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Ep.3 [4]


国王バルタザール「エストールはまた、薔薇園か?」

中年の執事「はい。今日も楽しそうに薔薇を摘んでおいででした。これは庭師も世話のしがいがあったというものでしょうね」

国王バルタザール「そうか。薔薇を愛でるのはいい。ディアンナも薔薇が大層好きであった」

国王バルタザール「美しい薔薇をたくさん添えるのに、丁度良い花瓶でもくれてやるとするか」


 バルタザールは花瓶を抱えた執事を連れ添い、エストールの部屋へと足を踏み入れた。

国王バルタザール「なんだこれは…………」

 視線の先には、まるで薔薇のベッドに寝そべるかのように、たくさんの薔薇に囲まれた絵画が存在した。

 絵の中で、一人の女性が微笑んでいる。

 バルタザールは杖を振り上げ、その女性の顔を突き破った。

 キャンバスは音を立てて壊れる。

 絵画は崩壊した。



     ◇◇◇



 エストールが薔薇を抱えて自室に戻ると、そこは酷く荒れた廃墟のような有様になっていた。

 腕から薔薇の群れが流れて、落ちる。

 部屋の窓辺に寄り掛かる様に、国王バルタザールが立っていた。

国王バルタザール「この女は誰だ?」

 バルタザールの足元に折れたキャンバスが転がっていた。

 女性の顔には空虚な穴が空いている。

エストール(アエ……リ…………)

国王バルタザール「城に来ていた画家に描かせたそうだな。会いたいが、会えないと。そんなにも会いたいか?」

 エストールはよろよろと、転がるキャンバスに歩み寄る。

 しゃがんで手を伸ばしたが、その手はバルタザールの靴に踏まれ、床に押し付けられた。

国王バルタザール「みっともないな、エストール。凛と立て。私の子だろう」

エストール「アエリ……アエリ……どこ……」

 エストールの瞳が虚無を彷徨う。

国王バルタザール「私を見ろ」

エストール「…………」

国王バルタザール「私を見ろと言っている!!!」

 ドッ、とエストールの体は突き飛ばされる。

 その体は紙のように軽く、力無く、床に倒れ伏した。

 そのままバルタザールはエストールの体を押さえつける。

 そして髪を掴み、顔を起こさせた。

国王バルタザール「お前まで私を置いていくのか」

国王バルタザール「そうなのか、許さない。そうなのか。許さない」

国王バルタザール「いつからお前の世界は、ここではない何処かになったのか」

 ツ、とエストールの瞳から涙が流れた。

 薄い青の瞳は力強く、目の前のバルタザールを射止める。

エストール「貴方のせいじゃないか…………」

エストール「全部……全部、全部全部全部!!!! 全部、貴方のせいじゃないか!!!!!」

国王バルタザール「エストール。お前は気付いていない様だから、私が言ってやろう」

国王バルタザール「お前はその女を愛してなんかいない」

国王バルタザール「そして、その女もお前を愛してなんかいない」

国王バルタザール「全てお前の妄想だ。彼女との幸せな未来、など無い」

エストール「ちが……違う、違う違う違う!!! 僕は、アエリを愛して……アエリも僕の事……」


国王バルタザール「この世界から、この私から、逃げようとしたお前が生み出した妄想だ」


エストール「アエリ……約束、したよね……僕は……僕、は」

 エストールの瞳からぼろぼろと零れ落ちる雫が、襟を染める。

エストール「僕は……愛、愛されたいと……愛して、いる……」

国王バルタザール「愛されたいという、妄想か」

 バルタザールはエストールの涙に濡れた顔を歪んだ笑みで見据えた。

 エストールの頬に、バルタザールの長い髪が垂れる。

国王バルタザール「私が、愛している。こんなにも、愛しているではないか。もう家族は、私達だけだ。私達だけなのだよ」

 バルタザールは色の無い瞳で、美しく微笑んだ後、エストールから身を離し、部屋から立ち去った。



     ◇◇◇



 静寂と薄暗闇がエストールを包む。

 エストールは床に倒れた姿勢のまま、ぴくりとも動くことなく、ただ静かに視線を荒れた部屋へと彷徨わせた。

 ふと、自分と同じように、床に転がるオルゴールに気付く。

 アエリからもらった大切なお守り代わりのオルゴールであった。

エストール「…………あ」

 オルゴールの表面にはヒビが入っていた。

 そっと手を伸ばし蓋を開く。

 ネジを巻いてみて、不安は的中する。

エストール「壊れている…………」

 何度もネジを巻いてみるが、舞台の上で傾いたウサギは踊らず、音はおかしく歪み、飛ぶ。

 完全に壊れてしまっていた。

エストール「はは……ふふ、あ、はは……。壊れている、壊れている壊れている壊れている――まるで僕みたいだ」

 折れたキャンバスがこちらを見ている。

 顏の無い君が見ている。

エストール「…………」

 エストールはのろのろと立ち上がり、引き出しの中からナイフを取り出した。



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