暗殺者組合4
「……ふうん、ミアっていうんだ。見た目の割りに可愛い名前だね」
「あんたは殺し屋の割りに馴れ馴れしい」
バーカウンターに、二人の少女の声が響く。興味津々と言った片方の高い声と煩わしげに突き放そうとする、比較的低めのもう片方。交互に響くそれを遠巻きにするその他大勢。
さしずめ、敵情視察といったところだろうか。実際のところ、リーシャと名乗った少女は暗殺者というよりも斥候と表現した方が正しいような風態ではある。
戦闘とは、何も表と裏の間でしか発生しないわけではない。むしろ、表以上に利害関係が二転三転する裏同士。そこでは常に刃の代わりに言葉を交えた情報戦が行われる。
そして、この場にいる誰もが敵か味方かの判断に頭を使っていた。特に、すでに組合員と刃を交えているミアの立場というのは本人の認識に反して危うい場所でバランスを保っている。
しかし、そんな背景を感じさせない斥候、もといリーシャと名乗った少女は、あくまでざっくばらんに言葉を紡ぐ。
「残念。ボクは殺し屋じゃなくて暗殺者なんだ。それに、殺すだけが殺し屋の仕事じゃないでしょ? 殺すことは大前提だけど」
殺し屋は殺すことが生業ではあるが、実際に殺しを行っている時間というのは存外短い。
『殺し』という行為にはいつ依頼が来ても対応できるように準備するところから、殺した相手の後始末。加えて事前の情報収集など、多くの工程が含まれている。であれば、殺し屋の仕事は殺すだけではないという、一見矛盾を孕んだ発言にも納得ができるだろう。
「殺すだけよ。過程がどうあれ、殺したことに変わらない」
しかし、その本質はあくまで殺すこと。殺すために事前準備をすれば、殺したために後始末もする。それらは殺しという行為が存在しなければ成立することはない。
そして、一度殺せば手は血に塗れ、素面で表は歩けまい。血に酔った殺し屋が素面かどうかは一考の余地があるが。
「はは〜ん。月夜の怪物といえど、まだ殺し屋気分みたいだね。……よし。新米暗殺者さんに、ボクが手解きしてあげるよ」
「……あっそ。好きにすれば?」
「……急にどうしたの?」
先輩風を吹かすようなその発言に、ミアはそっぽを向いて頬杖をつく。
リーシャはそんなミアの態度に怪訝そうな顔を浮かべるが、すぐに得心したといった表情をうかべ、すぐに元の表情に戻す。得心はしても納得はしていないと言わんばかりの表情だ。
「……もしかして、月夜の怪物って呼ばれるのが嫌なの?」
「……別に」
月夜の怪物という二つ名は、ミアが裏の人間と会うときには戒めのようについて回る。噂として遠方まで一人歩きし、裏社会で殺し屋としてのミアを象徴する記号。それは足かせであり、彼女を裏社会に縛りつける麻縄だ。変えることのできない現実に縛られているうちに理想との摩擦や軋轢で肌は傷つき、ますます表の世界で異質な存在感を放つだろう。
そんなミアの葛藤を知ってか知らずか、呆れたような表情から諭すような言葉が発せられる。
「じゃあ、これからミアって呼ばせてもらうけどさあ。正直に言って、捨てたほうがいいよ? 何をそんなに大事に抱えてるか知らないけどさ。名前とか、矜持とか。そんなのはこの界隈では足かせにしかならない。実際、ボクたちはもっと大事なものをたくさん奪ってきた。それくらいの代償は当然じゃない?」
「じゃあ、あんたは何を捨ててきたっていうのよ」
「そりゃあいろいろさ。名前だって変えすぎて親につけてもらったやつは覚えてないし、その親だって捨てた。それに……」
「それに?」
胡乱げに見上げる視線を待っていたとばかりにリーシャは|片目をつむる。
「女だって捨てた」
「……」
つむって、揶揄うように言う。その発言にどういった思惑が隠れているかはミアの預かり知るところではないが、何か含みがある物言いである。
あからさまに煙たそうな顔を浮かべるミアを前にしても、お構いなしとばかりにリーシャは続ける。
「もちろん、大事な物を背負って裏社会を歩く人もいる。組合にもいた。暗殺者同士で恋に落ちて、そのまま結婚して子育てをして。裏社会にいながら、普通の幸せを噛みしめてると思わない?」
確かに、そういった選択肢もあるだろう。普通の幸せをどう定義するかは価値観に依るとしか言いようがない。ただ、裏社会においても自分だけの幸せを定義づけることができれば、それは自分の人生を生きていると言うことができるだろう。
「……それで、幸せな二人の不幸な結末はどうなったのかしら」
ミアは、ある意味で自由に囚われている。そして、自由に生きるための代償として大金を稼ぐ必要がある。抱えた借金を返し、新しい人間として新しい人生を歩めるだけの金額を。
であれば、裏社会において幸せを噛みしめている件の二人にも何かしらの代償があってしかるべきという、僻みめいた発言だった。
そんなミアの心情を見透かすように口角を上げ、唐突に懐に潜り込むように顔を近づける。
そして、耳元で息を吹きかけるかのように囁いた。
「殺し屋に殺されたんだ。月夜の怪物っていう、有名で凶悪な殺し屋にね」
次からはずっとシリアスだと思います。




