兵どもが夢の後3
「……本棚の裏側に隠された扉が出口です。目の前の井戸が領地の外まで続いています。道は複雑ですが、追ってくるものはいないと思います」
「わかった。二人で動かしたほうが早い」
「助かります」
窮屈そうなほどに本が詰まった本棚が並ぶ、ある種の壮観さを感じさせる空間の一端で、二人の男の囁くような言葉が交わされていた
二人は本棚に予め拵えられた取手のようなものを引き、それは少しずつ床を引きずりながらも動き始め、その裏側に壁と同化するような配色の扉が現れる。
「私が先に」
「……ああ」
重々しい音と共に扉が開き、昼下がりの陽光がジメジメとした書斎に幾本もの糸となって差し込む。
傭兵はそれに立ち向かうように扉から身を乗り出し、二度三度周囲を確認し……、
「どうやら大丈夫そうです。後は井戸に飛び込んで水路を抜ければ……がっは……」
という呻き声と苦痛に歪んだ声とを残して喉仏から剣を生やして前のめりに倒れ込み、それによって地面に剣の柄が触れ、喉から生えた凶器、もとい、死神の鎌が傭兵の喉をより深く貫いた。
「おい! ……くっそ!」
喉笛から剣を生やして返答できるものはいないだろう。それがわかっていても、声は上がってしまったのだ。それで気づかれていないわけがない。しかし、自分の失態を悔いている暇すらもない。
この扉は使えない。そう判断したカイは踵を返し、全速力で上階へと走り出す。
殺し屋にとって標的を殺すのに適している場所は密閉された室内でも、ましてや、厳重に鍵がかけられた倉庫でもない。
殺し屋が最も真価を発揮する場所。それは……。
「扉の……、内側!」
退路を一つ失ったカイはすぐに踵を返して走り出し、
「……」
本来は最大の逃げ道であるはずの扉に手をかけた死神は、両の目をギョロリと動かし、笑った。
*
「はあっ……、はあっ……、くそっ!」
豪奢なカーペットが施された邸宅の最上階。その回廊の床を蹴って駆ける青年と
「……逃げても無駄だ」
低くかすれた声を上げ、これまた低い姿勢で蛇のように這いつつそれを追う、ボロ布を纏った死神。彼我の距離は少しずつ、しかし確実に小さくなっていく。
目の前の回廊は、ついにその末路を現し始める。回廊というからには端に行き着いたからとて行き止まりではない。端を辿っていけば、いずれは元の地点に行き着くだろう。
しかし、これは命をかけたやりとり。決して追いかけっこと表するような児戯ではない。逃げ続けていてもいずれは追いつかれ、カイの命が尽きることは昼下がりの下で無くとも明白だった。
「くっ……!」
死神が腕を振るうのと同時に、ひょうという幾本もの風切音のうちの一つが風と共にカイの頬を切り裂く。外れた数本は目の前の壁に突き刺さり、亀裂を残す。
「……どこへ消えた」
それを最後に、カイの姿が死神の前から消え去ったのだった……。
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