因果応報2
「がは……」
それは一瞬の出来事だった。ミアが手をかざした直後、どさりと響いた音。床に転がったナイフ。その持ち主である死神は被ったフードの上から頭に矢を生やし、そのまま脱力して倒れ伏した。
もう一方の死神は一瞬だけフードの下の顔に困惑を浮かべるも、気を引き締めるように唇を引き結び、回廊の壁を蹴って方向転換しつつ、抜刀する。
「……!」
肘から指の先ほどの刃渡りを持つ黒塗りの片手直剣。幾人もの生き血を吸ってきたであろうそれは、黒塗りであっても黒のまま発光しているかの如く青黒い光を纏っている。
そして上段から体を回転させるかの如く捻って振り下ろされる一閃。それは刀身とは対照的に青白い軌跡を残しながらもミアの首筋へと一直線に向かっていく。
「こんにちは」
対するミアは場違いな一言と共に死神の手首を進行方向に撫でるように払い落とし、流れるような動作でその手首を掴み、捻りあげる。
「ぐっ……」
そして、先ほどカイにしたように相手の懐に潜り込んで体を入れ替え、それにより生じた体の回転を利用し、空いた右手を力の限り振り抜いた。
「な……」
驚愕の声に一瞬遅れて吹き出す血飛沫。ついで引きちぎられたような跡を残したフード。そして、それをかぶっていた死神の頭が驚愕の表情とともに宙を舞い、最後は回廊のカーペットに赤い染みを残し、最後に息絶える。
「そして、さようなら」
二人だけになった空間に寂しげな声が響いたのと同時に、死を伴って仕事は終了した。あたりに残ったのは死神だった二つの亡骸と、二人の死神。そこに人間はいなかった。
彼らを弔う声は響かなかい。代わりに。
「流石に月夜の怪物はそこらの有象無象とは違いますね。ここ最近はあなたの仕事を見ていませんでしたが、味な真似をする」
そんな光景の一部始終を眺めていたバーテンが感嘆したかのようなため息を漏らす。
死神は生者以外に微塵も興味を示さない。そう言わんばかりの冷徹さにミアは顔をしかめて悪態をつく。
「何言ってるのよ。そこに転がってる二人組、組合の暗殺者でしょ? しかも、簡単には出張らないくらいの」
「銅の首飾りが二人かかっても達成できない依頼とは、とんだ貧乏くじを引いたものです」
ついで、バーテンのため息を何かしらの予備動作と判断したミアはすぐさまナイフを抜き、腰を低くして構える。そこには先ほどの暗殺者と対峙した時のような冷静さは感じられず、しかして先ほど以上に、肌に纏わりつくかのような殺気が辺りに充満し始める。
「それで、依頼をしくじって後に引けなくなったあんたはどうするわけ? できればあんたとはやりあいたくないんだけど」
「私も同感です。袖下に仕込んだ弩。そして矢に括り付けられたガラス糸。それ以外にも、何が仕込まれているか分かりませんから」
「嫌味にしか聞こえないわね」
一瞬の出来事を完全に把握しているバーテンに、ミアは内心で舌を巻く。
とっさに玄関から響いた足音の数を分析した上で、現状できる最善を尽くしたミアだったが、最初からバーテンの存在を勘定に入れていたわけではない。
彼はすでに一線を退いたとはいえ、元は高名な暗殺者だった。そして……、
「いえいえ。私の足元に縋り付くことしかできなかった小童がよくここまで成長したものだと、感心しております」
ミアに殺し屋としての技を伝授したのも、目の前の飄々としたバーテンである。真に殺しに命を捧げた暗殺者。名前すら売り飛ばし、裏の生き方以外をかなぐり捨てた男は戦いの後の惨状を前にしても余裕の表情を崩すことはなかった。
「……それで、やるの? やらないの? あたしとしては、あんたを殺して自由の身になってみてもいいと思ってるんだけど」
「いえ、私には自分のために殺しをするあなたとは違って成さねばならない使命がある。それに、最悪あなたがいればうちの酒場は回ります。ここで手打ちといたしましょう。私も依頼取り下げやその他もろもろの違約金をどう工面するかに命運がかかっているのです」
そう言ってバーテンは踵を返し、悠々とミアに背中を向けて歩き出す。握手は交わされず、代わりに、ナイフや矢が飛ぶこともなかったのだった。
「……」
そして、バーテンがミアの真意を尋ねることも。
戦いが終わるのを見計らったように、カイは小さく扉を開けて呟く。
「終わった……のか」
「ちょっと、私がいいって言うまで出るんじゃないわよ……もう一回お風呂入ってくる」
「お、おう」
そう言ってカイに背を向けて歩き出したその背中は、心なしか苛立って見えたのだった……。
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