因果応報
「ちょっと、何ぼーっとしてんのよ! あんたは部屋に戻ってなさい!」
ミアは勢いよく扉を開け放ち、先ほどまで彼女が腰を落ち着けていた部屋の方を指差しつつカイを怒鳴りつける。
睨み付ける眼光は平素よりも二割増しで鋭く、頭髪も心なしか逆立って見える。
薄灰色の外套も装備し、両手に黒手袋を装着したその姿は殺し屋に見えなくもない。と言うと、彼女は様々な感情を含んだ複雑な顔をするのだろうが。
「追い出したのはお前だろ?」
「いいから早く!」
回廊に流れ始めた風。それはすぐに複数の足音に変わり、だんだんと大きくなっている。そして、カイが扉を閉じるのと同時に、
「おや、死んでいなかったのですね。心配いたしましたよ」
「久しぶり……と言っても、まだ二日しか経ってなかったのね。それに……」
ミアの目の前に現れたバーテン。いつものように肩を竦めた彼は白々しく口を開く。
バーテンはいつも通りにジャケットをとったタキシード姿をたずさえ、無駄に決まった立ち振る舞いで佇んでいる。
一方のミアはそんなバーテンから視線を逸らし、そのまま回廊の曲がり角に視線を向ける。あくまで自然体で。その振る舞いには少しの焦りや緊張すら感じられることはない。
「お連れさんは初めまして……、組合の犬ども」
隣人に挨拶するように、誰もいない空間へ声を掛ける。その姿は昨日の今日で見えないものが見えてしまったと言うにはあまりに冷静だった。いや、冷酷と呼ぶべきか。
「「……」」
少し遅れて誰もいないはずの空間に姿を現した二人組。こちらは黒の上下衣に黒の外套と、死神の名に似つかわしい服装だ。ただ、そんな二人の首筋には唯一、服装や雰囲気に似つかわしくない一対の首飾りが赤褐色に揺れている。
『戦うの? 彼は死なないし、守る意味がない。そして、何よりお相手は同業者だ。キミのやってることはおかしいよ』
軽蔑するような言葉に、ミアはあくまで無反応を貫く。どんなに挑発じみた言葉を投げかけられようと、ユーリの存在が他の人間に知られることは間違ってもあってはならないのだ。
「「……」」
『くる! 左右に一人ずつ!』
ただ、それに応えるように床を蹴る音が二つ。鋭い風と殺気をともなって響く。
「待ちなさい! 彼女はまだ……」
この上ないほど唐突に、それでいて予定調和の戦闘が、バーテンの制止を振り切って始まった。
二人の死神は左右に別れ、別々のタイミングでミアの懐に向かって走り出す。
片方は黒塗りのナイフを逆手に持ち、もう片方は無手ではあるが、それは獲物を隠しているだけだろう。ミアはナイフに対応しつつ、もう片方の予測できない攻撃を警戒せざるを得なくなってしまった。
ミアと二人の死神との距離は瞬く間に縮まっていく。たとえ広い邸宅と言え、回廊をわざわざ広大にする必要もない。そんな状況で、ミアには逃げ場も活路もないように見える。
「……」
ミアは無言で目の前に片手をかざす。その手には獲物が握られている気配はなく、会話で解決しようとしているようにも、降参の合図にも見える。
たとえ死神といえど比喩。中身はミアと同様に人間である。当然、人語を解すはず。そう思っての行動にも見える。
「……ふっ!」
そして、そんな不可解な行動も虚しく、一筋の風が、一人の人間の命を運んで行った。
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