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イモータルキラー 〜殺し屋の少女と不死者の男。そして表を向かない白金貨〜  作者: ドドドDON!
殺し屋の少女と不死者の男。そして表を向かない白金貨
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殺し屋と不死者4

ここに住むことにしたから。そのセリフの真意はいかに。


「……おい、今なんて」


 唐突に告げられた突拍子のない話に、カイは理解が追いつかないといった面持ちで困惑をあらわにし、再三問い直す。


「これ以上言わせないで……。そういうことだから」


 しかし、その問いに答えが返ってくることはなかった。

 ミアは出ていけとばかりに言い、流れるような動作で立ち位置を入れ替え、カイの左腕を取って彼の背中に押し付ける。まるで考えることを許さないように、言葉を発することすら許さないように。


「うおっ……」


 そして、カイはそのまま、扉の向こうへ押し出されてしまった。

 抗議の声を上げる暇もなく、回廊に勢いよく扉が閉まる音が響く。


「……まあ、いいけどよ……。どうせ俺はずっと寝てるし……」


 無機質な扉の前でそうひとりごちたところで、本当にそれでいいのか、という疑問が浮かぶ。このまま死なずに眠っていても、彼の中での時間は止まったままのようなものだ。


 長い間——と言っても眠っていた間よりは短いが——裕福なくらしに腰を落ち着けていたカイには老いずに生き続け、その間活動し続けることなど想像もつかなかったのだ。


 これが、日々の糧を追いかけ続ける労働者なら話は別だ。しかし、カイは旧領主の息子。まだ領主としての勤めを果たしていたわけでもなければ、働く必要も自分の役割も。そして、生きる意味もまだなかった。そんな中起きていたところで、生きていたところで何をすればいいのだろうか。


 ——その点、殺し屋の嬢ちゃんは忙しそうな、疲れた目をしてたな。


 毎日何もしないで寝ていること。毎日時間に追われて仕事をすること。どちらも同じ停滞だが、少なくとも後者であるミアを眩しく思ってしまうのは自分が死者だからだろうか。とはいえ、それは考えても仕方がないだろう。


「……どうやら、俺は本当に殺し屋になりたかったらしいな」


 彼はその難解な問いに、ひとまずそう結論づけて歩き去ろうとする。

「風?」


 歩き出して、ふと立ち止まる。そして何だろうかと階段の方へむかう。

 それはひとえに、一階のあたりから弱弱しくも確かに、肌寒い風が吹いているような感覚を覚えたからだった。



「……あんたが殺し屋になったら、他の殺し屋が廃業するわよ」


 扉越しに聞こえてきた呟きに、ミアは不機嫌そうに顔をしかめる。


 殺し屋が任務を遂行する上で恐れなければいけないものの一つが、戦闘である。腕利きの用心棒の存在。依頼の再出願。他にも様々な要因で殺し屋への依頼料は変化するが、それは単に戦闘が発生する可能性があるからだ。


 殺しが黙認されている以上、当然、ターゲットが殺し屋を殺すこともできる。優秀な殺し屋と言っても、奇襲の有利がない状況での一対一では騎士や傭兵の方が有利だろう。


 殺し屋にとって殺しとは、自分の命をベットした賭けのようなものだ。それも、毎回全ての掛け金を賭けねばならない大博打。それが分かっているからこそ、カイの存在が空恐ろしく感じられるのだった。


『いいじゃないか。そうすれば自由になれるかもね。だって、殺し屋から足を洗う方針にしたんでしょ? 何年かかるかわからないけど』


 彼が殺し屋になった仮定の話を考えてみる。たとえ戦闘が発生したとしても彼は死なない。それどころか、戦闘が発生した時点で勝ちなのだ。


 すこし足を滑らせれば、相手が斬りかかる。斬りかかってきた相手が思念によって死ぬ。依頼完了、という具合に。


 そして、戦闘が発生しなければその時点で殺し屋の勝ちなのだ。 


 彼は永遠に死ぬことがなく、負けることのない賭けをし続けるだろう。そして、いつかは危ういところで保たれているバランスが崩れ、彼以外の殺し屋が滅ぶ。滅びこそしなくとも、形を変えながらも衰退していくだろう。国を滅ぼす感染症も、未感染者がいなければ自然と滅んでいくように。


 殺し屋が滅んで、何らかの方法で統治された世界。そうなったら、この世界はどうなるだろうか。

 きっと、人々が幸せに暮らせる、争いのない世界が実現するだろう。そうすれば、ミアも。


——なんて、バカみたい。


 ミアは自分以外の誰かに頼ろうとしていることに気づき、ふっと笑って自嘲する。たとえ他人の手で自由を手にしたところで、それを自分の人生を呼ぶことは憚られる。


 自分の人生は、自由は自分で掴んでこそ自らの手の中に収めることができるものであるからして。


『でも、いきなりここに住むなんて言い出した時は驚いたよ。そんなにおもてなしが気に入ったの?』

「……まあ、いい湯ではあったわ」


 何も居心地がいいことが故の決断ではない。単純に、取れる選択肢を増やすための、提案のようなものだったのだ。今思えば少し強引すぎる理由と手段だったが。


 住居を移ることで取りうる選択肢は二つ。


 一つ目は、宿代や酒代などの節約によって利益率を上げ、地道に貯金を増やして自分の身柄を買い戻すこと。

 仕事の質を保つためにも装備品や消耗品に掛ける出費を抑えるわけにはいかないが、酒を我慢し、屋敷で寝泊りすればいずれ、資金は増えていくだろう。


 現状最も堅実でかつ、確実な手だ。殺し屋という稼業が堅実かどうかはさておいて。

そして、もう一つは……。


「ここで誰にも知られず、死んだことにして自由に暮らすのもいいかもしれないわね」


 それは彼女自身の手で自由に生きられなくとも、せめて片田舎でひっそりと暮らしたいという密かな願望を反映したものだった。


 殺し屋なぞいつ死んでもおかしくはない。それはどれだけ優秀であっても変わらない。だとしたら、守る必要のない者と共に、隠れて死んだように生きることだって選択肢のうちだろう。


『いいんじゃない? 君がそれで納得できるなら』

「……今のなし」


 しかし、それをよしとすることはミアにはできなかった。そんなことをしては、自分で彼女自身のことが許せないだろう。ただ、先の展望が見えないことによる不安は一つの間違いで彼女を楽な道へ走らせてしまいそうな危うさも孕んでいた。


 何にせよ、今やるべきことは考えることではない。


『来客だね』

「……分かってる。考えるよりも目の前の仕事。ただ働きは久しぶりだけど、ただより怖いものはないってバーテンに教えてやるわ」


 そう言ってミアは支度を整え始める。袖口を二度三度払ってから髪を左右に結び、準備万端とばかりに頭を振る。

 それと同時にばたりという音が唐突に響き、いくつかの足音がこちらへと近づき始めたのだった……。


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