不死の呪い5
「し、死んでる⁉︎ それってどういう……」
「息をしてないから、俺は生きてない。まあ、この状態は世間的にみれば生きていることになるらしいが」
肩を竦めて告げられた真実に愕然としたのは一瞬。ミアは荒唐無稽な冗談だと切って捨てようとするも、自分の身近に似たような存在がいることに思い当たる。
ミアの相棒であるところのユーリもまた、目の前の青年と同じように命が断たれたにもかかわらず、現世に生きるミアの思考に干渉しているのだった。
『そういうこと。でも、僕を責めないでね? 言っても信じてくれないと思ったんだ。もちろん気付いてはいたし、ヒントもあげたつもりだよ?』
相棒の発言には構わず、ミアは納得できないことや理解しづらいことを全て問い直すように思考する。それこそ、人は生きれば死に、死んだ後は土に還るという当たり前の前提への疑いも含めて。
すでにミアの頭の中では、恐怖や困惑、警戒心よりも驚きと興味が大きくなっていた。
数秒の間沈黙したのち、お手上げとばかりに肩を竦めて嘆息する。
「だから近づいてきたのに気づかなかったわけね……。ボロい商売だと思ったら、とんだ貧乏くじをひかされたわ。それにしても、声かける前にノックくらいしなさいよ。びっくりしたじゃない」
ある程度現状への理解が追いつき始めると、今度はそれに対する不満ばかりが募り始める。
ミアが驚きを隠さなければならなかった理由はただ単に驚いてしまったからに他ならないが、常通りならば彼女が驚くというのは稀なことだった。
本人に言えば顔をしかめるだろうが、彼女は優秀な殺し屋である。神経を研ぎ澄ませれば、扉の向こうどころか二つ三つ隣の部屋でコップに液体を注ぐ音すら聞き漏らすことはないだろう。たとえ、その液体がぶどう酒でなくとも、だ。
それにもかかわらず、この部屋までカイが階段を上がり、廊下を歩いて扉の目の前で立ち止まるまでの間に、その動作によって起こりうる一切をミアの五感が感知し得なかったと言うのなら男が死んでいるというのにも納得がいくだろう。ただ、その事実が彼女の尊厳を大きく踏みにじることとなったのだが。
「殺し屋ってのは両腕が塞がってもノックができるのか。道理で一般人が怯えながら暮らしてるわけだ」
この世界で人間が怯える対象は税でも役人でも、ましてや盗賊や山賊の類でもない。凶作以外に怖いものを尋ねれば、皆一様に殺し屋と言うだろう。
殺しが黙認されているとは言え、無意味に他人を殺すような真似をする者はそう多くない。誰しもが自分の人生を生きることで手一杯で、他人の人生に関与しうる人間はそれこそ、人の親か殺し屋くらいのものだろう。言わずもがな、前者が産み育て、後者が殺す。
しかし、他人にとって不利益な存在になって仕舞えば、まず真っ先に殺し屋に依頼が出されるだろう。そうならないためにも誰かのために何かをし、最終的には自分のためになる。その過程で、天下の回りものである貨幣が西へ東へ奔走する。それによって経済まで回るとなれば、誰がその状況に文句をつけられようか。
皮肉にも、この世界では殺し屋が存在することによって仮初の秩序が保たれているのだった。
「うるさいわね……」
いくら常人の枠から外れようが、人間の腕は二本と相場が決まっている。であるからして、タオルケットと暖かい麦粥を抱えつつ扉をノックするなどと言う芸当は、どんなに腕が立つ殺し屋であっても腕が足りることはないだろう。
平素から相棒の皮肉を軽くあしらっているミアだったが、自分の考えが至らなかったことに対する皮肉は、他のどんな罵詈雑言よりも心の奥深くまで入り込む。流石にこの状況で自分の正統性を主張するほど彼女は恥知らずではなかった。
ただ、反射的に辛辣な言葉を返してしまったのは、発言に大きな意味の伴う裏世界。その渦中で生きる皮肉屋達を相手にしてきたからだろうか。
ミアはそんな自分にも嫌気がさし始め、結局、子供のように拗ねるしか無くなってしまったのだ。
「……でも、やっぱりわからないわ。なんで……あんたを殺しに行った三馬鹿が帰ってこないのよ……あむ。……意外と美味しいじゃないこれ。携帯食よりよっぽどマシだわ」
言葉が途切れ途切れなのは、決してミアが考えながら言葉を紡いでいるからではない。粥を乗せた匙が口内と椀とを行ったり来たりする状況で途切れなく言葉を紡ぎ続けることもまた、人間にはまだ早い芸当だった。
「それなんだが……まあ、長くなるから焦らず聞いてくれ。粥、もう一杯あるぞ?」
「早く持ってきなさいよ。その間に逃げたら殺すわよ?」
『この状況なら普通、逃げるのは僕たちのような気がするんだけど……』
ユーリの呟きは、響くことなく消えていった。ミアの心にも、風が止んだ月夜にも。




