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暗殺者組合3

ついにミアが暗殺者組合に足を踏み入れます。このまま、暗殺者としての人生を歩み出すのでしょうか。

 

 ——他所行きの靴で来てたら、明日の洗濯が大変だったでしょうね。


 暗澹とした森の中。その足元の、暗闇と植物の中に隠された獣道をミアはいつも通りの歩調で闊歩していた。森の中には木々の間から月明かりが差し込むことはなく、だからと言って寂しさを覚えるわけでもない。


 ただ、そこはかとなく似合わないと感じるのは名が体を表しているからではなく、彼女自身が大層な二つ名に侵食されてきているからだろう。月が出ていないと落ち着かない、とは。


「……」


 そんなことを思いながら、彼女は立ち止まる。立ち止まって、視界の中央に突如として現れた広場。その中央に佇む豪華な建造物に目を凝らす。


「ここね……」


 占い師から情報と交換で受け取った地図と周りの景色とを見比べてから、改めて目の前の建物の場違いさに額を抑える。


 立ち入り禁止の森林にできた獣道。その先に佇む、木々に隠された森の洋館。その目の前で立ち尽くす少女。童話の一ページのような状況だが、獣道はぬかるみに舗装され、洋館には暗闇においても灯が点いている様子はなく、さらには一面に蔓がびっしりと張っている。そして言わずもがな、少女は殺し屋である。綴られるとすれば童話の一ページではなく、依頼報告書の末ページだろうか。


「……」


 音を立てずに、そんな森の洋館、もとい暗殺者組合の入り口であるところの一枚板にミアは歩み寄る。ノッカーのないそれをまたもや音もなく開き、光のないエントランスに足を踏み入れる。


「……紹介状は」

「生憎、恐くてまだ見てないわ。天下の暗殺者組合からのお手紙だなんて、開いただけで殺されかねないし」


 それと同時、背後から響いた低く太い声に内心驚きつつ、それを隠すように軽口を叩く。

 唐突に声をかけてきたのは、ミアのそれとは対照的に重々しい口調と禿頭を携えた大男だった。扉の裏側に佇む筋骨隆々なその姿は、歴戦の勇士と言われても納得できるだろう。


「うちの者は挨拶を返さなかっただけで殺されたと聞いたが」


 そんな大男は、ミアに問いかけるように厳格な口を開く。


「行儀がなってない犬を躾けてあげたんだから感謝して欲しいところね。これでも、親にはきつく躾けられたんだから」

「貴様に親はいないと聞いたが?」

「生憎、大事なものは胸の奥にしまっておくタチなのよ。ほら、この通り」


 ミアは懐から封筒を取り出し、二度三度ひらひらと見せびらかすように揺らし、放る。

 至近距離から、加えて暗がりの中で放られたそれを片眉すら動かさずに受け取った男は、これまた光も通さずに手紙に目を通す。通して、片眉を上げる。


「……商会『()()()()()』の当主メアからの紹介か。これまた大物の紹介があったものだ。あの小童は滅多に()()に姿を現さないことで有名だったはずだが」

「あたしを人と認識してないんじゃない? 何せ、殺し屋が人間扱いされるほうが珍しいもの」


 『ナイトメア』とは、先ほどの占い師が経営する商会の名だ。悪魔の巫女、メア。腕利きの占い師である彼女の名前と情報網、ついでに扱っている商品は裏社会において絶大な信用を誇っている。多くの商人が商運を見極めるために多額の投資をする占い。それを自分で、しかも並外れた確度で行えるというのだから、成功しない方が難しいというものだ。その実年齢を加味すれば、末恐ろしい存在である。


「まあいい。さっそと先へ進むがいい、殺し屋の小娘。今日から貴様は暗殺者だ」

「ちっとも嬉しくないわよ」


 ミアは悪態を吐き、背後の男と一度も顔を合わすことなく事を済ませ、暗殺者組合へと足を踏み入れたのだった。同時に、裏から足を洗うことは不可能と思えるほどに難しくなる。そんな底無し沼を前にして怯む事をしないのは、本質に気づいていないからか、はたまた。


