暗殺者組合2
「……相変わらず、足の踏み場もないわね」
小鳥が鳴き始めるかどうかと言った未明のこと。ミアはいつもと変わらぬ文言で怪しげな骨董店の扉を開け放つ。
いつもと同じ文言は、いつもと同じことを思っているからではない。その言葉はむしろ、身分を証明する合言葉的な側面を強く持っていた。
「いらっしゃい……なんだ、またあなたですか」
そして、店主であるメアの返答も。それは骨董店としての営業と情報屋としての取引相手を分けるために必要不可欠な要素だった。この世界ではおなじみの、表と裏を分かつための配慮である。
「いつも言ってるけど、客人は笑顔で迎えるべきよね」
「昨日、隣町の酒場に可愛らしい看板娘が現れたと聞きましたが。きっと笑顔が素敵なお方なのでしょうね」
「あんたは一体どこから情報を手に入れてるのよ。まさか、全部占いってわけじゃないわよね」
メアは黙って肩を竦めるだけだった。胡散臭さだけは信用できるなんとも奇妙な少女とはミアの評だが、それはあながち間違いではないだろう。
「……それで、あなたがここに来たということはバーテンさんの紹介ですね。紹介状を見せてください」
「……占ったの?」
「いえ、旧領主邸の騒動にあなたが関わっていると聞いて」
ミアは占い師の情報量に内心舌を巻く。それと同時に、なぜ屋敷での騒動が、自分への招待状に関係するのかがわからないといった様子で首を傾げる。しかし、すぐにその答えは占い師の口から明かされることとなった。
「バーテンさんが紹介した今だから言いますが、彼の元にはすでに暗殺者組合から何度か招待状が届いているのですよ。もちろん、あなた宛に。月夜の怪物の名前は貴族連中の間でも評判ですから」
そして、ミアの中で一連の流れが明らかになる。
「なるほどね。おおかた、あたしを雇っておく利益よりも、あたしを組合に売り渡す利益の方が大きいと踏んだんでしょ。今はできるだけ早く大金を集める必要があるし……って、何よその目は」
「……いえ、なんでも」
何気ない発言に、占い師は呆れたような、それでいて慈しむような視線を向ける。そして、それを崩さぬまま諭すように言い聞かせる。
「たとえ裏の世界であっても、自分の利益のために行動している人ばかりではないのですよ?」
「当然。自分の利益のためだけに行動してたら、殺し屋に狙われるわ」
「……もう、わかってないですよね。バーテンさんもかわいそうに」
「なんであいつの名前が出てくるのよ」
「なんでもありません。それより、手続きを始めましょうか。それが本題でしょう」
もう話すことはないとばかりにそっけない顔で言う占い師の言動に小首を傾げながらも、ミアは立ち上がっていつものように奥の部屋へ消えていくメアについて行ったのだった。
*
扉のそばで待機していたメアは、ミアいつものようにがふんぞり帰って卓に着くのを確認してから、対面へと歩を進める。
「……これは手続きの際の様式美なのですが。お飲み物でも出しますか」
「いいから、さっさと手続きを進めなさいよ。占い師の出す飲み物なんて何が入ってるかわからないじゃない」
ミアは、卓について言うメアにめんどうくさそうに手を振って促す。
一方のメアはそれを見て口を尖らせるも、すぐに表情を消して封筒に目を落とす。表情には重要な意味が含まれていると言うことは、占い師が一番よく心得ているのだった。
「では、早速読み上げさせていただきます」
メアは封筒から中身を取り出し、ミアの目の前に腰掛けて読み上げ始める。それは何も、ミアが字を読めないわけでも、それを気遣ってのことでもない。もちろん、裏社会の人間は一部を除いてほとんどは文字が読めないということを鑑みるに、そういった側面もあるのだろうが。
「……背景、月夜の怪物殿。あなたのご活躍は遠方の地においてもたびたび耳にしております。つきましては、あなたを当組合へ招待いたします」
挨拶も、結びの言葉すらも省略された文面からは、有無を言わせないといった強い意思が感じられる。
一度は文字として視界に入った情報も、音として口から発せられれば否応なくその真意を実感できる。解釈の余地を許さない公的な文章は、はぐらかすことができないのだった。自分より立場が上の者から送られたのならばなおのこと。
裏社会の手紙は、送り主が信頼できるものに渡し、受け取り主に渡ったそれを占い師が読み上げることで文章として成立する。いわば、手紙受け取りの儀式と言うわけだ。
裏には簡単に他人に成り済ますことのできる人間はたくさんいる。それでいて、戸籍や住所すらも金で買うことができる裏社会において、それらを看破することができる占い師という存在は殺し屋と同様に重要な役割を担っていた。
「……」
