不死の呪い4
「おはようさん。よく眠れたか?」
「……こんな安っぽいシーツと枕で眠れるわけないじゃない」
軋むような音とともに扉を開けて入ってきたのは、ターゲットである二十代前半のカイという名前の男だった。みたところ体を鍛えていたり、死線をくぐり抜けてきたりした者特有のひりつく雰囲気は感じられない。
しかし、頭を覆い尽くす不揃いな白髪と目の下の隈が目立つやつれた相貌には、別の意味で危うい印象を受ける。
その姿は、白皙の青年といったところだろうか。
片手にはスプーンの刺さった椀が、もう片方の手にはミアが腰を落ち着けている毛布より上等そうなタオルケットが握られている。
「殺し屋ってのはよっぽど稼ぎがいいみたいだな。まだ大事にされてそうな年頃の嬢ちゃんでも」
「……なんで殺さなかったの? あたしはあんたを殺そうとしたのよ?」
そんな標的であるカイを一瞥したミアは、その出立にいささか困惑しつつ、男の嫌味まじりの皮肉に取り合わずに尋ねる。
「殺すも何も、人の殺し方を知らない。それに、専門職の寝込みを襲えるとも思えないしな」
「な……っ!」
そして、なんでもないように放たれたその返答に、ミアは思わず肌が粟立つような感覚を覚える。
バーテンの報告では、すでに三人の殺し屋が殺されていることになっている。そして、彼女も同様に死にかけたのだ。それでいて人の殺し方を知らないとは、なんたる皮肉であることか。
たとえ数え切れないほどの殺しをしているミアだったとしても、いまだ殺しの瞬間には思うところがないわけではない。
仰々しい呼び名を付けられようとも、どれだけの仕事をこなそうとも。人としての自分すら殺して殺しに臨める境地には未だ達していないのだった。
——こいつ……、まさか殺すことをなんとも思ってない……?
ミアは戦慄する。そして、思う。目の前の男は危険だと。
明確な根拠はない。だからこそ得体の知れない恐怖を心の奥底まで、強く植え付けられる。
「……だったら、昨日の出来事の説明がつかないじゃない! あたしは確かにあんたの息の根を止めようとした。思いっきり首を絞めたわ。それに、あたしがここに来る前にも三人死んでるはず……」
ミアは柄に合わず捲し立てる。
平素なら意地でも落ち着いた表情を崩すことはないが、昨夜自分に起こった出来事を説明されないことには落ち着いてはいられない。自分の理解の及ばない、かつ、自分に死をもたらす可能性のある存在が身近にある状況では尚更だった。
一方のカイは困惑気味に、端的に応える。
「まあ落ち着け……。粥を持ってきたから、元気出したいなら、食え。具合が悪いなら、そのまま休め。俺は何もしない」
「でも……!」
『まあまあ、多分カラクリは君が思ってるより単純だと思うよ? ……ね、お兄さん?』
そんな状況で、場違いなほどに呑気な声が声を荒げかけたミアの頭に響く。
「……そうだな。ついでに、この間からよく来る殺し屋が死んで、嬢ちゃんだけが死ななかった理由も同じだ」
「……ちょっと待って、ユーリの声が聞こえるの?」
あらぬ方向を向いて話始めた男に、ミアは驚愕に目を見開いて問いかける。それもそのはず、ユーリの声はミア以外に認識ができないはずなのだ。しかし、カイはユーリの発言に受け答えし、あまつさえ、そこにいるのがわかっているような態度をとっている。
夢から醒めた後にもかかわらず悪い夢でもみているような感覚だった。
「それも含めて話すから……粥食うか?」といって男が手を出すのを待たずにミアは椀とタオルをひったくる。そしてタオルを床に放り、その上からどっかと腰を下ろして胡座をかく。
「……」
軽薄な態度は鼻につくが、なぜカイがユーリと話せるのか。そして、なぜ他の殺し屋が軒並み消息をたって自分だけが息をしているのか知らずにはいられない。そう思ったミアは、大人しく腰を落ち着けて話を聞くことにしたのだった。
「……さて、どっから話すかな」
続きを促すように顎をしゃくり上げて睨み付けるミアにため息を返し、カイは事の顛末を話始めた。
その身振りまじりで語られる内容に、ミアの中の常識が音を立てて崩れ落ちて行くことになるのだった。
「し……、死んでる⁉︎」