 ミアは呑気に室内を見回し、目の前の扉の片方に手を掛け、音を立てないようにしながら開き、足を踏み入れる。


 ——徹底してるわね。


 洋館内は、一風変わった構造をしていた。入り口の扉を抜けるとすぐに回廊が現れ、それは中央のホール。酒場と集会所が一体になったようなそれを囲む形となっているようだ。ホールの右半分には椅子とカウンターで構成される、見慣れた形式のバー。もう半分にはいくつかの円卓とそれを囲む椅子が設置されている。


 そして、入り口の目の前に設えられた両開きの二枚板がホールへの入り口だという。ホールには会話している相手の顔が見える程度には灯がついているが、窓のないホールの壁と回廊を挟んでしまえば光が外界へと漏れることはないだろう。外壁に蔓が張っていたのも外部からの隠蔽が目的だろうか。


 そして、ホール内にも異様な雰囲気が漂っていた。


 まずミアを出迎えたのは、十重二十重では効かないほどの数の視線。裏社会においてはこれほどの人数が集まることは稀であることが異様な雰囲気の原因だろう。


 ついで、目が行くのは席についていたり立ち話をしていたりする者達の服装。

 彼らは一様に暗色の外套を纏い、包帯や黒布で身体中を隠している者も見受けられる。まさに、暗殺者の集会場という形容がふさわしい。


 ここでは、素顔を晒しているミアの存在が異質なのだ。


「ご注文は」


 真っ先にバーカウンターに備えられた椅子に腰を落ち着けてしまったのは癖だろうか。腰掛けた瞬間にかけられた声に、メアから聞かされた文言を唱えるように呟く。


「首飾り……もしくは耳飾りだったかしら」

「月夜の怪物殿には首飾りが似合いそうだ」

「じゃあそれで……あと、ぶどう酒」

「かしこまりました。月夜の怪物は仕事前にぶどう酒を飲む、という噂は本当だったのですね」


 ミアは黒子のような出立のバーテンダーに向かって手の甲で追い払う仕草をし、少し考えてからぶどう酒を所望して頬杖をつく。

 なんとはなしに、素面ではこの空気に耐えられそうになかったのだった。


「……やあやあ、月夜の怪物さん。この間は、あの()()()()()()を返り討ちにしたんだって? やるじゃん」


 そんな空気を振り払うように、ミアの隣から笛のように澄んだ声が響く。


「……っ!」


唐突にかけられた声にミアは意図せず、勢いよく振り返り、声の主を睨み付ける。


「いった〜! 月夜の怪物は髪の毛も武器にするのか〜! こりゃあ一本取られたね!」


同時、ここ最近聞くことはなかった悲痛の声が上がる。


「そ、そうね。気をつけなさいよ。現場だったら死んでたわよ? 命は一つしかないんだから」


 鼻の頭を押さえてのけぞる銀髪の少女にミアは内心困惑しながらも、軽口を叩いて忠告する。振り向いた勢いで髪がぶつかってしまったのはミアの意図するところではないが、それを言ったところで自分の印象を落とすだけだ。

 

 目立っても狙われない方法は、中途半端ではない圧倒的な力を示し続けることだとわかっているからこその発言だった。


「ご忠告感謝ということで、お礼に名乗らせてもらうよ。ボクはリーシャ。ここにいれば当たり前だけど、暗殺者だよ」


 名乗りを上げた少女の声が、ミアの鼓膜にだけ響く。

 ついで、リーシャと名乗った少女がニカっと笑って小首を傾げる。それと同時に、その右耳に煌くしずくの如き耳飾りが、傾き、銀色に揺れた。


「キミの名前は?」


 この出会いが吉と出るか凶と出るか。それは占い師にも、神にもわからない。


久しぶりの新キャラですね。彼女との出会いが物語にどんな影響を及ぼすのか。お楽しみに。

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