「意訳すると、『腕の立つ殺し屋が暗殺者組合以外で依頼を請け負っているなどけしからん。組合員となり、暗殺者組合の発展のために尽力すべし。拒否権はない』といったところでしょうか」
パタリと手紙を綴じ、それを折りたたんで丁寧に封筒に入れ、灯に使っている蝋燭を傾けて封筒にたらし、メアは再び手紙を世界から隠蔽する。
「本当に横暴よね。なんで権力者ってのは力で世界を支配しようとするのかしら」
手元に滑らされたそれを受け取ったミアはそのまま胸元、ではなく懐にしまい、肩を竦めてため息をつく。ユーリの声は、響かない。
バーテンの話を聞いてから着いていくと言って聞かなかったユーリだったが、相手は占い師。どんな方向からボロが出るかはわからない。
それでいて情報屋としての側面も持ち合わせている彼女に、いらない情報を与えるわけにはいかないのだった。
切り札とは、まだ切っていないからこそ、誰にも知られていないからこその切り札である。最も、カイにはユーリの存在をすでに知られているが、彼を人間と勘定できるかは一考の余地があるだろう。
「すでにお金があるのですよ、彼らには。それを失わないために力をつける必要がある。手に入れるよりも、守る方が難しいですから」
自らの疑問に返った端的な答えに、ミアはそんなものかと納得する。
もちろん、ミアには招待をつっぱねる選択肢もある。次の日から屋敷に雪崩れ込んでくるであろう熟練の同業者を全て返り討ちにすることができるのであればの話だが。
ただ、組合に組みすことになればますます裏の世界に染まることになるだろう。ただそれも今更のこと。
ミアは再びのため息と共に、漏らす。
「そうね。殺しだってそうよ。殺すより、殺しから守る方が難しい」
「それは先日の騒動で実感したのですか?」
「もうそんな細部まで情報が……」
「裏では有名になっていますよ? なんでも、孤高を貫く月夜の怪物が、一人の男を守るために組合の高位暗殺者二人を返り討ちにしたと」
自分に関する情報が筒抜けになっている事実に、ミアは竦めた肩をがくりと落とす。どうやら噂話に尾鰭が着いているらしい。厳密には偽りではないが、人の耳と口とは恐ろしいものである。
すこし誤解を生むような表現をしたら最後、確実に誤解は生まれるものだ。それも、目の前の占い師のように信頼できる情報を提供し続けている者には、それを真実たらしめる信用があった。
真実は、大勢が語り継ぐことによって形作られる。そこに事実の介在する余地はない。ミアについての情報や評判など、目の前の占い師にはどうとでも操作できるのだった。
そう考え言葉を選んでいたミアだったが、唐突に占い師の口から放たれた爆弾に口の端を歪めることになる。
「やっぱり、表情が豊かになってますよね……妬いてしまいます」
「げ……」
占い師の潤んだ瞳がミアの目に映り、お話という名の舌戦が始まった。占い師の手には机の上にあったはずの水晶が抱えられており、それは先ほどとうって変わって薄紫の淡い光を放っている。
占い師から装備品や消耗品を調達しているミアは、それらをしまった雑嚢と同様に借金も背負っていた。それを請求しない代わりに、用事があれば彼女と会話をするという約束を交わしていたのだった。その契約書は占い師が所有しており、ミアにその所在を知る由はない。
水晶は相手の心を写す鏡。嘘など吐こうものなら、一瞬のうちに看破されてしまうだろう。こうして、ミアはいらない情報を無償で占い師に提供しているのだった。これもまた、債務者の弱みだろうか。
「……あんたの女色趣味に付き合ってる暇はないの。あたしは暗殺者組合に行って今後の見通しを立てなきゃいけないのよ」
「それより前に返済の見通しを立てた方がいいですよ? ……それに、男性が好きなら男色、女性が好きなら女色だと思うのです」
「……何が言いたいのよ」
一言の軽口の後に放たれた不可解な発言にミアは眉根を寄せ、くいと目線を上げて続きを促し、占い師はそれに応えるように胸を張る。
「今日のところは、あなたの策に乗ってあげるということです」
胸を張って、言う。お前のことなどお見通しだと言わんばかりに。背伸びをしている子供のように。
つい笑みを誘うその様に、ミアは肩を竦めて苦笑する。
「ほんと、あんたには隠し事できないわね」
「占い師ですから。全てお見通しです。特にあなたのことは」
そして、なぜ裏には面倒臭い相手しかいないのかと心の中で漏らしながらも妹分と別れの握手を交わしたのだった。
ミアが好きです。あと、占い師が好きです。占い師をいっぱい出したいけど、ユーリと役割が被っています
ところで、この作品毎回終わり方変ですね
書き方見失ってる? 知らないなあ。
知らないと言って白々しくシラをきりますよっと。いつか使いますこの表現。




