不死の呪い3
「……入っていいか?」
しばらくの静寂の後、勝手知ったると言った様子のミアにかけられたのは、扉越しに立っているであろう若い男の声だった。その声は無機質ではあるものの、幾分か人間味を感じさせる。少なくとも、ミアのように捻くれてはいないだろう。
扉越しに声をかけられたミアは唐突にかけられた声に驚きを押し殺しつつ、努めて平静を装って応える。
「勝手にしなさいよ……ちょっと待って。やっぱりダメ! 今入ってきたら殺すわよ!」
弱々しく返事した後、ノブに手をかける音を聞いて我に帰ったように語気を強め、念を押すように、脅すように言い含める。というより、声を荒げて怒鳴りつける。
「何かあったのか?」
「……なんでもないわよ」
軽い調子でやりとりされるが、二人の関係は殺し屋とその標的。本来ならば対等な会話になるはずもない。しかして、扉の外側と内側。加えて殺し屋と標的の間であっても、そこに険悪な空気が流れることはなかった。
扉が閉じられたままであることを確認したミアは先ほど仕舞ったばかりの絹紐を二本取り出し、片方を口に加えてからもう片方の紐で髪をまとめ始める。
『あれれ? どうしたの? 髪なんかむすんじゃって……。ターゲットに情でも湧いたの?』
「そんなんじゃないわよ。ただ……」
他人の前で、弱い部分は見せられない。月夜の怪物といえど、見た目相応の少女である。当然叶うことのない夢を見るし、見ず知らずの土地で不安にもなろう。ただ、それはいずれも殺し屋としてのミアの、月夜の怪物の足を引っ張る性質なのだが。
『ただ、なんだっていうのさ』
からかうようなユーリの言葉に、ミアは髪を結ぶ手を止めることはない。
その生涯を殺し屋として生きることをミアが決意したその日。普通の人生への未練を断ち切るため、決意の表れとして彼女は髪を二つに結び始めたのだ。
背中の上まで伸びた後ろ髪も、左右に結んで仕舞えば引かれることはないだろう。あれからミアは、確かに後ろ髪を引きうる全ての未練をそのナイフで断ち切ったはずだった。
「……」
しかし、十年以上前に決別した弱い部分も、ふとした時にその姿を現すことがある。それが髪を下ろしたミアであるかは定かではない。ただ、先ほどまでのミアの行動や言動から分かるように、コイントスで自分の行末を占ってしまうほどの不安に駆られていたのだ。
二重人格というほど深刻ではないものの、髪を結ばないと落ち着かないのも確かだった。
『まったく、めんどくさいんだから……。付き合わされるこっちの身にもなってよ』
言葉の内容に反して嬉しそうな声色が頭に響く。
「うるさいわね……よし、と」
それを振り切るように、実際は結んだ髪の具合を確かめるべく頭を振り、ミアはなんでもないといった体で扉に言葉を投げかける。
「……いいわよ。一体なんの用?」
その声を合図に、二人の間を分かつ一枚板があたりに積もる埃を引きずりながらも音もなく開き始める。
「……おはようさん。よく眠れたか?」
同時に、奇妙な物語が幕をあげることになるのだった……。
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