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暗殺者として、ミアとして 〜前編〜


 ——うるさいわね……。


 ミアが暗殺者組合に足を踏み入れた翌日のこと。二日酔いでもないのに関わらず、彼女頭の奥に鐘が鳴るかのような音が響いていた。


 夜の月明かり……ではなく朝の陽光が屋敷の色あせたカーテンから差し始めた頃。ミアは騒々しい音に寝具の上で目を覚まし、肢体にかかっていた布切れを退ける。


「……なんのつもり?」


 ミアは忌々しげに上体を起こし、欠伸まじりに目尻をこすりながら、騒々しい音の源を、扉の前でフライパンを片手に携えて立ち尽くす白皙の青年を鋭く睨みつける。


「嬢ちゃんに客が来てる。それと、飯」

「朝食って言って待たせときなさい。あたしに用事があるやつなんてろくなやつじゃない」


 そう言いつつもミアはどこからか絹紐を取り出し、すぐに髪をまとめ始める。

 確かにそうだろう。ミアに用があるとすれば、二つの意味でミアへの依頼か、借金の取り立てくらいのものだろう。どちらであっても、尋常な立場のものではない。ただ、それらは暗殺者となったことで目に見えない、明記されない特権を手に入れたミアにはすでに縁の薄いものではあるが。


「……同感だな」


 髪を結びながらおざなりに投げられるミアの軽口に思うところがあったのか、カイは得心したとばかりにうなずき、背中を向けて回廊へと戻っていった。


『……ねえ、玄関の彼女、お友達だよね』

「……違うわよ。あたしに友達なんていうよくわからない存在はいない」

『じゃあ、ボクはキミの何なのかな? ついでに、お兄さんは?』


 その問いはミアにとっても、ユーリにとっても意味のないものだろう。思念であるユーリにとって、主人の心情を読むことなど造作もない。そして、長年行動を共にしている二人である。そんな二人の関係性を表すことができる言葉など、一つしかない。


「……」


 しかし、カイはどうなのだろうか。彼はミアにとってどう言った存在なのだろうか。依頼は取り下げられ、本来は無関係な他人に戻るはずだった。いや、実際に無関係な他人なのかもしれない。しかし、ミアは一見利益もないのにカイを守り、カイは家賃もなしに自分の命を狙った暗殺者を住まわせている。

 それを矛盾と言わず何と言えようか。


「……もう、煩すぎるのよ。あんたもバーテンもメアもあいつも。全員」


 ミアは頭を捻ってそう結論づける。それは、ミアの考えの根本である『人間は本質的に自分のために行動している』という価値観を揺るがすものだった。


『やっと気づいたの? そう、キミはずいぶん幸せ者なんだよ』

「……そんなわけない。幸せなら……何であたしはこの状況を変えたいの?」


 そしてユーリの言葉に髪を結ぶ手を止め、俯いて呟く。

 解けた髪がその表情を多い尽くし、助けを乞うようなその言葉は、誰の耳に届くことなく消えていった。



「……どうしたの? 顔赤いよ?」


 屋敷の玄関に、鈴を転がしたような、それでいて胡乱げな声が響く。


「……あんたこそどうしたのよ。あたし宛に依頼でも出されたの?」


 扉の前で待っていたのは、比喩ではあるが先日世話になった、リーシャと名乗る暗殺者の少女だった。そこ意地の悪いリーシャの笑みに、朝食を取ったばかりで寛ぎたいところのミアは殊更に顔をしかめる。


 まさか再び顔を合わせることになるとは思わなかった相手である。よもや恨みを買って自分宛に依頼が出されたのだろうか。そんな考えが彼女の脳裏をよぎる。


「半分正解で、半分外れかな。五十点だね」


 しかし、ミアに依頼が出されたのなら依頼主であろうリーシャが出向いてくるのはおかしな話だ。まさか自分自身に依頼を出すなどというただ働き同然の滑稽な話は聞いたことがない。また、そんなことを尋ねるミアも同類だろう。


「……ぶん殴るわよ?」


ただ、一言余計である。そんな考えが傍目にもわかるほどにミアは眉根を寄せて唇を尖らせる。


「あはは、殺さないんだね」

「……用件は?」


 手が出る前に口が出るのはミアが温厚だからか、はたまた普段から軽口を叩いているせいで口の方が軽くなっているからか。


 不機嫌を隠そうともしないミアにリーシャはニンマリと不敵な笑みを深め、両手を後ろ手に組んで少し低い姿勢からミアの瞳を覗き込む。


 そして、友人を驚かすように、からかうように笑う。


「お買い物しにいこ? 商会『ナイトメア』に」

「……は?」


 と、あの日から何度目かもわからない間抜けな声が朝の庭園に響いたのだった。


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