殺し屋と不死者
「なるほどね……」
カイの話を聞いたミアは、得心したとばかりに呟く。
彼の口から語られた話は突飛な内容ではあったが。少なくともミアには与太話と切って捨てることができなかった。
彼は、この街の旧領主の息子だという。ここまではミアもある程度目星をつけてはいたが、それ以外は考えもつかなかった、というのが正解だろう。
先ほどカイ自身が言ったように、彼はすでに死んでいた。死んでいるにもかかわらず自分の足で立っているという。
その背景には、領主が死に、この街が独立区になった原因となる抗争があった。
何年もの間に渡って、殺し屋の仕事とは比較にならないほどたくさんの血が流れ、たくさんの人間が命を落とした水面下での戦い。それは、旧領主が民衆の目の前に赴き、自らの首を差し出したことで終結する。
しかし、その抗争の以前に殺し屋によって命を落とした者の思念はどうだろうか。命を賭して守るべきであるはずの領主が自ら死地へと向かっていったのだ。当然、浮かばれようもなければ、納得できようはずもない。
抗争が終結するまでその心残りは浮かばれることなく領主邸の周りに思念として漂い、カイが死んだのと同時にその体に流れ込むように憑依した。そして、最後にカイ自身の思念が、コインに憑依したユーリよろしく自分の体に憑依し、思念によって自分の体を動かし始めたのだという。
それ以来数十年の間、彼は老いることはなく、大勢の生きたいと願う思念によって、自分に向けられた悪意や害意は全て相手に跳ね返るのだというのだった。
「……」
そして、ミアは他の殺し屋と違って素手で殺そうとしたために致命傷となる前に済んだという。それが切れ味の良いナイフならいざ知らず、素手なら反射的に手を離せば何ら問題はない。ただ、唐突に自身の首筋に強い衝撃が加えられたことで、ミアは一時的に気を失ってしまったのだった。
「納得してもらえたか?」
「無理よ。あたしは殺し屋。依頼を受けたら、殺す……はず。なんだけど……」
話を聞いた上で改めて男の方を見上げるも、やはり恥をかくことになった元凶である。簡単に受け入れられるわけがなかった。特に、ミアは今まで殺しを失敗したことがない。その事実は、意外にも彼女の胸の中に大きく巣食っていた。
「……」
複雑な心持ちを反映したようにミアの顔が苦渋に歪む。苦虫を噛み潰して溢れた苦汁を、夢からの酔い覚ましがわりに飲み干したかのように。
殺しで血に濡れた上に、殺しを失敗したことで顔と看板に泥を塗るわけにはいかない。殺し屋として生きるなら、せめて優れた殺し屋に。ただ、その自己矛盾めいた心情、もとい信条を指摘されると複雑な気分にもなるのだが。
——あたしも、こいつと変わらない? あたしは、ちゃんと自分の人生を生きてるの?
それは汚れた身の上だと言うことがわかっているからこその自己矛盾だった。普通の生活を送りたいがために人を殺す。胸の中に膨らむ理想。乖離していく現実。それに気づいていても、気付かぬふりをしていたのだ。
しかし、夢に目覚めて現実の道を踏み外してしまうほど子供でもなかった。それ故に、自分が何者であるべきかも、今何者なのかも、どうするべきかも分からず、気付かないまま停滞していたのだ。
稼いだ金額も借金の返済や消耗品、宿代や酒代、装備の注文や修理などでほとんど消えている。それは自由を求めて稼ぐという信条からかけ離れた生活だった。
「まあ、納得できなくてもいい。別に、俺には関係ないからな。粥を出したのも、なぜかそうしたかったからだ。これからどうするか決めろよ」
と言って、扉の向こうに戻って行き、少ししてもう一枚のタオルケットを持ってきて差し出す。
「これは……?」
「あんたが話も聞かずに下に敷きやがったからな……、一階の西側に浴場がある。疲れた頭じゃ考えが回らないだろ」
「それ、どういう……わっぷ!」
上がった疑問を覆い隠すようなバサリという音と共に、ミアの視界が再び暗転したのだった。
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