表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/30

Ep.2 [11]


 虫の羽音が暗闇を飛び、旋回し、遠ざかりまた近づく。

 気が付いた時には、一つ、二つと音は合唱の様に増殖してアエリを囲む。

 やがて羽音の奥底から、人影が姿を現した。

母「お母様は死にました。殺されたのです。アエリ、貴方に」

アエリ「はい、おかあさま」

母「お母様の体が冷たくなって、ゆるりどろりと腐り落ちていったのは何故かわかりますね」

アエリ「はい、おかあさま」

 自分と同じ姿が舞台に躍り出る。

 スポットライトを浴びて、演技がかった仕草で両手を上げる。

夢の中の自分「私は日々の生活に疲れ果て、ある日、お母様の横たわるベッドの縁で眠りに落ちてしまいました!」

夢の中の自分「お母様のお世話をしないと。お母様のお世話をしないと。しかし、曇る視界。ぐらつく体。濁った思考」

夢の中の自分「迫る凶悪な睡魔と、限界まで蓄積された疲労。それは悪魔の様に、私を襲うの!」

夢の中の自分「だって仕方ないでしょう!? 私は幼かったのだもの!! あれ以上、いったい、どうすればよかったというのよ!!」


 暗闇の向こう。

 幼い自分が、母親の横たわるベッドの縁で眠っていた。

 そしてうっすらと、その曇った瞳が開かれる。

 顔色が悪く、ふらふらと立ち上がったその幼い子供は母親の手へと触れる。

夢の中の自分「お母様は死んでいた」

夢の中の自分「氷の様に冷たく、固く、少しも動くことなく!」

夢の中の自分「私は後悔した!!」

夢の中の自分「私が看病を怠ったせいで、お母様は死んだ!!」

アエリ「この世で、たった一人になったと感じた」

夢の中の自分「世界にはもう敵しかいない」

 土気色をした顔の子供が絶望をその表情いっぱいに塗り付けて――膝をつく。

 糸の断ち切られたマリオネットのように、母の眠るベッドへと倒れ伏す。

アエリ「このまま、死のう」

夢の中の自分「この先の未来に希望なんてない」

『おかあさまと一緒に死にましょう』

アエリ「そうよ。どうして、あの時あのまま、私の生は終わってくれなかったの」

夢の中の自分「ばあやが私を見つけたのよ」

夢の中の自分「でも、かなり時間が経ってしまったのね。お母様はとても恥ずかしい恰好になってしまったわ」

母「ええ。あんな姿を晒すなど。恥ずかしくて恥ずかしくて。腐乱して、腐乱して腐乱して吐き気を催すような悪臭を放つなど」

アエリ「いやあああああああああああ!!」

夢の中の自分「ねえ、どうして私は生きているの?」

夢の中の自分「ひどく衰弱していた」

夢の中の自分「自ら動くこともままならなかった」

夢の中の自分「あのまま、誰にも発見されないでいたのなら」

夢の中の自分「――死ねたのに」


母「ごめんなさい。ごめんなさい、アエリ。でもお母様は悪くないわ。病気はお母様のせいではないもの」

夢の中の自分「はい、おかあさま」

母「ごめんなさい。ごめんなさい、アエリ。お母様の環境が全て悪いの。お母様を育て上げた周りがいけないのよ?」

夢の中の自分「はい、おかあさま」

夢の中の自分「私も悪くないです。全て、全て周りがいけないのです」

アエリ「それじゃあ……貴方だって、お母様と同じじゃない」

夢の中の自分「何言っているの。私は貴方、貴方は私」

夢の中の自分「お母様と同じで、全て周りのせいにして呪うのは私達。アエリよ」

 夢の中の自分はアエリの首へ、その白い手を絡ませ締め上げる。

アエリ「ん……くっ……」

夢の中の自分「ねぇでも、わかって。幼い私達はあの時、本当にどうしようもなかったのよ」

 アエリは手に持っていた刃を目の前の存在へと振るった。

 夢の中の自分はそれをひらりとかわし、宙を優雅に旋回し降り立つ。

アエリ「貴方なんか死ねばいい」

アエリ「どうして邪魔するの。お母様が死んだあの時から、私は私を殺した」

アエリ「感情は希薄にすればいい。他人に深く踏み込まなければいい。何事にも期待なんてしない。自己を主張したりしない。ただ、淡泊に。無感動に。世界に従順に生きているのに!!」

