Ep.1 [3]
朝日が眩しく室内を照らしていた。
アエリは顔をしかめてベッドから身を起こす。
アエリ(なんだか今日は外が騒がしい)
支度を終えて外に出ると、一人の使用人の女と目があった。
どこか興奮した様子のその女は、いかにも噂話が好きそうな中年の使用人だ。
以前アエリの事を他の者と噂していたくせに今は話せれば誰でもいいのか、馴れ馴れしくアエリの肩を叩き耳に口を寄せて囁いた。
ふくよかなメイド「ねぇねぇ、もう聞いた!? そんな訳ないわよね。聞いて」
耳に囁くにしては、潜められていない大きな声だ。辺りに筒抜けである。
むしろ大勢に聞いてもらいたいのだろう。
ふくよかなメイド「死んだのよ! 人が一人。この城で!! そこそこ、長く勤めていた使用人の男なんだけどね。真面目で特にトラブルも無かったのよ。なのに……ねぇ。あんな死に方するなんて」
最後はもったいぶるような言い方だ。いかにもそこを聞いてほしいらしい。
アエリ「どんなお亡くなり方だったのですか」
ふくよかなメイド「それがねぇ!」
待っていましたと、いわんばかりだ。
ふくよかなメイド「もう、ばらっばらよ! バラバラなのよ!!」
ふくよかなメイド「でね! 目撃者が言うのよ。人が居たって!! そいつきっと、犯人よ」
ふくよかなメイド「暗くてよくわからなかったらしいけど、声を聞いたんですって。なんて言ったと思う!?」
鼻息荒く言い放つ女の顔がアエリに迫る。
ふくよかなメイド「“まるでパズルみたいだ”……ですってよ!! ああ、気持ち悪い!! きっと死体を前にほくそ笑んでいたに違いないわ。犯人は相当、頭のいかれた奴よ」
アエリ「パズル…………」
アエリ(人が死んだ。この城で。犯人は未だ捕まっていない)
アエリは追い付けない突然の情報に、考え込みながら歩いていた。
気が付いたらもうニコラの書斎の前であった。
◇◇◇
【日記1】
高位の使用人である彼女が拾った日記には所々鮮血が散っていた。
捧げます捧げます 生贄を捧げます
我がささやかなる望みを叶えたまえ
[本日の罪深き生贄]
真面目だけが取り柄の堅物
[■■■が来てから二日目]
しごとをはじめよう。
◆◆◆に近づく奴等。
処理待ちの奴らを消していく。
今日は記念すべき一人目。
あっさりと死んだ。
つまらないな。
でも、驚くべき事が起きた。
なんと◆◆◆が現れたんだ。
◆◆◆は何も言わずに●を抱きしめた。
『まるでパズルみたいだ』という声がその場にぽつんと響いた。
◇◇◇
アエリ「ニコラ様、失礼致します。届いたお荷物こちらに置いておいておきますね」
運搬を命じられていたニコラ宛ての細々とした荷物を置く。
ニコラは何かに熱中しているのか、机に向かい手元の物から目を離さず、アエリの存在に気付いているのかさえ危うかった。
当然、返事など無い。
アエリ(この別棟は静かだ……。ニコラ様は城での殺人事件を知っているのだろうか)
アエリ「ニコラ様、パズルはお好きですか」
アエリは返事を期待せず、独り言の様に低く呟いた。
だが、意外にもニコラは反応を見せた。
ニコラ「…………パズルか」
ニコラ「あれは面白いな。解くよりも、作る方がいい」
続いて、好きだ、と呟く。
パスルは好きだ。
そう言っただけなのに、何故か真実の告白めいていた。
この人がやったのだろうか。
◇◇◇
ニコラが部屋を出てから、アエリは言いつけられた掃除をしていた。
やがて窓辺に目を向けると、花と紙束が置かれているのに気付く。
手紙はエストールからだった。内容はこの前と同じである。
花を手に持ち、アエリは裏庭へと向かった。
エストールは昨日と同じ場所に立っていた。
大樹の元に佇む天使。まさしく神話の様な光景には感嘆の息が漏れる。
アエリ(綺麗な王子様)
エストール「あ、アエリー!」
エストールは少年の様に無邪気に手を大きく振り、朗らかに笑う。
アエリ「殿下、こんにちは」
アエリ「殿下は……」
少し考えた後、アエリは言葉を発した。
アエリ「――パズルはお好きですか」
エストール「パズル……」
エストールは顔を伏せた後、にやりと眼光鋭くアエリを上目づかいで射止める。
エストール「“まるでパズルみたいだ”」
この人がやったのだろうか。
エストール「ふふふ……あはは! そんなに目を丸くしないで、アエリ。城ではもう大騒動。朝からそれはもう、とっかえひっかえ色んな人から事件の話を聞かされているんだ」
アエリはこの時、少しばかり心がざわめくのを感じたような気がした。
エストールは明るい。これが微笑ましい出来事を語るのならばふさわしい雰囲気だ。
しかし殺人事件を語るには、この明るさはどこか異質ではないだろうか。
エストール「パズルって、アエリ、君もその事件の事を言っているんだろう? それとも本当に事件の事は知らず、ただ単にパズルが好きか聞いたの?」
エストール「パズルはね、結構好きだよ。あまり得意ではないのだけれどね。気に入った絵柄を見つけると、ピースの数が膨大でも挑戦してしまう。完成するその時を待ちわびて、ね」
アエリ「そうですか……」
エストール「僕の事に興味を持ってくれるのは、嬉しい。なんでも聞いてね」
アエリ「ありがとうございます……」
アエリは手に持った花をくるくると回しながら答えた。
ふと、エストールの視線を感じてアエリは顔を上げた。
その表情は心底アエリを案じているようなものである。
アエリ(もしかして、私が不安にならないように明るく振る舞ったのだろうか……)
思い至った考えに、アエリは自身の感じた異質を追いやった。
何よりもアエリはこの王子の笑顔に少し惹かれていた。
エストール「……事件のこと、やっぱり気になる? そうだよね。まだ犯人も捕まっていないのだし」
エストール「それに、ただでさえ君はこんな静かで薄暗い別棟に来なくてはならないのだから。怖いよね」
エストール「僕は……何もできなくてごめんね」
アエリ「何故、王子殿下が謝られるのです」
エストール「ふふ。君の側に居て常に守ってあげられればいいのに」
そう言って立ち上がると、アエリの頭を軽く撫でた。
アエリ(なんなのだろうか、この王子殿下は)
アエリ(自分に何故このような言葉を投げ、態度を取っているのか)
エストール「ずっと一緒には居られないけれど、君のピンチには駆け付ける。だから頼って。困った事があったら僕を頼ってね」
◇◇◇
アエリは自室に戻ってきて、エストールから貰った花を花瓶に挿した。
殺風景な部屋に少し色が宿った様で明るくなる。
しかし漂う空気は重く、その現実に気が付くとアエリはため息をついた。
アエリ(この城へ来てからというもの、少し夜が怖い。この場所には死が漂っている……そんな気がするから)