兵どもが夢の後5
『生きたい……』
その言葉は、それ以外の感覚のなくなった一面暗闇の世界で強く、強く頭に響いた。
——なんだ……? 頭に、直接……?
『生きたい……いきたい』
——生き……たい?
『生きたい生きたい生きたい生きたい…………』
——う……うぉ……頭が……割れそうだ……っ!
それをきっかけに、ばらばらに響く同じ意味の言葉が、カイだったモノの頭に怒涛の如く流れ込む。それは黒く染まったはずの頭の中を埋め尽くさんばかりに溢れ、身体中から様々な液体と共に流れ出していくような感覚を覚える。そして、その体が脳の制御を振り切って起き上がる。
「……なにが、起こった」
立ち上がったモノの目の前に、まずは音が戻る。そして、身体中の感覚と共に視界が光を取り戻し……。
「こんな逃げ道が用意されているとはな……。屋根上からどうやって降りたか知らないが、今度こそ運の尽きだ」
再び、死に神との接触。それは、自分以外に殺されるなど許さないといった佇まいで目の前に立ち塞がる。
「はぁ!」
そして、カイが瞬きをするのと同時に至近距離まで潜り込み、ナイフを繰り出して皮膚を貫き、肉を裂き、命まで貫かんとして
「……が……は」
という、かすれた息が漏れるような音と共に倒れ、カイの胸にもたれかかった。
「な……、何をした……小僧」
そして、ずるりと両腕が垂れ下がり、カイが一歩後ずさると同時にどさりと地面に倒れ、辺りに血溜まりを作って、最後に息をするのをやめた。
カイだったモノの背後に、その胸を貫いたはずの汚れひとつない黒曜のナイフを残して。
「お、おい……」
もともと持っていた人としての理性が、こんな状況であっても倒れた人間のそばに駆け寄らせようとする。そして、気づく。
「な……」
ナイフで刺し、貫いたような跡が残る死神の胸。それから流れる血液が、本来カイが流したはずのものだったことに。血溜まりに移った彼の頭髪が、一面の白に染まっていたことに。自分が、他人を殺してしまったことに。
「は……はは」
カイだったモノは膝をついて笑う。上等な服が地に付き、血に汚れてしまうのも構わず。そして、笑うのをやめて呟く。
「まったく……中途半端に願いを叶えてくれやがって畜生め。ああ、ありがとう神よ。そして……死んでしまうとは情けない」
その言葉の真意は、誰にも知られることなく血溜まりの中か、頭上の呑気な青空か。どこへともなく消えていった。
次から本編に戻ります。読みづらくてすみません。