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イモータルキラー 〜殺し屋の少女と不死者の男。そして表を向かない白金貨〜  作者: ドドドDON!
殺し屋の少女と不死者の男。そして表を向かない白金貨
28/53

嵐の後で3

番外編みたいなものです。お楽しみいただければ嬉しいです。


 酒場のホールは、昼間にもかかわらず平素の何倍もの賑わいを見せていた。


「ミラちゃ〜ん! ビール一杯!」

「俺も!」

「俺も俺も」


 その最たる要因であろう飲んだくれたちは、皆一様に木樽のジョッキを宙空に掲げ、唱和するように口々に言う。

 そんなだらしない男たちに向かって、冷や水のごとく冷たい言葉が放たれる。


「うっさいわね! 昼間から飲んだくれてんじゃないわよ親父ども! コーヒー頼みなさい!」

「「じゃあ、コーヒーも!」」

「ち〜が〜うっ!」


 方々から投げかけられる注文。それに対し、すらりと伸びた腿にびしびしとトレイを打ち付け、二つに結んだ金の頭髪(ツインテール)を逆立てて怒りを露わにする少女。年の頃は十六、七ほどだろうか。


 所々にフリルがあしらわれた給仕服。それを纏ったその姿は男だらけの酒場において、より一層可憐に映えていた。それこそ、十人が十人とも振り返るほどに。


 ただ、それは彼女の生業においては文字通り致命傷なのだが。

 彼女の名はミラ、ではなくミア。ことこの場に至っては、普通の町娘だった。そんな町娘であるところの彼女は、可憐な容貌に似合わず鋭い視線を飲んだくれどもに投げ返す。


 それこそ、酔いが回っていなければ声をかけるのも憚られる程の。


「ちょっと、あいつらなんとかしなさいよ。これ以上注文が多いと酒樽の底に穴が空きそうね」


 そんな少女は厨房に戻った途端、ジョッキを手拭いで拭っているバーテンに悪態を吐く。というより、脅しだろうか。その鋭い瞳には確たる意思を感じさせるものがあった。


 それもそのはず。彼女とて、彼らと同じ酒飲みである。ぶどう酒を飲み干したい衝動に駆られつつ、代わりにその欲求を飲み込んで他の人間の口元に運ばれる手助けをしなければならないなど、彼女にとっては拷問に等しいだろう。


「それは大変ですね。ヤンチャな小僧には補填として、毎日酒場に通ってもらわなくては」

「……やめなさいよ。今のあたしには難しすぎるわよ」


 このまま毎日酒場に通う、とは、毎日この酒場で給仕服をまとい、普通の町娘としての生を謳歌すると言うことだろう。ただ、バーテンの口振りは、あくまで選択の余地をミアに与えるものだ。そこにはもちろん、依頼で酒場に赴いてもらうという意味もあるだろう。仕事が夜になるか、昼になるか。大まかに言えばそれだけの違いである。


「こちらとしては、養育費さえ払ってもらえれば何も言いませんよ。ただ、殺し屋として生きるなら少しお高くなりますが」

「滑稽ね。悪魔に魂売っぱらったのにお金が足りないなんて」

「ですから、これ以上不興を買わないためにも、あなたにこうやって給仕をしてもらっているのですよ」


 ミアの皮肉に、バーテンはいつものようにしたり顔で宣う。

 昼と夜、表と裏。これらは相反する事柄の代表例である。そして、今この場は殺しの斡旋所ではなく尋常なる昼の酒場。


 当然そこでの仕事は殺しではなく、しかしながら、同じ言葉で比喩される物だった。

 端的に言えば給仕である。それはミアの夢見た普通の仕事であることに違いはない。


「あたしから買う恨みも勘定に入れておいた方がいいわよ?」

「売った恩と相殺させていただきます」


 かと言って、唐突に()()()()()を口に放り込まれて抗議の視線を向けない者はいないだろう。自分の生き方は自分で決める。同じように、自分の行動も受け身では納得ができないのだった。


「相殺、ね。確かにあんたはあたしの命を救って、殺し屋に育てた。でも、あたしが命の危機に陥ったのはあんたのせいでしょ?」

「さあ、覚えていませんね。あなたがここにきた以前のことなど」

「残念、あたしが鮮明に覚えてるわよ」

「それは確かに残念ですね」


 二人は立ち位置を変えぬままに軽口を交わしていたが、それはバーテンの思い出したような発言により中断されることになる。


「どうやら、愛しの君がご来店したようですよ?」

「……ちょっと、次それ言ったら殺すわよ?」

「ほら、注文を聞いてきてください。たまった注文は私が処理しておきますから、ゆっくり話してきていいですよ?」

「だから、そんなんじゃないわよ。後で覚えておきなさい」


 そう言ってミアは踵を返し、酒場の片隅を一睨みしてため息をつくのだった。



「ご注文は?」


ミアはテーブルに水の入ったコップを叩きつけるように置き、興味深げにメニューを眺めている白髪の青年に定型文を投げつける。


「せっかくの給仕服なんだし、笑った方がいいんじゃないか?」

「高くつくわよ?」


 青年の言葉に、ミアはいつもの調子で軽口を叩く。

 確かにそうだろう。少なくとも裏の世界において、彼女の笑顔を見たものはいない。白髪の青年、もとい客人であるカイはそれを知ってか知らずか、メニューから視線をそらさずに軽口を叩く。


「そうか。どういうわけか、金は無駄にあるんだが」

「お金に価値なんてないわよ」

「嬢ちゃんが言うと説得力あるな」


 カイはそう言ってミアに視線をくれてから、メニューの真ん中あたりを指して言う。


「ぶどう酒、二つ」


 不可解なその注文に、ミアは殊更に顔をしかめる。昼間からよく飲んだくればかりだと嘆く一方で、なぜ一人で二杯注文するのだろうか。と、ミアは頭上に疑問符を浮かべる。


「まったく、昼間っから飲んだくればっかり。本当によく飲むわよね」

「片方は嬢ちゃんの分だが?」

「はいはい、からかうのはやめなさいよ。ぶどう酒一杯ね」

「……なんだか、普通の町娘っぽいあしらい方だな」

「もう、めんどくさいやつばっかり。今ほど普通の人生を送りたかったと思った事はないわ」


 そう言って肩を落とし、周りの環境が移り変わっていくのに身を任せるように、ミアは厨房へと戻っていくのだった。


「……」

 周りの環境が変わっても、自分の現状が変わることはないということに、彼女は気付いているのだろうか。

 いや、気付いているだろう。きっと。そして、今は前に進むしかないと言うことにも。


「なんにせよ、今は目の前の注文ね」


 そう言ってミアはバーテンに一言言いつけ、賑やかなホールに戻っていった。

 普通の町娘としての一日を賑やかな酒場で過ごす。それが、殺し屋から一人の男を守ったミアへの報酬だった。


 同時に、それは彼女にとって金に変えがたい価値を持つものだった。


「まったく、表の晴れ舞台も楽じゃないわね」


 その日、酒場は深夜までの賑わいを見せたという。

そして、一人の少女が、幼き日に忘れていたはずの笑顔を取り戻したのだった。


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