殺し屋と不死者2
「……良くも悪くも、殺し屋には見えねえ嬢ちゃんだったな」
カイは、ミアが去ったことで静かになったベッドに腰掛け、嘆息と皮肉まじりに呟く。
彼が、彼の中に流れる時間が長い眠りについてから五十年。昔の思い出を思い出したかのように彼の周りの時間は流れ始めた。
つい先日、十数年ぶりに目を覚ました時には、ベッドの上で一人の男が血を吐いて倒れていた。
それからは数日刻みで新たな死体が運び込まれ、最初から数えて四人目がミアと名乗った少女だった。
いつもなら鼻をつまみながら後処理をするところだった。ただ、幸か不幸か。その少女は素手で掴みかかってきたため、自身に跳ね返った衝撃によって気を失って倒れるにとどまったのだ。
辿った年月だけは長い人生のなかで一度も遭遇したことのない状況を前にして最初は困惑したものの、すぐに目を覚ますと思い、そのままにしておいたのだった。そして申し訳程度に毛布をかけて休ませることに。ただ、相手が死体だとしても、一旦は頭に毛布を被せておいたのだろうが。
なぜ自分に明確な殺意を向けてきた相手に奉仕まがいのことをしているのかは分からない。ただ……。
「昔の俺に似てたのかも知れねえな」
カイを殺す際に放たれた、文字通りの殺し文句であろうセリフ。まるでこちらが天国に行ける存在であると思っているような、かつ、それでも殺さなければいけないと自分に言い聞かせるような、そして……。
——天国に届けなさい、か。当たり前だが、一生無理な相談だな。しかも、一生が永遠に続くどころか、もう終わってるときた。
まるで自分が迷える子羊だと思っているような言い草だった。加えて自分ではどうしようもない現実を超常の存在に変えてもらおうとしているような、無自覚に救いを求めているような、そんなセリフだった。
そして、あの頃の自分に救いはあったかといえば、否。与えられたものといえば、思念となって現世に留まり続けるという手放すことのできない呪いの特権。しかも、それは送り主に送り返すことすらできないらしい。
なればこそ、せめて自分と似たような状況に置かれている者の救いになってもいいのではないだろうか。とは、今考えたもっともらしい理由だった。
——死神の呪縛から解放されてるからって神にでもなったつもりかよ、老いぼれ青年。
カイもある意味では超常の存在、不死者ではあるが、もちろん神ではない。自分すら救えないのに他人を救おうとするなんておこがましいにも程がある。
しかし、まだ未来ある少女を、鋭さの中に儚さを感じさせる寂しげな瞳を放って置けるわけがなかったのも事実。放って置いたら、何も残さなかったはずの現世に後悔を残しかねない。カイの行いは間違っているわけではないだろう。
「……」
ただ、こんなことをしていてもどうしようもない。何が変わるわけでもないし、彼が殺されるわけでもない。彼の体を突き動かす思念であっても、彼自身のそれには現世に思い入れなどない。
だとすれば……。
「これからどうするか考えないといけないのは俺の方かも知れないな。さもないとこんな人生、死んでも死にきれねえ」
この日、この瞬間。凍り付いていたはずの歯車が、歪に狂いながらも廻り出したのだった……。
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