。それに、あんなに光ってるんだからどうせすごく熱いに決まってるじゃない」

「そうだな。たとえ幸せな世界でも、俺たちがそこに行ったらその限りじゃないんだろうな。きっと何かに身を焦がされることになる。嫉妬か、恨みか、某かに」

「……つまり、あたしにとって表の世界は夜空に浮かぶ星だって言いたいわけ? バーテンみたいなこと言うわね」

「バーテンさんとどういう会話をしてたかは知らないが、側から見たら星に手を伸ばそうとしてるだけにしか見えないってことだ。そして、それは御伽噺みたいにはいかない」


 改めて言われると、いかに自分が贅沢な望みを持っていたかがわかるというものだ。いや、最初から分かってはいた。たとえ借金を全て返済して自由になっても、月夜の怪物の名前は生き続ける。そして、月夜の怪物に恨みを持っている者も。なぜ分かっていても、幻覚まみれの夢を追いかけてしまうのだろうか。

 いっそのこと足を踏み外してしまえば。自分の人生を諦めてしまえばあるいは。


「だけど、知ってたか? 星ってのは落ちてくることもあるんだ」

「……何が言いたいの?」


 何度目かもわからない嫌な考えがミアの頭に浮かんだのと同時。珍しくミアの方を真っ直ぐに見たカイは、ミアに意図の読めない問いかけをする。


「ほら、願いは流れ星にってやつ」

「……馬鹿にしてるの? そんなの信じるほど子供じゃない」

「いっそ、子供になれれば楽なのかもな」

「はいはい、あたしはもう行くから。これ以上待たせるとまた変なこと勘繰られかねない」


 ため息まじりに放たれたそれをいつもの軽口だと判断したミアは立ち上がり、玄関の方へ歩いていこうとする。


「……か?」

「なんて?」


 しかし、それを引き止めるように紡がれた言葉に、ミアは足を止めて振り返る。

 それを確認したカイはあくまで平素と変わらぬ口調と声音で、軽口を叩くように繰り返す。


「生きる意味がわからないんだったら、俺のために生きてみないか?」

 それと同時、ミアの背筋に隕石が落ちるような衝撃が彗星の如く突き抜けて行ったのだった。


カイの発言の真意とは。次回もお楽しみに。

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