Ep.1 [5]
アエリはティーセットの用意をしていた。
今日はエストールの提案でピクニックの予定がある。
アエリ(といっても、場所はいつもの裏庭なのだけれど)
アエリが裏庭に着くと、木に背を預けて佇むエストールの姿が見えた。
エストール「あ、アエリー」
片腕にバスケットを下げて、エストールがアエリの元へ駆け寄る。
その時だった。
頭上で人の争う声が聞こえたような気がして、ふとアエリは足を止めた。
ガラスの割れる大きな音と響き渡る怒号。
エストールも異変に気付き、アエリと同じく頭上を仰ぎ見る。
すると程無くして、別棟の上階から――人が落ちてきた。
ちらちらと割れた窓ガラスの破片を身に纏って、人が落ちてくる。
落下したその体は、動かない。
瞬く間に地面に血だまりが広がる。
いきなりの事態に頭が追い付かず、アエリは目の前の光景にただ恐ろしく、しゃがみこんでしまった。その身は小さく震えている。
エストール「アエリ! 大丈夫かい」
いつの間にか、エストールはアエリの側に駆け寄ってきていた。
アエリ「あ……殿下」
エストール「これはいったい……。ああ、それよりも早く人を呼ばないと」
???「これは警告でもある」
アエリはハッと顔を上げる。
アエリ(今、頭上ではっきりと声が聞こえたような)
アエリ「警告…………」
エストール「え……? どうしたの、アエリ」
アエリ「今、声が」
エストール「本当? 僕には聞こえなかったみたいだ」
◇◇◇
エストール「大丈夫? 落ち着いたかい」
アエリ「はい……」
机を挟んで二人は向かい合わせで座っていた。
エストール「大変だったね。まさか、人が落ちてくるなんて……」
エストール「普段あまり人の居ない別棟の上階で、二人の人間が争い、一人が落ちて。落ちたその先に出くわしたのが、僕達だとか……予想以上に大騒ぎになってしまった」
アエリ「落ちた方は、亡くなられたのですよね……」
エストール「ああ、うん……」
アエリ(確かに、落ちたその瞬間、見るからに死んでいた)
アエリ「上階でその方と争っていたという、もう一人は誰かわからないままなのですか」
エストール「うん……。僕達も姿は見られなかったよね。聞こえた声もほとんど、亡くなった彼のものだったし」
アエリはゆっくりと椅子から立ち上がった。
エストール「自室に戻るの? アエリ。送っていくよ」
アエリ「いえ。王子殿下にそこまでしていただくわけには参りません」
エストール「相変わらず君は、僕を敬っているのか、親しみを感じてくれているのか、わからないね」
アエリ「両方です。殿下の事は敬いつつ、恐れ多くも親しみも抱いています」
アエリはぎこちない笑みを浮かべた。
アエリ(嘘では無い。何故か、殿下には少しばかりの親しみを感じている。それは、私が何かを思い出したように)
アエリ(でも私は未だにそれが何であるのか全くわからないでいる)
アエリ(そして、たまに生じる殿下に対しての違和感、それの正体も。私は殿下を知っているのかもしれない。でも違和感のその塊は――私の全く知り得ない存在)
思考が深くなる度に頭が痛くなり、アエリはため息をついてひとまず考えるのを止めることにした。
◇◇◇
アエリは閑散とした自室に戻ってきた。
ベッドに腰を下ろして考える。
アエリ(やはり今日も人が死んだ。しかも今度は自分の目の前で人が砕けて死んだ。誰が、なんのために、人を殺して回っているのだろうか)
◇◇◇
【日記3】
高位の使用人である彼女がめくるページにも所々血の汚れが付着している。
捧げます捧げます 生贄を捧げます
我がささやかなる望みを叶えたまえ
[本日の罪深き生贄]
金髪の生意気な奴
[■■■が来てから四日目]
しくじった。
昨日の◆◆◆の行動を見た奴が居る。
●は◆◆◆の代わりに、奴を別棟の上階の一室へ呼び出した。
金をチラつかせる。金はいくらでもある。さあ。
まあ奴が受け取ったところで、どのみち処理するが。
だが、こいつはあろうことか
●が◆◆◆に強制されて行動していると思い込んでいる。
●は可哀相な者だと思われている。
奴は●に近づき肩に触れる。
金の髪が●の頬にかかった。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
汚らわしい、汚らわしい“あいつ”を思い出した。
●は立ち上がる。
まるでそれが、在り得ない事であるかの如く
目の前の奴は驚き目を見開く。
奴に掴み掛る。
奴は●に怒号を浴びせている。
窓から、奴を突き落す。勢いよく。
狂い咲いた叫び声が、散った。
◇◇◇
妖艶なメイド「ちょっと、これでもう三日連続よ」
声の高いメイド「しかも、一日目に一人、二日目に二人、三日目にはなんと別棟で一人」
大人しそうなメイド「あ……あの、別棟って、あの別棟ですよね」
妖艶なメイド「他にどこがあるっていうのよ」
大人しそうなメイド「気味の悪い研究者が住んでいて……それで、その、現場には王子殿下も居合わせたとか」
妖艶なメイド「正しくは、今回死んだ人が落ちてきた先に、たまたまいらしたそうだけれどね」
声の高いメイド「えーっ!? じゃあ、人がぐしゃああ! ってなるの間近で見ちゃったわけ!? 王子様かわいそー」
大人しそうなメイド「ひいっ! やめてよー……ぐ、ぐしゃあとか言わないでぇ」
妖艶なメイド「かわいそう……ねぇ。あの王子様が、そんなもの見たところで、さして心を痛めるとは思えないけれど」
声の高いメイド「えーっ。いつもにこにこしているし、繊細なお方のようだけど」
妖艶なメイド「あーあんた、若いからね。知らないか。ここだけの話、王子殿下は過去にちょっと色々とやらかしてんのよ」
声の高いメイド「えー!? 嘘!! だって、あの天使みたいな王子様でしょ。信じられない」
大人しそうなメイド「あ……私、その話ちょっと知っています。それに王子殿下って、二人のご兄弟を同時に亡くされて、さらにその後お母様まで亡くされているんですよね」
大人しそうなメイド「ちょっと……その辺り、気になっていたというか……」
妖艶なメイド「そうそう、それがね……」
纏わりつく死の気配。死の香り。
きっと今日も人が死ぬんだと、城の人間の顔は語っていた。