夢の中の自分「ふふ……」

夢の中の自分「嘘つき。そんな偽りの自分で生きていて本当にいいの。本当の貴方はもっと」

アエリ「死んでしまえ!!!」

 目の前の存在の胸元に深く刃を突き刺した。

 その、突き立てられた刃の柄に愛おしそうに指を這わせる、夢の中の自分を、アエリは見た。

 指はそのまま伸ばされ、アエリの頬をなぞる。

アエリ「貴方はなんなの」

夢の中の自分「私は、貴方」

夢の中の自分「貴方が殺している自分自身よ」

アエリ「ふ、ざけ、ないで」

アエリ「違う、貴方は、敵だ」

アエリ「貴方は外から入り込んだ。私じゃない。私から出てきたものでは、私のものでは、ない!!」

 アエリの手から刃が離れたのを合図に、夢の中の自分は舞台の中心でくるりと一回りしてみせる。

 そして観客に向けて両手を広げ、いかにも作られた切なげな表情で台詞を続ける。

夢の中の自分「私は、ちゃんと感情を持っているわ。喜びもするし、怒りもする。様々な生の表現を胸に秘めている」

 その手を胸に押し当てる。刺された傷口から鮮血が溢れていた。

夢の中の自分「貴方はそれらを全て殺し続けている」

 夢の中の自分は、アエリの両の手を握り向き合った。

アエリ「やめて……それらしい事を言って、私を装うのはやめて!!!」

夢の中の自分「私は、汚いわ。絶望、憎しみ、様々な負の感情に彩られている」

アエリ「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い」

夢の中の自分「貴方はその真実から目を背けている」

アエリ「こんなの私なんかじゃない!!!!!!!」

夢の中の自分「私は、私に殺された」

アエリ「私は、私を殺した!!!!」

夢の中の自分「これが最後よ」

アエリ「もう茶番はやめて!!!!!」

夢の中の自分「私達は完全に一つになるの」

アエリ「違う、違う違う違う、違う!!!! お前は誰!? 私の中に入り込んでいるお前は誰なの!?」

夢の中の自分「生きるも、死ぬも。慈しみも、復讐だって。愛でも憎悪でもいい」

アエリ「お前は異質だ!!!!!! 出て行って、出ていけ!!!! 死ね!!!! 消えろ!!!!! 早く!!!!! お願いだから私を汚さないで!!!!!」


夢の中の自分「――本当の貴方を、私に見せて」

 ブツン、と、脳の回線が、切れた。



     ◇◇◇



 アエリは灰燼と化した故郷を茫然と見つめていた。

 そこに歩み寄ってくる影がある。

 アエリの、父だ。

 父の姿を見つけて、走り寄るアエリ。

 父は自らの胸に飛び込んできた、その体を優しく抱きしめる。

 だが、それと同時に“父”は腹部に激しい痛みを感じ――。

 そのまま、ずるずると倒れ込む。

 父の体には深々と刃物が突き立てられていた。

父「ど……して……?」

 父は、持っていた刃物を落とす。

“アエリに突き立てようとしていた刃物”を、落とした。

 観客は拍手喝采。

アエリ「うっふふ、ふふふ……」

アエリ「さようなら。おとうさま」

アエリ「そして」

アエリ「おかえり、アエリ」

 アエリは、愛おしそうに我が身を抱いた。



 to be continued to episode3



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