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Ep.2 [6]


アエリ(そろそろ、ニコラ様の元へ戻ろうか)

 城を出て、別棟へと向かう。

 その回廊の途中だった。

アエリ「…………!」

 何かに足がひっかけられて、アエリは勢いよく倒れ込む。

 その途端に四方から一斉に嘲笑が響き渡った。

太ったメイド「ぎゃはは! お見事!」

 太ったメイドの手にはモップが握られていた。

 これで転ばされたのだとアエリは気が付く。

茶髪のメイド「そうやって這い蹲っていると、あんたもモップみたいじゃーん?」

ポニーテールのメイド「ああ、かわいそうな灰かぶり。魔法使いの私が、王子様の元へ連れて行ってあげようか」

茶髪のメイド「こいつの王子様って、あれでしょ?」

太ったメイド「ニコラ!!」

ポニーテールのメイド「ぶふっ! 超、お似合い!!」

 背を反らして、腹を抱えて、笑い転げるメイドの群れをただ無表情にアエリは見上げていた。

太ったメイド「没落貴族とか、だっさ」

アエリ「…………」

茶髪のメイド「あ、おい! 無視すんなよ、こら!!」

 茶髪のメイドはアエリの髪を掴んで壁に押し付けた。

アエリ「痛っ!」

 そして、バケツの中の濁った水をアエリへと思い切り被せた。

アエリ「…………!!」

ポニーテールのメイド「やば! 酷い臭い!!」

太ったメイド「汚ね!」

アエリ「……離して」

茶髪のメイド「バーカ、汚ねーんだよ。さっさと消えろ」

太ったメイド「そーそーこんなとこで、油売ってんなよ。“ニコラ様”のお家帰んな」

 太ったメイドの、逞しい足で腰を蹴られてしゃがみ込む。

 アエリはその顔を上げる事無く、勢いよく立ち上がり走り去った。



     ◇◇◇



 アエリは薄暗い別棟の廊下を走り抜けて、ニコラの書斎へ飛び込む。

 ノックもしない自分に気が付かない。

 薄汚れた使用人服。濁った水をその身に纏い、滴らせるアエリ。

アエリ「……ニコラ様」

 アエリの視線の先には、床に突っ伏して寝ているニコラの姿があった。

 机の上は乱雑に散らかり、ニコラの白衣は様々な色で汚れ、その灰色の髪は乱れて、所々ゴミが纏わりついている。

 しかし、その寝顔はどこまでも純粋で綺麗なものであった。

アエリ「ニコラ様。こんな所で寝ていてはお体に悪いですよ」

 ふらふらとニコラへ近づき、その頭を抱き起す。

 うっすらと目を開けたニコラだったが、すぐに瞼を閉じてしまう。

 そして、そのままアエリの膝へずるずると倒れ込む。

アエリ「…………」

 アエリは俯いた無表情のまま、ニコラの髪に纏わりついたゴミを払った。

アエリ「灰かぶり」

アエリ「その名は貴方の方が、お似合いですよ。ニコラ様」



     ◇◇◇



 ひどく疲弊していたアエリは、一日を終えて自室に戻るなり、ベッドに倒れ込み深い眠りへと落ちて行った。


夢の中の自分「なーんかさ。ニコラ様は不穏な噂ばっかり聞くし、ちょっと不安」

夢の中の自分「エストール王子殿下は、すごくストーカーっぽい。大丈夫なの、あの人。怖い」

アエリ「酷い事言わないで」

夢の中の自分「うふふ。ねぇ、貴方の周り変な男ばっかりね。わかっている? 間違っても男なんて信用しては駄目よ?」

アエリ「わかっている」

夢の中の自分「貴方のお父様がいい例。全くもって汚らわしいクズだわ」

アエリ「お父様は家庭に無関心。私とお母様の事なんて、少しも愛していなかったわ」

夢の中の自分「そうよ。お父様は外で女あさり」

アエリ「愛人が居る事なんて知っていた」

夢の中の自分「でも、純粋で無邪気な子供の頃は。貴方、お父様に構って欲しくて近づいたりもしていたわね」

アエリ「そうね。いつも煩わしそうに振り払われたけれど」

アエリ「そもそも、お父様はあまり家に帰って来なかったもの。たまに帰ってきても、お母様と会話しているところなんて、ほとんど見た事ないわ」


夢の中の自分「それだけなら、まだしも……。大きな問題になったのは、やっぱり借金ね」

夢の中の自分「いつの間にか、返済できないくらいに膨れ上がっているという事実が判明したのは、いつだったかしら」

アエリ「祖父母が亡くなってからよ」

アエリ「その少し前に、元々体が弱かったお母様の容態が悪化して、中々ベッドから起き上がることができない状態になったわ」

夢の中の自分「最悪! なんて運が無いのかしら」

夢の中の自分「でも貴方……そう、幼い貴方は。少しラッキーだとも思わなかった? これで、貴方はお母様に、縛られる事が無くなるのではないかと」

アエリ「そんなことになってもお母様は、私のためだと、家庭教師だけは辞めさせずにつけていたのよ」

アエリ「そして、体調を悪くしたお母様は、一層精神が不安定になって、私への束縛は、さらに強くなった」

アエリ「口を開けば、アエリ。アエリ。アエリ、と、そう」

アエリ「お母様の瞳には私、アエリしか映らなくなった」

アエリ「疲弊した私も、もはやお母様の抱擁から逃れられず、お母様の世界の中」

夢の中の自分「見る見るうちにお金は消えてゆく」

アエリ「家財は差し押さえられ、使用人は全員解雇。それまで暮らしていた邸宅から引っ越すことを余儀なくされた」

夢の中の自分「貴方の生活は一変したわね」

 夢の中の自分はアエリへと近づき、その頬に指を滑らせ優美に微笑む。

 そしてアエリの体を抱き寄せた。

 まるで鏡に手を付き、そのまま一つに溶けるかのような幻想感であった。



     ◇◇◇



【王子の手紙3 ××××年×月×日】


 アエリへ


 どうして返事をくれないんだい?

 もう僕の事なんて嫌いになってしまった?


 僕は毎日君の事ばかり考えているよ。

 君に「おにいちゃん」として頼られていた時、

 僕は初めて自分に価値を見出したんだ。


 君が僕を必要としてくれている。

 そう考えると、生きる希望が湧いてくるんだよ。

 ねえ“約束”を覚えているかい?

 僕と結婚すると、君は言った。

 僕は待っているよ。

 ううん、迎えに行く。絶対に。頑張るよ。

 頑張るから。


 だから、返事をちょうだい。


 エスト



 光の宿らない曇った緑の瞳――国王バルタザールが、文字を見下ろす。

 すぐに興味を失ったかのように、破りもせずに、静かに燃える炎へと放り投げる。

 じわじわと黒が侵食し、手紙は音も無く散った。



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